SNSやネットが発達した今、それらを駆使し自ら発信することで、ファンや仕事を獲得し活躍する若きクリエイターが増えている。その1人が新井リオ氏だ。彼は独学で英語を学び、国内外でフリーランスのデザイナー・イラストレーターとして活躍。彼らの議論から4つのキーワードが浮かび上がった。

イベントは新井リオ氏の著書「英語日記BOY 海外で夢を叶える英語勉強法」(左右社)の刊行を記念し開催。左から牧野圭太氏、辻愛沙子氏、新井リオ氏
イベントは新井リオ氏の著書「英語日記BOY 海外で夢を叶える英語勉強法」(左右社)の刊行を記念し開催。左から牧野圭太氏、辻愛沙子氏、新井リオ氏
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 新井氏は「英語日記を書き続け、英語が話せるようになった人」だ。独学で英語を学び、自身が生み出した“英語日記”という勉強法をつづったブログは、約2年で300万PVを達成した。Instagramでは実践している英語日記にイラストなどを付け公開し、それを基にしたグッズも製作。自身で“営業”をせず、インターネット経由の仕事依頼のみで生計を立てているという。

 2020年1月26日、東京・青山ブックセンターで開催されたトークセッションでは、新井氏がアイデアを考えるときに大切だと感じているキーワードを10個紹介しながら、“クリエイティブとは何か”を、カラス(東京・渋谷)CEOの牧野圭太氏とarca(アルカ、東京・渋谷)CEOの辻愛沙子氏の3人で議論した。以下が議論から浮かび上がった4つのキーワードだ。

クリエイターに必要なこと
・「自己理解」
 自分の適性を理解している表現者は強い


・「越境」
 越境すると“当たり前”が輝きだす


・「極端」
 意外とみんな極端になれない


・「泥臭さ」
 成功は想像以上に泥臭い

自己理解ができている人は強い

 1つ目のキーワードは、「自己理解」だ。新井氏は同書を完成させるまで約2年という期間を要したという。書き始めた当初は自身が学んだ英語学習法のみを詰め込む予定だったが、文章を書き進めていく中で、“笑いを取りたい”だとか、“心に響く感動的な言葉を入れたい”などの衝動に駆られ、「担当編集にもダメ出しをくらい、すべてを書き直した」と振り返る。

 そうした問題を明快にするため、本に向かう姿勢を一から見直し、笑いや感動の要素を一切排除して、“英語学習法を作る”ということだけに焦点を絞った。そこからは、迷うことなく一気に書き上げることができた。「クリエイティブな作業は時として割り切ることも大切。だから早い段階で自己理解ができている人は強い」(新井氏)

 これに辻氏は同調しつつ「個人の中にもダイバーシティーというものはある。だからこそ、そこにいる相手や場所、目の前にあるタスクに合わせて、自分のどういった部分を切り出すのかを、その都度冷静に検討すべきだ」とコメント。一方の牧野氏は「自分のことって意外と理解できていない。ふと掛けられた言葉で自らを理解することもある。今いる環境や、周りの言葉にきちんと耳を傾けることも大事」と説いた。

2016年カナダに渡って以降、フリーランスとして活動する新井氏。バンド・PENs+(ペンズ)のボーカルとして日本で4枚のCD、米国で1枚のレコードを発売したミュージシャンでもある
2016年カナダに渡って以降、フリーランスとして活動する新井氏。バンド・PENs+(ペンズ)のボーカルとして日本で4枚のCD、米国で1枚のレコードを発売したミュージシャンでもある
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新しい景色を作るキーワードは「越境」

 2つ目のキーワードは、「越境」。タスク化された健康診断をなんとか楽しいものにしたいと19年10月、辻氏は自ら足を運びたくなる、インスタ映えする“健康診断フェス”を開催した。健康診断にまとわりつく義務感を少しでも減らすことを目的とし、写真映えするイベントを仕掛けた。会場に選んだのは結婚式場。これが注目を集めた。(関連記事「辻愛沙子が考える未来 『自分の軸を持って“越境”する』」)

