新型コロナウイルスの影響で消費行動にさまざまな変化が生まれる中、書店ではある本の売り上げが急激に伸びている。1947年に出版されたフランスの小説『ペスト』だ。書店からの注文も相次ぎ、版元の新潮社は1万4000部を増刷した。なぜ70年以上も前の小説が注目されたのか。

『ペスト』(新潮社、税込み825円)
『ペスト』(新潮社、税込み825円)

Twitterの「ペスト」に関するつぶやきを見て、販促を強化

 『ペスト』は1940年代のアルジェリアを舞台に、致死率の高い感染症であるペストの流行による街の混乱と市民の戦いを描いている。著者はフランスのノーベル文学賞作家であるアルベール・カミュだ。名作として現在も読み継がれている作品で、累計発行部数は約90万部。「2018年6月にNHKの教養番組『100分de名著』で紹介されたことで一時的に注目度が高まったが、基本的には年間3000~4000冊とコンスタントな売れ行き」と版元である新潮社営業部の河井嘉史氏は話す。

 異変があったのは20年1月下旬。売り上げデータの上位に突如ペストが食い込んだのだ。きっかけはどこにあったのか。河井氏はユーザーの動向を探るべく、Twitterの検索機能を使って「カミュ ペスト」に関するツイートを調べた。すると、「武漢の状況を見ると、カミュの『ペスト』を思い出す」という内容のツイートがいくつも見つかった。しかも、「特定のメディアのコメントのリツイートではなく、たくさんの一般の人が同様のツイートしていた」(河井氏)。

 これだけ注目度が高まれば、まだこの小説に触れたことがない人でも読んでみたい思うはず。そこで1月末に販促を強化したところ、全国の書店から注文が相次いだ。2週間後の2月14日には在庫1年分の4000部を増刷。3月2日にはさらに1万部を増刷した。

新型コロナウイルスの関連本はいまだ発売されず

 丸善丸の内本店では2月上旬からペストの店頭在庫数を増やした。「関連書籍として、感染症と人類の発展について触れたノンフィクション『銃・病原菌・鉄』を並べるなどして棚を展開し、POPをつけて目立たせている。増刷が新聞で報じられたこともあり、売れるペースもどんどん上がってきている」と同店の友田健吾副店長は話す。直近1週間で30冊も売れ、同店の文庫本ランキングでは4位に入っているという。主な購入者は40~50代のビジネスパーソンだ。

 店頭で伸びているのはペストだけではない。同店では歴史書、実用書などで既刊のウイルス感染症を扱った本の売り上げも好調だという。原因不明の肺炎が新型コロナウイルスと確認されてから約2カ月。新型コロナウイルスに関する新刊がいまだに発売されていないこともあり、発売から70年以上たったペストも「関連書籍」として注目されているのだろう。

結末を知っているからこそ、読める

 また、「『ペスト』を読むことで先人の経験が学べるという思いがあるのではないか」と、新潮社の河井氏は分析する。毎日のように新しい情報が報道されて世の中が不安な空気に包まれる中、作中の人物たちと自分を重ね合わせることで勇気をもらいたいと考える人も少なくないはずだ。さらにペストは名作文学としてそのあらすじや結末も広く知られている上、未読の人でもネット上で簡単に調べることもできる。「ネタバレ禁止」「予想もつかないラスト」という本であれば、これ以上不安になりたくないという気持ちが働いて、売れ行きはこれほどまでは伸びなかったかもしれない。

(画像提供/新潮社)

■変更履歴
記事タイトルを「新型コロナウイルス感染拡大で小説「ペスト」が予想外のヒット」から「新型コロナの感染拡大でカミュの小説「ペスト」が予想外のヒット」に変更しました[2020/4/6 10:45]

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