「ストリートファイターV」などの格闘ゲームで世界を舞台に活躍するときど選手。2019年出版の書籍『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』(ダイヤモンド社)も好評だ。前編となるインタビューでは、近年の日本におけるeスポーツの隆盛と「勝つだけではダメ」というプロのあり方について聞いた。
ときど選手は、自身のフィールドである格闘ゲーム界ではもちろん、日本のeスポーツシーン全体においても先端をひた走るプロ選手だ。2010年にプロとして活動を始めて以来、国内外の大会で輝かしい戦績を重ねてファンを獲得。19年にはロート製薬、ソニー・ミュージックエンタテインメント、大塚食品など、業種の異なる複数の企業と相次いでパートナー契約を結んだ。その活躍と併せて「東大卒のプロゲーマー」というキャリアも話題を集め、一般メディアへの登場も増えている。
同年には2冊目となる著書『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』(ダイヤモンド社)を出版。プロプレーヤーとしてぶつかった壁やスランプ、それを乗り越える過程で至った「努力」の考え方について、自身の言葉でつづっている。
前編となるこの記事では、そのときど選手にインタビュー。近年の日本におけるeスポーツの盛り上がりに対するときど選手の感じ方、プロプレーヤーに必要なことについて語ってもらった。
【後編はこちら】
(「プロゲーマー・ときどが語る スポンサー企業との関係性」)
eスポーツの今の盛り上がりはすごい
――18年から日本でも大型の大会が多数開かれたりテレビで取り上げられたりと「eスポーツ」の認知が一気に進みました。近年のeスポーツの盛り上がりを、ときど選手自身はどのように感じていますか。
ときど選手(以下、ときど) この1~2年は本当にすごいですね。僕自身は10年からプロとして活動していますが、最初の数年は変化をさほど感じなかったんです。それが一気に市民権を得ましたよね。
――ときど選手から見ても変化は大きいですか。
ときど 大きいですよ! 一般の人が僕を知ってくださっているんですもん。色物のように見られるところはあっても、eスポーツという言葉は知ってもらっている。そのことは大きいです。
――ときど選手自身はそれよりもずっと前からプロプレーヤーとして活躍されています。最初にスポンサーに付いたのは米国のTシャツ屋さんだったとか。
ときど そうです。そのときにゲーム1本でやっていくと決めました。ただ、スポンサーに付いてくれたといっても、そのときは僕自身がTシャツを売る契約だったんですよ。梱包や発送まで含めて自分でやらなきゃいけない。
――え、大変じゃないですか。
ときど まあ楽しかったんですよ。ゲームセンター(ゲーセン)や個別指導塾などでバイトをしたことはあったけどそういう仕事は経験がなかったから。でも大変ではありましたね。
だから、Tシャツ屋さんが付いてくれたタイミングで半ば強引にゲーム1本に絞ったものの、ゲームにしっかり時間を割けるようになったのはゲームコントロールメーカーの米マッドキャッツと契約してからです。僕という「選手」が同社の商品を使うということに広告価値を見いだしてくれたんです。月給のような形で安定した収入が得られるようになりました。
その段階でマネジメント会社も立ち上げました。
――マネジメント会社を立ち上げるのも、日本の選手としてはかなり早いほうですよね。
ときど それは僕がというより周りの機転が利いたんだと思います。当時、プレーヤーの価値はとても低く見られていて、得られるお金も少なかったんです。そこで自分たちでマネジメントすることによってプレーヤーの価値を上げていこうと。まだ誰もやっていないことで先行者利益があったと思いますし、運が良かったですね。
プロは勝つだけじゃダメ
――著書の中で、ある時を機に「プロの仕事は勝つことだけではない」「画面を通じて対戦の面白さを知ってもらうこと」という考えに変わったとありました。それはなぜでしょう?
