eスポーツ選手やチーム、大会をスポンサーする企業が増える一方で、自社にeスポーツ部を創設する企業も増えている。レノボ・ジャパンとソフマップはそれぞれのeスポーツ部による合同練習も実施。企業対抗戦への展開も視野に入れている。その背景にある各社の狙いと取り組みを取材した。
選手たちは4カ所からオンラインで集結
2020年3月、東京・秋葉原の「eSports Studio AKIBA」で一般には非公開のeスポーツの試合が行われた。参加したのは、レノボ・ジャパン(東京・千代田)とソフマップ(東京・千代田)それぞれの社員や関係者からなるeスポーツ部。バトルロイヤルゲーム『PUBG(PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS)』の練習試合だ。
eSports Studio AKIBAはソフマップが店舗内に18年4月にオープンしたeスポーツ専用スペース。左右に5つずつ、計10の選手席と、中央に解説者席、ネット配信設備も整った、小ぶりながらも本格的なeスポーツ設備だ。
当初はここに2社のeスポーツ部が集まって対戦する予定だったが、折からの新型コロナウイルスの影響を鑑み、ネット対戦に変更。ソフマップチームは同施設から、レノボ・ジャパンチームは秋葉原UDX内にある同社オフィス、NECパーソナルコンピュータ(東京・千代田)の米沢工場、群馬県の事業所に勤務する部員は同県の自宅とそれぞれの拠点から接続してプレーした。やむを得ずの措置とはいえ、全員が同じ場所にそろわずとも競技が成り立つeスポーツ“ならでは”の開催になったことは、コロナショック以後の取り組みを考えるうえでも興味深い。
レノボは企業のeスポーツ活動支援プロジェクトを開始
実はこの練習試合はレノボ・ジャパンが今春から推し進める「企業eスポーツ部支援プロジェクト」を視野に入れたもの。19年9月の東京ゲームショウ2019で発表した同プロジェクトは、社会人のeスポーツ参加を活性化し、「実業団スポーツ」として発展させていくことを目的としている。既に17社ほどが参加を表明した。
具体的には、企業eスポーツチーム同士のオンラインコミュニティーの設立と運営、オンライン企業対抗戦の開催・運営、企業eスポーツチームの立ち上げ支援の3つが柱になる。その一環として、ゲーマー御用達のチャットツール「Discord」で参加企業だけがログインできる専用サーバーを開設。これを通じた企業間のつながりや、企業対抗戦開催に向けたディスカッションなども始まっているという。企業eスポーツチームの立ち上げ支援では、レノボ・ジャパンがゲーミングPCの無償貸与を打ち出した。
こうした取り組みが進む中、企業対抗戦への流れをつくるべく、秋葉原UDX内にオフィスを構えるレノボ・ジャパンと秋葉原に店舗を構えるソフマップという“ご近所同士”の企業が練習試合を行うことになったのだ。
レノボは毎週金曜の4時半以降にeスポーツ
ただ、両社に話を聞くと、社内eスポーツ部を設けた理由、合同の練習試合を実施した理由はそれぞれに異なる。
まずはレノボ・ジャパンの場合。前述のように、今回の練習試合は同社の「企業eスポーツ部支援プロジェクト」を見据えた企画だが、そのプロジェクト自体、営利目的ではなく、社内コミュニケーションの活性策やCSR(企業の社会的責任)に近い活動だという。
「会社帰りに居酒屋で酒を酌み交わす“飲みニケーション”が下火になった今、eスポーツをキーに新たな社内コミュニケーションが構築できるのではないかという思いがあった」とレノボ・ジャパンのデビット・ベネット社長は語る。
eスポーツ部の創設自体、社員との交流から生まれた。同社eスポーツ部で中心となって活動するグローバル事業部の徳田晃之氏が、19年に開かれた社内パーティーの席で、ゲーム好きのベネット社長と意気投合。社内eスポーツ部の創設を提案したのだ。
活動時間は終業後。同社では毎週金曜日を「430 FRIDAY」と名付け、午後4時半には業務を終える時短シフトを組んでいる。以降は、帰宅も自由だが、これを利用したさまざまな社内イベントも行われているそうだ。eスポーツ部も主にこの時間を利用して活動している。
eスポーツ部の活動からは想像以上の効果を感じているとベネット社長は言う。年齢や性別、役職に関係なく、また群馬や米沢といった離れた事業所の社員も交えてコミュニケーションが取れる。これを企業間に発展させれば、他社との交流にも生かせるだろう。しかも、「私たちが得たノウハウは、他社がeスポーツに取り組むときにも役立てられる」(ベネット社長)。この考えが、先の企業eスポーツ部支援プロジェクトに結実する。
