仏政府は、新型コロナウイルス対策として3月17日から15日間の外出禁止と人との接触自粛を宣言した。フランスの消費の現場で起きていることは、数カ月後の日本で繰り返されるかもしれない。パリ在住の工業デザイナー、竹原あき子氏が非常事態下にある街の様子と店舗の対応をリポートする。
フランスのマクロン大統領は2020年3月16日、テレビ演説で新型コロナウイルス対策として、国民に17日からの外出禁止と人との接触自粛を要望した。すでに郵便業務の停止、100人以上の集会禁止、学校の休校、イベント禁止などは実行されていたが、まさか外出禁止という大胆な策を打ち出すとは思っていなかった。「冷静にしましょう、だって戦争だから、他国ではなく細菌に対する戦争です」と、大統領は優しい言葉遣いとは裏腹にウイルスと戦う自覚を国民に呼びかけた。そして、17日からの15日間は特別な理由がないかぎり外出を控え、30日間は国外に住むフランス国民の帰国を除き、EU(欧州連合)国境を封鎖すると伝えた。
この期間、外出するには原則として許可証が必要になる。ただし、個人の犬の散歩と必需品の買い物の外出には許可証が要らない。仕事で通勤する場合には、テレワークでは用が足せない証明書を求められる。その場合、定形の用紙が用意されており、必要事項にマークを付けるか手書きで理由を記入してもいい。友人などとの会食は不許可など、細かいルールが定められている。違反したら罰金135ユーロ(約1万7000円)を徴収される(その後、罰金は最大3700ユーロに増額された)。国民の行動を監視するために政府は警察と軍隊による警備員を10万人配備した。
すべては従業員の健康を守るためであり、国民を守るためだから連帯してほしいと大統領は訴えた。行動を制限するだけでなく、必要なマスクはすぐ手配し、看護にあたる人々の子供の託児所と学校に届けることを保証すると明言して、安心感を与えた。さらに介護に従事する人々のタクシー代金とホテル代金は政府が支払う。中小企業の経営危機には配慮する。この期間の税金や社員への社会保障支出、ガス・水道・電気の料金と家賃は無料にするなど財政支出を伴う対策についても細かく言及した。
外出禁止の初日、買い物のため街に出てみた。まず近くにあるスーパー「モノプリ」に向かった。フランスでは珍しく、「ヤクルト」を売っていることでパリの日本人に知られる店だ。街中では警察と軍隊が警備しているというから、どんな様子だろうと思っていたが、意外にも落ち着いた雰囲気。地下鉄の出入り口から流れる人影はほとんどなく、時々運行するバスは数人の客を乗せて静かに走っている。
売り場では「1メートル間隔」を看板で呼びかけ
モノプリの入り口には立て看板があった。そこには「衛生に配慮して、店内に入る皆様の人数を制限させていただきます」と書かれていた。さらに店内の看板には「衛生を配慮して、お互いの安全のために1メートル間隔を守ってください」とある。そして従業員が看板の横に立って店内を見守る。今回の規制により店内に同時に入れる客は100人以内となっているので、入り口に行列ができていると予想していた。ところがパリでは皆が買い物に急ぐわけではないらしく、すぐに入店できた。ヤクルトと野菜を持ってレジの前に立つ。食品売り場での支払いはクレジットカードとスマートフォンによるキャッシュレスのみに対応している。規制によって店舗での現金の支払いは不可になった。ちなみに先述の罰金もカードで支払わなければならない。
食品以外の売り場では、人件費抑制のために導入されたばかりのセルフレジが並び、その横にサポート役の店員が1人座っていた。店員によるサポートは最初のうちだけだという。スーパーは、顧客同士が接近し感染が広がることを警戒すると同時に、支払いの際、店員に感染することを防ごうとしていた。
パリのリヴォリ通りは6車線の幹線路だ。普段とは打って変わって自動車の影はほとんどない。食品を販売する店を除いて両側の商店すべてが閉店していた。タバコ店が兼業しているコーヒー店が開いていたので入ると、店員は「お持ち帰りだったら可能です」と言って紙コップにエスプレッソを注ぎ、砂糖とかき混ぜ棒を添えた。スマートフォンで代金を支払う。いつもならサービス料の小銭を置くところだが、今回のルールではそれは禁止されている。
この店では、念入りな清掃を終えたばかりだった。店の前に4枚の紙を張り、店が実施した新型コロナ対策を案内していた。パリにあるタバコ店の職能組合が取りまとめた対策を電話で組合員に知らせ、徹底させているという。日本の赤ちょうちんとタバコ店を融合したようなこの店舗は、近隣住民の社交場になっている。その日常の楽しみをできるだけ犠牲にしないように、キャッシュレスと紙コップによる持ち帰りに限定して集団での感染を防止しつつ、地域での役割を果たそうとしていた。
遠回りをしてパリ市長舎まで足を伸ばした。市庁舎前の広場はいつもなら様々なイベントが開催され、にぎわう場所だが、今日は何もない。そこに突然、インラインスケートを履いた若者がやってきて、思いのまま滑り始めた。たった1人の優雅な舞を目にしても、役所の管理人は微動もせず。違反と判断されたら罰金だが、管理人はあえて見て見ぬふりをしていたのだろう。
ノートルダム寺院の周りにも、セーヌ川の橋にも、人影はなかった。テレワークによって親はアパートにいて、学校が休校になった子供と過ごしているだろう。だが、あれほど多かった観光客はどこに消えたのか。大統領の演説には観光客の行動についての要望はなかったが、演説は小学生にも分かる語り口だった。観光客も状況を理解してホテルでじっとしているか、すでに空港から出発したようだ。
大企業では新型コロナウイルス対策として、早々にテレワークを導入した。フランス国民は、権威への服従を嫌う傾向がある一方、互いに助け合うためには連帯できる性質も併せ持っている。今回は「外出せず」「接触せず」という防衛戦略は避けて通れないと国民は判断したようだ。命にかかわる政策に従順に、いや積極的に従うフランス国民の新たな顔を見た。日本の大戦中のスローガン「欲しがりません勝つまでは」と似てもの悲しい気もするが、フランス政府を追いつめた決断の背後には、それだけの危機が迫っているとの認識があった。ここで起こったことは、数カ月後の日本で繰り返されてもおかしくない。フランスの戦いぶりを見て、今から準備しておくべきだろう。
(写真/竹原あき子)