突如登場したカップヌードル専用フォークは、その異常なまでのこだわりが話題となった。人気デザイナー佐藤オオキ氏の考案とあり、商品は瞬く間に完売。「フォークで麺を食べる」発想はブランドの原点と、日清食品はあえて“無駄なこだわり”を前面に押し出す。それがファンの「好き」を喚起した。
デザインと機能に「こだわり」を詰め込んだ
カップヌードル専用フォーク「THE FORK」は、日清食品が2019年10月15~28日まで全国のローソンで実施した販促キャンペーンのいわば“おまけ”。「カップヌードル」シリーズの対象商品を2食買うと1本もらえるが、各店わずか20本の限定だ。その後、19年10月30日午前10時から日清食品グループのオンラインストアでも販売を開始。カップヌードルシリーズ商品とこのフォークを組み合わせた「カップヌードルTHE FORKセット」は、用意した限定3000セットがわずか1時間で売り切れた。
THE FORKは日本が誇る人気デザイナー、デザインオフィスnendo代表の佐藤オオキ氏がデザインを手掛けたことも注目を浴びた理由の1つだ。しかもこの企画自体、日清食品からの依頼ではなく佐藤氏の自主提案だという。となればTHE FORKが“ただモノではない”ことは容易に想像がつくだろう。日清食品も「『カップヌードル』の調理からお召し上がりになるまでのあらゆるシーンを想定し、デザインと機能に“無駄なこだわり”を詰め込んだ」と公言するほど。フォークは右利き用と左利き用の2種類を用意し、専用ケースまで作るこだわりようだ。
ではTHE FORKの“無駄なこだわり”をひもといていこう。まず、カップヌードルにお湯を注いで3分待つ間の「フタの押さえ」として使える。持ち手の背面にある筋(リブ)は本来強度を確保するためのものだが、佐藤氏はリブの幅を調整し、フタを固定するためのクリップとしても使えるようにした。リブの間の溝をカップの縁にはめて、そのまま横にスライドさせるとフタ留めになる。
もともと容器にはフタ留め用の「シール」が付いているから、わざわざフォークを使って留める必要はない。無駄といえば無駄だ。しかし「カップ麺のフタをフォークで留める」という行為を大真面目にやるのが楽しい。
開発期間は約1年、ヘッドにもこだわり満載
カップ麺を食べるフォーク。その開発には1年近くを要したそうだ。佐藤氏が特にこだわったのは「ヘッドの角度と形状」だという。
カップヌードルを食べるときの腕の角度や動きを考察すると、通常のフォークでは角度が急すぎて麺や具材が滑り落ちやすい。そのことに気づき、よりすくい上げやすく、そのまま口に運びやすいように、ヘッドを128度横に折り曲げ、さらに128度立ち上げ、ねじれたような形状にデザイン。最終的に「手首を返さずにそのまま口元へ運べる」(佐藤氏)フォークを実現した。
爪の部分は、縮れた麺が引っかかりやすいように幅と形状を工夫した。爪の小さな出っ張りの間で麺を挟み込む。さらに中央付近にくぼみと深い隙間を設けたことで、スープを適度に落としつつ、具材が乗せやすくなった。
ヘッドが小ぶりなのも、一度にすくい上げる麺の量から逆算した結果だという。さらにフォーク外周部のカーブと容器内側のカーブをそろえたことで、容器に沿わせながら(底の方から)具材をかき出す動作がこれまで以上に楽になった。カップヌードルの食べ終わりに近づくと「せっかくのエビが容器の底にたまっていたりする。このフォークなら全部集められる」と日清食品マーケティング部 第1グループ ブランドマネージャーの白澤勉氏も太鼓判を押す。
製品開発で「こだわり」を積み上げていく
カップヌードルにおいて「フォークで麺を食べる」という発想はブランドの原点に通じる。日清食品創業者の安藤百福氏は、視察で訪れた米国で現地の担当者たちが「丼と箸」の代わりに「紙コップとフォーク」を使って「チキンラーメン」を食べる姿を目にする。それがカップヌードル開発のきっかけとなった。1971年の発売時から手で持って自由に食べるスタイルを掲げ、海外展開も視野に「フォークで食べるカップ麺」という世界初の斬新なイメージを打ち出すことに成功した。
