戦績に加え、SNSやYouTubeを使った情報発信などファンを増やし、オリジナルグッズの販売も好調なプロeスポーツチーム「Rush Gaming」。「コール オブ デューティ」(CoD)シリーズの大会なども取材する筆者が同チームの西谷麗CEOに取材した。西谷氏の願いは「eスポーツ界の“錦織圭”を送り出すこと」だ。
eスポーツへの注目の高まりを受け、プロeスポーツチームも次々に立ち上がっている。その一方で、多くがファンの拡大、収益源の確立に課題を抱えている。
そんな中、オリジナルグッズの販売などで着実に足元を固めているのがプロeスポーツチームのRush Gamingだ。PlayStation4向けゲーム「コール オブ デューティ」(CoD)シリーズを中心に活動し、多くのファンを持つ人気チームに成長した。2019年8月にラフォーレ原宿に期間限定で出店したポップアップショップでは、1週間で150万円を売り上げたことでも話題を集めた(詳細は関連記事参照)。
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同チームCEOの西谷氏は「Rush Gamingはスタートアップ」と言い切る。西谷氏はそもそもなぜプロeスポーツチームの経営に踏み切ったのか。
メルカリ・山田CEOの会社でキャリアをスタート
起業家を親に持つ西谷氏は「もともと長く会社勤めをするビジョンを持ち合わせていなかった」という。
大学を卒業後、現・メルカリCEOの山田進太郎氏が01年に起業したウェブベンチャー企業、ウノウに新卒で入社。その後、米エレクトロニック・アーツ傘下のソーシャルゲーム会社Playfishの現地社員第1号として日本法人立ち上げに携わる。そこで4年ほど勤務して独立。フリーランスを経て14年にゲーム分野でマーケティング代行やコミュニティー・マネジメントを請け負うWekids(ウィキッズ、東京・渋谷)を創業した。
西谷氏に一貫していたのは、「人の才能の開花に携わり、世の中に役立つ仕事がしたい」という思いだ。
それがRush Gaming発足につながるのは、現在のチームの“顔”ともいえるGreedZz(グリード)選手がWekidsでアルバイトをするようになったことがきっかけだ。当時は『コール オブ デューティ ブラックオプス3』(CoD:Black Ops3)の最盛期。大学生だったGreedZz選手はRush Gamingの前身となったチーム「Rush CLAN esports部門」の一員として活動し、全国1位など輝かしい成績をおさめていた。「私は知らなかったけれど、その時点でGreedZzのYouTubeチャンネル登録者は2万人くらいいた」と西谷氏は話す。
とはいえ、当時のGreedZz選手にはまだプロプレーヤーになる確固とした意思はなく、就職先に悩んでいたという。一方の西谷氏もeスポーツチームを運営する考えはなかった。「前職でゲームメーカーのマーケティングに携わっていたため、eスポーツに注目はしていた。でも、日本では時期尚早とみていた」(西谷氏)。
ショー要素のあるビジネスは観客の感動が価値
プロプレーヤーになる意思はまだないGreedZz選手と、日本のeスポーツは時期尚早と判断していた西谷氏。2人の考えが変化する契機は3つある。
1つは、GreedZz選手の熱意だ。西谷氏はアルバイトとして雇ったGreedZz選手に「CoD」の魅力や同作のeスポーツシーンの国内外の市場規模などをプレゼンさせた。「本人にも自分たちが夢中になっているものを理解してほしいという思いがあったんでしょうね。きちんとリサーチされたいいプレゼンだったんです」(西谷氏)。西谷氏はその熱意に感じ入ったとのこと。
2つ目は、西谷氏自身が初めてCoDの試合を観戦したときのこと。前述のプレゼンの数日後は折しも『CoD Black Ops3』アジア大会の開催日。「チームで出場するので応援してください」というGreedZz選手の言葉を受けて、Wekidsのメンバーとともに試合のライブ配信を観戦した。「そうしたらめちゃくちゃ面白くて。なんだこれ!?と思いました。ろくに知らないゲームだったのに大興奮ですよ!」(西谷氏)。
