サイバーエージェントは2020年1月29日、プロレスリング・ノアを運営するノア・グローバルエンタテインメント(東京・千代田)の株式を100%取得し、完全子会社とすることを発表した。17年のDDTプロレスリング(東京・新宿)に続くサイバーのプロレス団体買収。その背景を探った。
ノア買収の裏にプロレス業界再編の動き
1997年に旗揚げされたDDTは、通常のリングではない場所で試合を行う「路上プロレス」や魅力あるレスラーなどを特徴としてファンを増やしていった。企画力に定評があり、「文化系プロレス」とも呼ばれ人気を博す中、17年9月にサイバーエージェントに株式を譲渡し、グループの一員となった。一方のノアは、全日本プロレスから独立したプロレスラーの三沢光晴氏によって00年8月に旗揚げされたプロレス団体。華やかな演出と激しい闘いで多くのファンに支持されていたが、近年、経営が安定しない状況が続いていたという。
19年9月、ノアの代表取締役社⻑に前任の武田有弘氏が就任。その約2カ月後にDDTの高木規(リングネーム・三四郎)社長が武田氏と世間話をする中で、前体制の負債が大きく厳しい経営状況であることが明かされたという。そこで武田氏からサイバーエージェントの傘下入りの打診を高木社長は受けた。
高木社長を介し、サイバーエージェントと交渉を開始したのは19年11月下旬だという。そこから約2カ月という短期間で今回の合意まで事を進めた。同社長は「19年10月には新日本プロレスの親会社であるブシロードが女子プロレス団体・スターダムを買収した。そうした業界再編の動きが活発になりかけているという背景もあった」と振り返る。
「AbemaTV」への露出で知名度アップ
そもそもなぜDDTはサイバーエージェントの傘下に入ることを決断したのか。そこにはサイバーエージェントが注力しているインターネットテレビ局「AbemaTV」を通してDDTの露出機会を増やし、知名度を上げたかったという高木社長の狙いがあった。同局には格闘技専門の「格闘チャンネル」がある。「K-1」のビッグマッチから海外の格闘技団体の興行までさまざまな試合を配信し、格闘技への関心を高める取り組みを積極的に行っている。ここにDDTもコンテンツとして参加したかったという。
サイバーエージェントの藤田晋社長と面識のあった高木社長は、自身のスマホにDDTの“路上プロレス動画”を仕込み直接プレゼンを行った。これが好感触を得た。非常にとがった映像であることがAbemaTVとの親和性を高く感じると、藤田社長は興味を持ったそうだ。
サイバーエージェントグループの一員となったことで、露出以外にも多くの利点があった。DDTの会員制動画サービス「DDT UNIVERSE」の構築やメンテナンス運用にも同社のエンジニアが参加。大手IT企業が有する技術力や業務遂行能力が加わった。
ジャンルを超えたコラボレーションも展開している。サイバーエージェントが経営権を持つサッカークラブ「FC町田ゼルビア」との交流も積極的に行われ、サッカー場でDDTの選手がプロレスの試合を行ったり、コラボレーショングッズを出したりするなど連携を図っている。これにより格闘技ファン以外にもDDTの存在をアピールすることに成功した。
「もともとDDTのファンの半数は20~30代の女性ファンなので、若年層が支持するAbemaTVとの親和性も高かった。選手も20代の若手が多い。こうした活動を行い露出が増えていくことで、ファンが拡大していることを実感している。ノアの試合もこれから見る機会を増やしていくことで、より広い層にアプローチしていきたい」(高木社長)
目指すは業界1位、新日本プロレスに挑戦状
現段階でDDTとノアの統合はなく、協力しながら規模拡大を目指していく。高木社長は「ノアとDDTのリング上での方向性は何も変わらない。現時点で一緒になったのは経営の部分だけ」と強調する。
経営者としてはシビアな一面を見せる。今後は事務所、営業ラインや広報の拠点を1つにまとめていきながら、無駄なく運用することでコストを抑えていくという。
コスト削減のための環境づくりにも労力を惜しまない。現在、ノアの道場はさいたま市に、DDTは東京・文京区に構えるが、今後はその施設を1つにする構想もあるという。「それぞれの団体が時間を分けて1つの道場を使うことで、結果的にはコストを抑えていくことができる。その上で欲を言うと、都内に道場兼試合会場になるような施設を作りたい。週末はお客さんに入ってもらい、実際にプロレス観戦を楽しんでもらうイメージ」と高木社長は明かす。
ノアのサイバー入りを発表した20年1月29日の記者会見では、「業界1位を目指す」と威勢のいい宣言も飛び出した。現在の日本プロレス界で“一強”状態にある新日本プロレスに、挑戦状をたたきつけたわけだ。「一つのところが独走してしまうと、新しい文化も生まれにくくなり、今以上の発展が期待できない。プロレス業界を盛り上げていくのは当然の使命だと考えている」と高木社長。
株式を100%譲渡し、退路を絶ってまで高木社長はサイバーエージェントの傘下に入ることを選択した。
「ノアに関しては04~05年に東京ドームで興行を行うなど、業界トップと呼ばれていた時代もあった。今後はノア、DDTのどちらかを業界トップに君臨させるのが、明確な目標。そうでないと面白くないし、大企業のグループに入った意味もない」(高木社長)
10代のスター選手育成に力を入れていく
DDTとノアをより大きな存在にするため高木社長が力を入れるのが「若手プロレスラーのスター発掘」だ。既にDDTの新人レスラー募集にも変化があった。10代の若手から応募が届き始めているという。これまで入門希望者のほとんどが20歳前後の男性だったことを考えると、異例の出来事だといえる。
「19年度は合計3人の10代の男子から応募があった。きっかけは皆口をそろえて『AbemaTV』だという。これは我々の歴史の中でもあり得ないことで、1番の驚きだった」(高木社長)
その中から15歳、17歳、そしてキッズレスラーとして活動していた12歳の入門が決まった。これを受け、DDTでは若手選手のためのカリキュラムを作成し、今後「十代プロジェクト」として、スター選手を作り上げるための育成に力を注いでいくという。
さらに格闘技は男性ファンが多いというイメージを変えていくため、10代の女性層にも積極的にアプローチしていく。DDTは立ち上げ初期から積極的に自社の情報を発信していたが、今後もSNSの運用に力を入れる。「今の10代の女性がはまっているモノのヒントが、AbemaTVに転がっていると考えている。恋愛リアリティーショーはその最たる例。その軸を格闘技とかプロレスに置き換えながら、10代のカリスマと呼ばれるようなスター選手を育てていきたい」と高木社長。
昨今の格闘技界には、K-1の武尊、キックボクシングの那須川天心といった20代のスター選手がいる。高木社長はその二人を挙げ、「ノア、DDT、そして東京女子プロレスの3つのどれかを、近い将来(彼らが所属する団体に匹敵するような)そこまでのコンテンツに持っていきたい。各団体が目的意識をしっかり持って、これから勝負をかけていく」と飛躍を誓った。
(写真/中山 洋平、写真提供/サイバーエージェント)