京セラは無線自動識別(RFID)技術と振動や音声による情報伝達技術を組み合わせた視覚障害者向けの「スマート白杖(はくじょう)」を、2020年2月12日に発表した。駅のホームからの転落事故や交通事故を低減させるのが狙いで、子供や高齢者向けなど用途拡大も視野に入れる。

京セラが開発したスマート白杖を持つ、同社研究開発本部研究企画部責任者の中川浩文氏。現状は既存の白杖にRFIDを外装しているが、将来的にはつえの柄や先端に内蔵することを目指す
京セラが開発したスマート白杖を持つ、同社研究開発本部研究企画部責任者の中川浩文氏。現状は既存の白杖にRFIDを外装しているが、将来的にはつえの柄や先端に内蔵することを目指す

ホームドア設置よりも制約が少なく汎用性が高い

 スマート白杖は、RFIDタグを内蔵した白杖の先端がホームや車両に備え付けられた「RFタグ」と呼ぶパーツに接近すると振動で危険を知らせ、同時にスマホ経由で音声でも注意を促すシステム。ホームの端や車両の乗降口など、設置場所によってメッセージを変えられるのも特徴だ。開発を手掛けた京セラ研究開発本部研究企画部責任者の中川浩文氏は、「(京セラは)無線通信にたけており、アプリなどのソフトウエアも自社で開発できる」と優位性を述べる。同社はその強みを生かし、3年以内の実装を目指す。

RFタグの埋め込み場所によって危険を知らせるメッセージが変わる。写真と異なり実際はRFタグは地面や車両内部に埋め込まれるため、耐久性も維持できる

 2011年にJR山手線目白駅で視覚障害の男性が線路に転落し列車にはねられ死亡した事故をきっかけに、転落を防止するホームドアの設置が進み、設置駅では事故件数が減少するなど一定の効果が出ている。しかし京セラによると、設置には費用や構造面での制約があり、設置駅はまだ一部という。国土交通省の調べでは、ホームドアを設置しているのは全国783駅(19年3月末時点)で、さらに1日10万人以上が利用する大きな駅で設置が済んでいるのは、全国279駅中123駅にとどまる(19年3月末時点)。

 スマート白杖ではRFIDやRFタグに自社の既製品を活用できるため、コスト削減が期待できる。「高密度でRFタグを埋め込んだとしても、億単位の費用がかかるホームドアよりコストがかからない。首都圏以外のホームドア設置が進んでいない鉄道会社などでも設置を進めていければ」(中川氏)。

 視覚障害者の転落事故の8割は、自分が向いている方向や位置の誤認だという(17年ブルックの会)。さらに盲導犬や白杖による支援があっても最終的には障害者本人の判断によるため、事故を防ぐのは難しいという。視覚障害者に関する研究に長年従事し、スマート白杖の開発にも協力する金沢大学人間社会学域医学博士の吉岡学氏は、「盲導犬や白杖などの支援があっても転落事故が起きている。視覚障害者の高齢化が著しく、高齢での中途失明者は増加傾向にあることを鑑みれば、直感的で簡潔なインタラクション、振動や音声という歩行時の集中を阻害しない危険検知システムは非常に重要」とスマート白杖の有効性を強調する。

金沢大学人間社会学域医学博士の吉岡学氏
金沢大学人間社会学域医学博士の吉岡学氏

 京セラは20年2月18日~3月19日の平日(13~16時)、京セラみなとみらいリサーチセンターで体験会を実施する。そこで寄せられた意見などを参考に、実装化へ向けて改良を進める予定だ。

体験した視覚障害者からは、「雑踏の中では音声は聞きづらい。振動だけでもよい」「歩行速度に追いつくようスピーディーに対応してほしい」などの意見が出ていた
体験した視覚障害者からは、「雑踏の中では音声は聞きづらい。振動だけでもよい」「歩行速度に追いつくようスピーディーに対応してほしい」などの意見が出ていた

子供や高齢者の見守り、アウトドアでの危険検知など汎用性が高い

 RFIDとRFタグの組み合わせはスマート白杖の他にも多様な用途に活用できるという。例えば子供や高齢者に装着して、歩行時の安全見守りや、スキー場でコースアウトの恐れのある場所で危険を知らせるといった使い方を想定している。中川氏は「RFタグのアンテナをより大きくして無線距離を伸ばしたり、RFIDをさらに小型にしたり、バッテリーなどの課題もあるが、汎用性は高い」とシステムの拡張性をアピールする。バッテリー問題については無線給電も視野に入れているとのこと。

 15年9月に国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)には、すべての人に向けた健康と福祉や働きがいなどが目標として掲げられている。中川氏は「視覚障害者の社会進出に当たり、スマート白杖のシステムで生活の質を向上していただければ」と期待する。

(写真/北川聖恵)


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