そこにはGreedZz選手の準備もある。初見の西谷氏らでも大会の複雑なルールが分かりやすいように、事前に観戦ガイドを作成していた。また、西谷氏にとって「知っている人が出場するeスポーツの試合」の興奮度は桁違いだったということもあるだろう。しかも、Rush CLANはこのアジア大会で見事優勝。さらに破竹の勢いで戦績を上げ、17年9月の東京ゲームショウ2017で開催されたエキシビションマッチでは当時の“絶対王者”SCARZを倒して優勝した。
3つ目が、その東京ゲームショウ2017の試合でのファンの反応だ。このときは、会場内に入りきらないほどの観客が集結。試合が終わった後も約100人もの観客が選手たちのサインを求めて長蛇の列をなしたのだ。
これが決定打になり、西谷氏のWekidsは17年11月にRush CLAN esports部門とスポンサー契約を締結。Rush Gamingと名を変えて新たにスタートさせた。
西谷氏は判断の根拠をこう説明する。「スポーツに限らず、ショー的要素のあるビジネスでは観客が感動することが価値。選手の活躍する姿を見てそうした思いを抱く人がこれだけたくさんいるなら、必ず大きく育て上げられると思った。何より“Rush”というブランドがファンの中に確立していることが大きかった」(西谷氏)。
あのときの“大興奮”が原体験
「eスポーツは歴史がないからこそストーリーやドラマ性が重要」と西谷氏は語るが、実際、Rush Gamingのその後の道のりはドラマに満ちたものだ。
リーグ戦形式で行われた2018年の「コール オブ デューティ ワールドウォーIIプロ対抗戦」。“王者”という立場で臨んだRush Gamingは、勝ち点で2位のLibalent Vertexと並んだが、直接対決成績で破れ、東京ゲームショウ2018で開催されたグランドファイナルへの出場権を逃した。ただし、1位になったDetonatioN Gamingとの直接対決は2戦2勝。DetonatioN Gamingが落としたのはRush Gaming相手の2試合だけと、王者としての意地をファンにしっかりと見せた。
また、18年7月と8月にはプロ対抗戦の期間中にもかかわらず、主力選手2人が相次いで脱退。現在は戦線に復帰してはいるものの、19年1月にはリーダーであるGreedZz選手が目の故障により無期限の休養を発表した。さらに同年12月の日本代表決定戦での大敗。西谷氏をはじめとするチームスタッフは、一部選手に見られる胆力の弱さが敗因の1つとみて、レギュラーメンバーの入れ替えと立て直しを図っている。
「プロチームである以上、強いだけじゃだめ」。西谷氏はプロとして活動する選手に対して時に厳しい姿勢を取る。関連記事「ラフォーレで1週間に150万円売る eスポーツチーム・Rushの集客力」で紹介したように、YouTubeの再生回数やTwitterのインプレッション、ECの売り上げなど、選手の人気を計る“数字”のチェックも怠らない。だが、その運営方針は決してドライなものではない。先のプロ対抗戦の際、脱退が決まって涙を流す選手に寄り添う西谷氏の姿を筆者は会場で見ている。「ドライどころかうちはウエット中のウエットです」と西谷氏は笑った。
「GreedZz選手をeスポーツ界の錦織圭選手にしたい」。それが西谷氏の目標だ。テニスにおける錦織選手のように、絶対的なスターが1人でもいれば、その競技人口は爆発的に増える。「CoD」の、さらにはeスポーツの人気を日本で定着させる起爆剤になってほしいという思いがある。
「GreedZzと出会って初めてCoDの試合を見たときの大興奮。それが(eスポーツに情熱をささげる)原体験なんですよ」(西谷氏)。
(写真/志田彩香、写真提供/Rush Gaming)