1930年代からタイムスリップしてきた“モボ”“モガ”と共に銀座の名所を一回り。最後にはあの和光の屋上で時計越しに夜の銀座を一望――そんな外国人観光客向けナイトツアーを松竹が企画した。2019年1月26~29日に実施された同ツアーに記者が参加。「それって面白いの?」と疑い半分だった記者の期待をはるかに超えた内容と、このツアーに懸ける松竹の迫本淳一社長のインタビューをお届けする。
取材した「GINZA THEATRICAL NIGHT TOUR」は、松竹がインバウンド需要の拡大を見越して制作した外国人向けの観光ツアー。観光庁が選定した「最先端観光コンテンツインキュベーター事業」にも選ばれている。松竹によると、今回は本格運用を見据えたプロトタイプとのこと。
18時からと21時からの1日2部開催で、記者が参加したのは18時からの部だ。いずれも銀座の映画館・東劇からスタートする。1900年代前半の銀座の写真や映像をスクリーンに映しながら、外国人ツアーガイドが当時の街の様子や名所、「モボ(モダンボーイ)」「モガ(モダンガール)」と呼ばれた若者カルチャーを紹介する。
このツアーがユニークなのは、ツアー自体が一つの物語になっていることだ。ガイドの説明に導かれて、往年の銀座を舞台にしたモノクロの恋愛映画を見ていたところ、突然、場内が停電。少しの後に再び明かりがつくと、舞台にはさっきまでスクリーンに映っていた男性と女性が立ってる……どうやら彼らは1930年代に撮影された映画から飛び出し、タイムスリップしてきた様子だ。
なぜか彼らは英語がペラペラ。早く帰らなきゃと慌てる男性に対し、女性のほうは「どうせなら2019年の銀座を楽しみましょう」と提案する。かくしてツアーの参加者たちは、タイムスリップしてきた二人と共に、銀座の街に繰り出すのだ。
18時の部で回るのは、パン屋の銀座木村家と文房具店の伊東屋、かつては銀座屈指の高級アパートで、現在はたくさんのアトリエやギャラリーが入っている奥野ビルだ。晴海通りを直進して銀座三越の角を右折。中央通りを進む。電飾もまぶしい店舗を左右に眺めながら、銀座木村家の名物「あんぱん」をほおばったり、伊東屋1階のジュースバーで温かいドリンク(同店自慢のレモネード)を飲んだり、伊東屋特製しおりなどのお土産をもらったりする。
その間にも、タイムスリップしてきた二人にガイドも交えた物語は進行。最後は和光の屋上に上り、銀座のシンボルともいえる時計塔をバックに、ストーリーはエンディングを迎える。ここでオチを書くのは控えるけれど、伏線もきれいに回収された。和光によると、屋上は通常非公開となっており、一般の人が足を踏み入れることはない。ツアー参加者だけに許されたぜいたくな体験と粋な物語に参加者一同、満足の笑みがあふれた。
なお、21時の部では、喫茶店のトリコロールでコーヒーとエクレアを食べ、銀座ライオンでビールと軽食を食べるのだという。いずれも所要時間は約2時間で、参加費用は5800円。定員は20人となっている。「18時の部はあんぱんとジュースなのに、21時の部はエクレアとビールに軽食。それで同じ値段なの?」と疑問に思う人も多いかもしれないが、18時の部は回るエリアが広いうえに、伊東屋でちょっとしたお土産がもらえるのがポイント。また、客層も異なっており、18時の部は子どもも含む家族連れが、21時の部はお酒もたしなめる大人が多かったという。
魅力は観光だけじゃない!キャストがすごい
このように、GINZA THEATRICAL NIGHT TOURは、銀座の観光地を巡るツアーなのだが、実際に参加してみると、魅力は観光だけじゃない。楽しみを何倍もに膨らませるのが、3人のキャストの熱演だ。
特にタイムスリップしてきた男女二人はとてもチャーミング。銀座の街はもちろん、観光とは直接関係ない“現代”にいちいち反応する。例えば、スマートフォンで2人の写真を撮っていたツアー参加者を捕まえると、「何をしているの?」と手元をのぞき込む。自分が写った写真を見せられると、「まあ! 私が知っているカメラはこんなに大きいのに!」と目をまん丸くして驚いた。
コンビニの自動ドアの前に立てば、「ドアが勝手に開いた!」と二人そろって大はしゃぎ。男性はアンティークショップのウインドウをのぞいて「これこれ! 僕の妹も持っていたよ!」とうれしそうに指さすし、女性は露出度高めのキャバ嬢の写真をラッピングした広告トラックを見て「あんなに胸元が広く開いた服を着て、なんてこと!」と自分の胸元を両手で覆った。ガイドが「あれが日本初の“アップルストア”です」と紹介したときには、「リンゴを売っているのかい?」とアップルストアに入っていく始末だ。