これほどフォークとの関係が密接なブランドだけに、佐藤氏から「カップヌードルの容器でカップヌードルを食べる動作に特化した道具を設計する」という、突拍子もないような専用フォークの提案を受けても、日清食品側には「何だそれは、という感覚は全くなかった」と白澤氏は振り返る。それどころか「そもそも“無駄にこだわる”のは日清食品らしい企業文化」とまで言い切る。
「製品開発において細部まで徹底的にこだわる精神が、企業文化の血として脈々と流れている」と白澤氏。“無駄なこだわり”を詰め込んだ専用フォークも、「日清食品らしさ、カップヌードルらしさという本質を浮き彫りにするもの」と高く評価する。
日清食品の細部にまでこだわる精神は、例えばフタとカップ本体正面のマークをきれいにそろえる配慮や、触れたときの繊細な触感の追求などにも表れている。08年に容器を発泡スチロール製から紙製に変更した際、重視したのは親しまれたカップの手触りと口触りだった。
「新しい素材にすると味わいも変わるのでは」と、わざと紙の上にざらっとした触感のコーティングを施し、カップの縁に当たる飲み口部分には「四角い角」を作って、それまでの口触りの“なじみ感”を損ねないようにした。縁が丸くロールしている一般の紙コップとは、口に残る感覚は確かに違う。1食百数十円のカップヌードルの容器にそこまで神経が行き届いているとは驚きだ。
「変えていきながらも、変えてはいけないところは守る。コストも手間もかかるが、我々はこだわりを積み上げていく。変わらない手触り、口触りだからこそ、発売から49年間もの長きにわたって愛され続けている」と白澤氏はカップヌードルブランドに対する自負をのぞかせた。
半世紀たっても売り上げを伸ばすロングセラー
カップヌードルは発売以来、カップ麺分野の首位を走り続けており、16~18年と3年連続で過去最高売り上げを更新するなど今なお高い人気を誇る。「フタを開けてお湯を注ぐだけという縦型の手軽さと、即席麺らしい香ばしさに、消費者は改めて価値を見いだしている」と白澤氏。時代の嗜好を捉え、細分化するニーズに対応する商品展開も販売に結び付いている。シリーズの中核となる定番商品に加え、短期販売商品の売り上げが全体の成長を支えている。ロングセラーを維持する強みは「老若男女、どの世代にも万遍なく食べてもらえていること」(白澤氏)だ。
心をつかむ“コト消費”で「好き」を高める
そうした幅広いユーザーの視点に立って開発したのがTHE FORK、すなわち「カップヌードルの魅力を最大限に引き出すことを目的にデザインした専用フォーク」だ。佐藤氏は企画の動機についてこう語る。
「カップヌードルはお湯を注ぐだけで食べられる。だからこそ待ち時間や食べる際の動作を見つめ直すことで、商品の魅力をさらに引き出せるのではと考えた」
実際に箸やフォークで食べては課題点を見いだし、整理した結果、1本のフォークにこれほどまでこだわりを詰め込んだデザインとなった。そこにたどり着くまでに何度も試作品を作り、試食を繰り返したという。
日清食品の最終目標は売り上げ増につながるユーザーの広がりにあるのは違いない。専用フォークに期待したのも「食べてみたい」と欲する心が動くこと。「コト消費的な楽しさの演出で、思いを高めるのが狙い。心をくすぐる展開は重要だ」と白澤氏は力を込める。
佐藤氏は数多くの仕事で「常に小さな『!』を提供することを心掛けている」と語る。その言葉通り、小さな「!」を詰め込んだ1本のフォークは大きな話題を呼び、好評を得た。予想外の反応もあった。特に「使いやすい」「食べやすい」と高評価だったのは、訪日外国人と左利きの人だという。
さらに思いがけないエピソードも明かしてくれた。利き手をけがした人や、老人ホームのお年寄りが使ってみると、「手首を動かさずに味噌汁の具をスイスイすくえた」「楽しそうに食事をしていた」――などの声が届いたという。「まさか世の中でそんなふうに認めてもらえるとは。我々の想像を超える話」と白澤氏も喜びを隠せない様子。
ただカップヌードルを食べることに特化して“無駄な”こだわりを注ぎこんだ1本のフォークは、いろんな人にとって使いやすい道具にもなった。1つの企業と1人のデザイナーが小さな「!」を詰め込んだ末にたどり着いたのは、究極のユニバーサルデザインなのかもしれない。
デザインオフィスnendo代表
(写真/酒井 康治)