新型コロナウイルスの感染拡大による医療崩壊を防ぐため、トップアスリートやタレントらが結束して「チャリティーオークション」を開催することが急きょ決まった。サッカー選手の長友佑都ら総勢16人が参加し、収益金の全額を使って防護服など医療物資を購入。医療機関に配る。このプロジェクトに挑む思いとは。
ビデオ会議サービスの「Zoom(ズーム)」を通じ、医療従事者へ、そして外出自粛を続ける人々に向け、応援のメッセージが次々と寄せられた。
トルコから肉声を届けたのは長友。トルコでも新型コロナウイルスの感染者数が6万人を超え、1カ月間自宅待機が続く状況の中、サイン入りの日本代表ユニホームをチャリティーオークションに出品すると明かした。
「日本でもどんどん感染者が広がっていて、本当に医療崩壊寸前の状態だと聞いている。新型コロナの感染リスクがある中でも医療従事者の方々は命を懸けてサポートしてくださっている。僕自身、これまで10年間以上、日本代表として戦わせてもらった。本当にたくさんの方々の応援をパワーに変え、エネルギーに変えて頑張れてきた。だから、思いの詰まっているこのユニホームを提供させていただきたい。自分の行動が多くの人を救う形になる。ネガティブに考えすぎてもよくないし、マインドだけはなるべくポジティブに。皆で力を合わせて乗り越えていきたい」

チャリティーオークションは2020年4月17日19時から19日18時59分までの48時間、ヤフオク!上で展開する。出品するのは、長友だけではない。メジャーリーガーの大谷翔平、格闘家の朝倉未来、俳優の伊勢谷友介、プロランナーの大迫傑、バドミントンの奥原希望、ラグビーの五郎丸歩、競泳の瀬戸大也、スピードスケーターの高木美帆、競泳五輪金メダリストの北島康介氏、日本フェンシング協会会長の太田雄貴氏、タレントの武井壮、アーティストのジェジュン、写真家・映画監督の蜷川実花氏、SHOWROOM社長の前田裕二氏、幻冬舎編集者の箕輪厚介氏の16人が名を連ねた。
「最後の砦を守りたい」
オークションを主催するのは、国際医療NGO(非政府組織)のジャパンハート(東京・台東)。04年に小児外科の吉岡秀人医師が設立し、ミャンマーやカンボジア、ラオスなど東南アジア各国で、現地の子どもたちに無償で治療を施してきた。その数、累計20万件以上に及ぶ。
吉岡氏は同じ医師として、世界各国の医療従事者の悲痛な声を聞いてきた。「ゴミ袋を切っただけの薄いビニールで体を防御し、薄いマスクを何日も使い回している」。米国の医師からは、コロナ以外の患者が早急に治療を受けられなくなっていると耳にした。日本も今の状況が続くと、必ず欧米のような状況に陥ると考えた。
「コロナウイルスに対する最後の砦となる医療従事者を守らないといけない。しかし、残念なことに、我々の団体の予算は限られている」(吉岡氏)。苦慮していた折、相談したのがFiNC Technologies(フィンクテクノロジーズ、東京・千代田)の創業者で前CEO(最高経営責任者)の溝口勇児氏だった。
「#マスクを医療従事者に」で1億5000万円超集まる
プロジェクトはあっという間に動き出した。20年4月15日の夜、医療機関にサージカルマスクを配布するため、「#マスクを医療従事者に」を合言葉に、クラウドファンディング「READYFOR」で寄付を募った。
急を要する状況のため、あえて期限を1日に区切り、目標額5000万円で始めたところ、日本のクラウドファンディング史上最速となる開始21時間で1億円に到達。最終的には1万5290人から目標の3倍を超える1億5318万円もの善意が寄せられた。長友も500万円を寄付した。政府とは異なるルートでマスクを確保し、スピード感を持って全国の医療機関に届ける。