ときど なんというか、僕らがいる「eスポーツ」という世界はまだ完成していないんですよね。今はたまたま注目されてメディアやスポンサーなどいろいろな人の助力も得られていますが、もしそれがなくなったら一瞬で崩壊してしまいかねない状態だなと思っているんです。
特に、僕がやってる格闘ゲームはeスポーツ全体の中で見れば“弱小”です。日本人に強い選手が多いので日本では目立てていますが、世界的に盛り上がっている『League of Legends』(※)などに比べると、プレーヤー数も少ないし注目度も低い。5年先には(格闘ゲームのeスポーツシーンが)なくなっている可能性だって否定できません。もしそうなったら、仮に自分が勝てたとしてもプレーヤーとして続けられないですよね。だったら、勝利は最優先ではあっても全てではないと思うんです。
僕としては格闘ゲームをできるだけ長く続けたいし、プレーヤーでありたい。そのためには、もっと格闘ゲームを知ってもらうこと、プレーヤーの魅力を上げてファンを引き留めることが重要だと思います。
――長い目で、しかもワールドワイドで格闘ゲームのポジションを確立するためには選手自体の魅力を発信していかないといけないという思いですね。
ときど 選手にできるのはそれだけですよね。ゲームタイトルはメーカーのものだから、面白くするにはメーカーの方に頑張ってもらうしかない。僕は選手がタイトル作りに関わるのは反対なんです。メーカーにいいタイトルを作ってもらいたいという思いはあるけれど、そこにプレーヤーが乗り出しちゃうと競技としてフェアじゃなくなるから。
格闘ゲームのプレーヤーには変な人が多いんですよ(笑)。でも、すごく面白い人たちです。それが今はまだなかなか一般に伝わっていません。賞金がいくらとか、日本人が頑張ってるとか、分かりやすい部分だけが紹介されるだけではなく、プレーヤーの魅力というか、本当に面白い人たちが真剣にやっているんだということがもっと伝えられればいいですよね。
――ときど選手自身はテレビや一般メディアへの出演なども増えて、ゲームをあまり知らない人もその姿を目にする機会が増えています。著書にはそうした人がときど選手を通じてゲームを知ることに怖さもあるとありましたが、露出が増えるときに意識されていることはありますか。
ときど やっぱり一般教養は大事ですよね。あと言葉遣いとか。個性は潰したくないなと思いますけど、どこに出ても恥ずかしくない人間にならなきゃいけないなとも思っています。
――試合の配信などでは、ふとしたときに表情を抜かれたりすることもありますよね。
ときど それも最近は意識しています。というのも、試合中の表情に注意したほうがいい、表情すら隠せないやつが勝負強いってことはありえないってアドバイスをくれた人が何人かいたんです。
そのうちの1人はトッププレーヤーで、プロゲーマーになるずっと前からマージャンなどの勝負の世界で生きてきた人でした。そういう人の考え方ってゲームにも出るもので、すごくシビアなんですよ。その人に言われたんです。「勝負の世界では顔に出るようなやつが強いことは絶対ない」って。
別の人には「俺は試合中の表情、ずっと見てるから」と言われました。プレーももちろんですが、試合中の表情でどう崩れたかとかここで表情にも出さないってことは修練積んでるんだなとかが分かると。やっぱり見られてるんですよね、一挙手一投足を。そう言われてから意識するようになりました。
――体も鍛えていらっしゃいますよね。それでメディアのオファーも増えたという話も著書にありました。
ときど それは思わぬ副産物でした。僕は体を鍛えた方がゲームが強くなると本気で思ってトレーニングを始めましたが、それ以外のメリットもあったなと。体つきが良くなったことでスポンサーが喜んでくれたり、写真写りがいいと言ってくれたりするのはうれしいです。
“冬の時代”の“妄想”がプロ意識をつくった
―― 一般メディアでの露出が増えたりスポンサーが付いたりすると、人からプロとして見られる場面が増えてきます。ときど選手をはじめ格闘ゲームの選手からは高いプロ意識を感じます。
ときど 長く続けていればそうなっていくとは思います。ただ、格闘ゲーマーは“冬の時代”が長すぎたことも影響しているかもしれません。
僕自身はあまり感じたことがないんですが、ゲームがeスポーツとして注目されるようになる前、ゲーセンで頑張っていた人たちの中には“妄想”せざるを得なかった人もいたと聞きました。ゲームが強いからゲーセンではすごく評価されるけれど、外ではゲームを一生懸命やっていることを言えない。ゲーセンで受ける評価と社会で受ける評価のギャップがありすぎて、「もし俺たちの世界がプロ野球だったら、ヒーローインタビューでかっこいいこと言えるのに」と妄想していた。そうしなきゃやってられなかったって。
――“冬の時代”というのは、ゲーセン内の評価と社会的な評価とのギャップがあった頃ということですか。
ときど そうです。それでもゲーセンが盛り上がっているうちは良かったんですよ。でもそれもどんどん減ってきて、新しい人も入ってこなくて、業界がシュリンクしていくというのは僕も感じていましたね。
――それが今、eスポーツの興隆で活躍の場ができたんですね。
ときど 当時のことが結果的に今の準備につながったというか。もしそういうときがきたらきちんとしなくちゃいけないと、僕はその人たちからたたき込まれました。だから他のジャンルのゲームに比べて、プロとして活動する準備ができていたんだと思います。
――ときど選手もその人たちの影響を受けて意識が高まったんですね。
ときど 高まりましたね。というか、僕はそういう人たちの美意識を潰すような戦い方をしていた時期がありました。当時は勝つことが優先と思っていたけれど、僕が「この人には勝てないな」と思ったのはそういう美意識を持ってプレーしている人たちの“流派”だったんです。「なぜ勝てないんだ」と考えたとき、そういう思いを背負っている人たちがいることが分かって。罪悪感もあったから、素直に言うことを聞こうと思ったんですよね。
※後編「プロゲーマー・ときどが語る スポンサー企業との関係性」に続きます。
(写真/志田 彩香〈ときど選手〉、木村 輝〈「CAPCOM Pro Tour 2019 アジアプレミア」〉)