 辻氏は同イベントについて「自分の中にある軸はぶらさずに、何と何を掛け算すると面白くなるのかを考え、越境させていく感覚は大切。凝り固まった概念を壊していけるのが、アイデアとかクリエイティビティーのできること。“インスタ映え”と“健康診断”はそれまで結びつかない関係性だった。しかし、そういったものをうまく掛け合わせることで、見たことのなかった景色をつくることができる」と振り返る。

 この意見に牧野氏は「アイデアは極端に言うと“常識”の対義語だと考えている。当たり前じゃないところの道を突き進む先に、この手があったかということが待っていたりもする」とコメントした。

クリエイティブディレクターで19年10月より報道番組「news zero」(日本テレビ)のレギュラーコメンテーターを務めるarcaCEOの辻愛沙子氏。女性の生き方や働き方などを発信するLadyknowsの代表としても活動する
クリエイティブディレクターで19年10月より報道番組「news zero」(日本テレビ)のレギュラーコメンテーターを務めるarcaCEOの辻愛沙子氏。女性の生き方や働き方などを発信するLadyknowsの代表としても活動する
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逃げるというのも一つの選択肢

 早稲田大学の理工学部に通っていた牧野氏は、大学院を含めた6年間のほぼすべての時間は読書に没頭していたという。理由は単純で、大学になじむことができなかったから。「現実の世界が退屈だったので逃げるように本を読んでいた」と振り返る。

カラスCEO、エードット副社長で村上春樹ファンの牧野氏。クリエイティブスクールNOVUSの学長も務める
カラスCEO、エードット副社長で村上春樹ファンの牧野氏。クリエイティブスクールNOVUSの学長も務める
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 その頃、1日に3冊くらい本を読んでいると、知らぬ間に文章の構造や美しさが理解できるようになった。結果的に、コピーライターとして活躍できる素養が、その時期に身についていたという。こうした極端さがクリエイティビティーを高めたのだろう。これが3つ目のキーワードだ。

 「逃げ続けるために、走っていたら知らぬ間に体力がついていた。能力を身につけるきっかけは必ずしもポジティブな動機だけではない。極端にネガティブなところからのスタートでもきちんと自らと向き合っていくことで、おのずと力はついていく」(牧野氏)

 辻氏は「私が極端な視点をいまだに持ち続けられているのは、自分と違う視点を持っている人との出会いを求めて、とにかく世界を転々としたことが大きい。逃げるというのも一つの選択肢。ホームだと思える場所がなくてコンプレックスを抱いていたとしても、どこかで自分の極端な部分をそのまま受け入れてくれる場所に出合えたりもする」とコメントした。

「クリエイティブ」に近道なし

 「“クリエイティブ”を製作する上で、これさえやっておけばいいという答えはない」。イベントの冒頭で新井氏はそう語った。ならば何を自分の軸にしながら創作活動に臨めばいいのだろうか――。最後にキーワードとして挙がったのは「泥臭さ」だ。

 「これまでに出会った才能あふれるクリエイターは全員、泥臭い性格の持ち主。言い換えると楽な道を選ばず、地道に愚直にクリエイティブと向き合っている人だった」(新井氏)

 牧野氏も「広告の仕事も泥臭さが必要。企画が通った後に行う業務は50%が(クライアントや他部署などとの)調整、49%はトラブル対応、そして残りの1%が楽しさ。広告の世界は華やかなものだと勘違いされがちだけど、一個人として実情はこう捉えている」と話す。

 辻氏は「より良いクオリティーのものを生み出すことに近道はない。結局、到達したい先が高ければ高いほど、階段を一段ずつ着実に上っていくしか方法はない。美しい創作物の背景には必ず人間の泥臭さが潜んでいる。そういうところにも想像力を働かせて、自分と向き合っていけば着実に成長していくことができるのでは」と語った。

「英語学習も創作と同じで地道な努力の積み重ね。一方で英語の勉強がどれだけ楽しくて、勉強することでどれだけ人生が良い方向に向かっていくのかというポジティブな面をこの本で伝えたかった」(新井氏)
「英語学習も創作と同じで地道な努力の積み重ね。一方で英語の勉強がどれだけ楽しくて、勉強することでどれだけ人生が良い方向に向かっていくのかというポジティブな面をこの本で伝えたかった」(新井氏)
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(写真/中山洋平)