しかし、不足しているのはマスクだけではない。防護服や消毒用アルコールなど医療物資の供給につなげるために企画した第2弾のプロジェクトが、今回のチャリティーオークションだ。収益金を全額使って医療物資を購入し、京都大学病院や神戸市医療センター中央市民病院、兵庫県立尼崎総合医療センター、聖路加国際病院、東京都立墨東病院などに配布する予定だ。
「未曽有のウイルスと戦う中で多くの方が、『自分にも何かできることはないか』という心持ちでいるのは、SNSを通じて感じていた。ノブレス・オブリージュではないが、この取り組みを通じて、時間的、金銭的に余裕がある方たちが積極的に支える文化を、もう少しこの日本に根付かせられたらと考えた。それがハチドリの一滴ぐらい小さなものであったとしても、やらないよりはやったほうがいい」(溝口氏)
なりふり構わないその思いが、多くの人々の心を動かした。チャリティーオークションでは、16人それぞれが思いを持ち寄った。俳優の伊勢谷はCMで使ったスーツ2点を出品。「今、なんとしても食い止めないといけないのが医療崩壊。医療従事者の方々を応援するのは、誰でもない我々一人ひとり。自粛という形で家にいなくてはならない中でも、何とか楽しみを提供できないか想像力を持ってこれからも頑張っていきたい。ぜひ皆さん一緒に乗り越えて参りましょう」と呼びかけた。
バドミントンの奥原は、19年の世界選手権決勝で使用したラケット、同年の全日本選手権で優勝時に着用していたユニホームなどを提供した。「大変な中でも活動されている皆さんのおかげで今、私たちは生活できている。日本、世界中の人たちが一つになってこの状況を乗り越えていかないといけないと考えているので、私にできることがあれば、積極的に行動していきたい。皆さんと一緒に頑張っていけたらいいなと思う」。
リオデジャネイロ五輪を戦った剣(サーベル)にサインを記した日本フェンシング協会の太田氏は「最前線で戦ってくださっている医療従事者の皆さんに少しでも多くのマスク、衣料品が届くよう、この活動を通じて支援していけたらいいなと思っている。引退後、なかなか活躍することのなかった剣が、こうして活躍してくれたら剣もすごく本望」と口にした。
スピードスケートの高木は前シーズンに使ったサングラスとサイン入りTシャツを託した。「友人も数人、看護師になり、コロナの感染拡大で、危険にさらされている。どうにかして大切な友人を助けることはできないかと考えていたが、私自身の力ではどうすることもできなくてもどかしい思いだった。私たちは日ごろ皆さんの応援や支援があってスポーツを行うことができている。今、この状況の中、大変な思いをしている方がたくさんいる。次は皆さんを応援することができたら」と願った。
タレントの武井は外出自粛が広がる中、必要なのは人と人とのコミュニケーションだと考え、自身とZOOMで語らえるチケットを用意した。「私の父も現在、がんの闘病中で、医療を安心して受ける現場にいることが非常に困難になっている。人と人がつながり、私と皆さんがつながり、一人でも多くの人が元気になっていただけるように。皆でコロナウイルスの脅威に立ち向かって、そして必ず勝ちましょう」と声を張った。
SHOWROOMの前田氏は、クラウドファンディングで集まった1億5000万円余りの金額を「医療の最前線で自分の命をリスクにさらしながらも、勇敢に戦っている方々への共感の総量」と表現した。政府が国民一人当たり10万円の一律給付を決めたことに触れ、「民間でもきちんと声を上げ続ければ、行政の意思決定に影響を与える。オンラインでもいいので手を取り合って困難を一緒に乗り越えて行けたらいいなと思っている」と力を込めた。
編集者の箕輪氏は「コロナは長期戦だと思う。生活スタイルや生き方自体を変えなくてはいけない。人類は常に感染症を乗り越えてきたので、今回も乗り越えられると信じて、皆さんと力を合わせていきましょう」と語った。「現状をなんとかしたい」という多くの人の思いが、このオークションには詰まっている。