さらに、ベネット社長は「せっかくeスポーツに取り組むのなら、モチベーション維持のためにも目標があったほうがいい」とも考えた。そこから企業対抗戦の構想と今回の練習試合につながったのである。
ソフマップはPC販売促進に期待
では、ソフマップはどうか。同社では、秋葉原の街を盛り上げるため、ライバル関係にあるパソコンショップや電気店など十数社と共に、各社の取締役以上が出場する企業対抗のeスポーツ大会に以前から参加していた。社内eスポーツ部の創設はその流れだった。
加えて、「若い人にアプローチするとき、“eスポーツ”というキーワードはとても強い。eスポーツに注力していること自体が顧客に店を選んでもらう要因になる」と同社の渡辺武志社長は語った。このため、eSports Studio AKIBAが入るソフマップAKIBA2号店 パソコン総合館は、eスポーツに力を入れた売り場構成にしている。1階、2階を「GAMING ZONE」と名付け、1階にはゲーミングPC売り場を、2階にはeSports Studio AKIBAのほか、ゲーミングPC向けの組み立てパーツ売り場、人気プロeスポーツチームのオリジナルグッズの販売コーナーを設けた。
また、eSports Studio AKIBAでは『レインボーシックス シージ』や『リーグ・オブ・レジェンド』、『フォートナイト』といったゲームタイトルのコミュニティーイベントを定期的に開催。こうした取り組みも含めて店頭でeスポーツを体験してもらい、購入へとつなげる考えだ。
さらに、eスポーツというキーワードは、人材確保の面でも効果的だ。「最近はeスポーツが好きという理由でアルバイトに応募してくる若者も多い」(渡辺氏)。
実際、この日の練習試合に参加したソフマップのeスポーツ部には、アルバイトやこの春に入社する新入社員も部員として含まれていた。同社のeスポーツ部には、希望すれば社員だけでなくアルバイトも参加できるのだ。このほか、外部のプロeスポーツチームに所属し、ソフマップで販売員として働く社員もいるという。
企業間でのeスポーツにも隆盛の兆し?
「部活動を通じてeスポーツに習熟した社員が増えることは、接客を含めたマーケティング面でもプラスになる」と渡辺社長。ソフマップの取り組みは、秋葉原という街に拠点を置く小売店ならではの視点だ。
一方のレノボ・ジャパンはeスポーツを「社員間の新たなコミュニケーションツール」ととらえ、社長自らが率先して楽しむ部を設立。PCメーカーという自社の強みを生かして社外交流にも拡大し、業種を超えた交流や情報交換にもつなげようとしている。レノボのeスポーツ部支援プロジェクトに参加する企業を中心に、企業間eスポーツ大会の流れが加速しそうだ。
さらに、そうした流れがeスポーツプレーヤーのあり方にも影響を与える可能性もある。両社とも、企業発のeスポーツ活動が野球などと同様の実業団リーグに育てばと話していた。こうした構想を持つのは両社に限った話ではない。例えば、NTT東日本。同社はeスポーツ分野の新会社「NTTe-Sports」を設立したが、それに先立ち、社内同好会としてeスポーツチーム「TERA HORNs(テラホーンズ)」も発足させている(関連記事「NTT東の技術でeスポーツに本格参入 地方のイベント開催など支援」)。
TERA HORNsの仕掛け人は、『ストリートファイターⅤ』では「かげっち」のプレーヤーネームで知られるNTTe-Sportsの副社長、影澤潤一氏。同氏によればチーム結成の背景として、「社会人eスポーツ文化の醸成」や「社会人リーグの構想」があったという(関連記事:日経 xTECH「NTT東が社員でeスポーツチームを結成、仕掛け人が語った意外な目標」)。
日本におけるeスポーツは黎明(れいめい)期をようやく抜け出そうかというところ。プロ選手も本業を別に持った社会人が少なくない。また、「プロ」と「それ以外」というざっくりとしたくくりしか存在しないのも現状だ。野球やバレーボール、ラグビーなどと同じように、実業団としての社会人リーグがあれば、という声はプレーヤーからもファンからもある。企業の部活動がeスポーツ選手の受け皿を生む可能性にも期待したい。
(写真/平野亜矢)