これらはもちろん全てキャストのアドリブだ。同行していた松竹の広報担当者によると、「大人ばかりの回と子供がいる回では話すことが全然違う」とのこと。当初は「タイムスリップの設定なんて、わざとらしくて寒々しいのでは?」なんて引いてみていた記者は、「なめていてごめんなさい」と心から謝った。だって彼らを見ていると、これが芝居と分かっていても、本当にタイムスリップしてきたように思えてくるのだから。と同時に、1930年代と現代では、街並みはもちろん、生活スタイルもすっかり変わっていることに改めて考え至る。そして、その間も同じ地にあり続ける和光や木村家、伊東屋、奥野ビルはやはりすごいと実感した。
GINZA THEATRICAL NIGHT TOURは、ただの観光ツアーではない。銀座という街を舞台とした一つの屋外アトラクションというほうがしっくりくるかもしれない。
銀座はぜいたくな街。だから伸びしろがある
ツアー終了後には、松竹の迫本淳一社長にGINZA THEATRICAL NIGHT TOUR立ち上げの狙いを聞いた。
――期待以上に楽しいツアーで、正直驚きました。このツアーを立ち上げた目的は?
迫本社長 インバウンド需要を見越してのことです。2020年には東京でオリンピック・パラリンピックが開催されますが、日本には夜のエンターテインメントが少ないと言われています。松竹では前の東京オリンピック(1964年)の際、外国人向けに「ナイト・カブキ」という特別興行をやりましたが、あれは一過性でした。今度は何か続けていけるものを考えよう――そう言って現場から挙がってきたのがGINZA THEATRICAL NIGHT TOURです。
――ではこのツアーは継続することを前提に企画されたんですか?
迫本社長 ええ。今回実施したのは、あくまでもトライアルですが、参加者のアンケートなどを基にどのような形で行うかを考えます。具体的にはまだ全然決まっていませんが、いずれは全国展開していきたい。少なくとも南座がある京都、大阪松竹座がある大阪からですね。
――では、松竹にとっての新規事業でもあるわけですね。
迫本社長 そうですね。どこまで育つかは分かりませんが、志は高くありたい。今回のツアーのように、映画や演劇を使ったエンターテインメントができるのは松竹だからこそです。他社にはできないことですから、フルに生かしていきたい。状況によっては、地域ごとにローカライズしていくことも必要でしょう。
――今回のトライアルの手応えはいかがですか?
迫本社長 すごく反応が良いみたいですね。もっと料金を高くしてもいいのではという意見もありました。子供も楽しめるということで、家族で参加もできます。非常に面白い可能性があると感じています。
私も(18時の部に)参加してみて感激したんですよ。例えば、奥野ビル。あんな場所があるとは知りませんでした。和光の時計塔もなかなか行けない場所です。木村家さんや伊東屋さんにも改めて感動がありました。
――銀座という街のポテンシャルを感じますね。
迫本社長 銀座は古くからおしゃれな街です。大人のおしゃれな人が集中している。現代のモダンボーイ、モダンガール、シニアもいますよね。一方で、夜が早いなどぜいたくな街なんです。だからこそ、伸びしろがあると思います。
――今回のツアーではキャストも魅力の1つと感じました。アドリブが見事で参加者を巻き込んで楽しませてくれます。
迫本社長 ネットの世界では、一般の人たちが当事者として映像作りに参加したり、制作者と観客が双方向でコミュニケーションを取ったりできるようになっています。“リアル”なエンターテインメントでも、お客さんが参加したりキャストとコミュニケーションしたりできるんだということが示せれば、エンターテインメントの可能性も、ビジネスチャンスも広がると思います。
このツアーは銀座をスタートに始めました、今回、銀座界隈のお店をはじめ、さまざまな方にご協力いただけたのは本当にありがたいことです。これを機に、新たなマーケットを築いて銀座の方々に喜んでもらいたい。そして夜の銀座がもっといろいろなお客様でにぎわえばいいなと考えています。
(文/平野亜矢、写真/酒井康治=日経トレンディネット)
関連リンク
・GINZA THEATRICAL NIGHT TOUR
当記事は日経トレンディネットに連載していたものを再掲載しました。初出は2019年2月8日です。記事の内容は執筆時点の情報に基づいています