企業や自治体が標的になるネット炎上トラブルについて、知っておきたい歴史と知識をクイズ形式で出題する本企画。前編では、炎上の元祖と言える事件や、炎上“ギリギリ”“スレスレ”のコンテンツの拡散効果などについて出題した。後編をお届けする。
前編に続く第5問目……に入る前に、直近で起きた炎上劇をもう1件、振り返っておきたい。
2019年11月26日、厚労省は前日に公開した「人生会議」のポスターにがん患者の家族団体などから批判が寄せられたことを受けて自治体へのポスター発送を取りやめ、制作した動画なども含めてプロモーションが“お蔵入り”になった。
人生会議とは、「もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組み」のこと。医療界ではACP(アドバンス・ケア・プランニング)と呼ばれているが分かりづらいため、愛称を公募。1000件を超えるアイデアの中から選定されたのが人生会議だった。11月30日を「人生会議の日」とし、普及活動を始める矢先の出来事だった。
どこが問題だったのか? 以下、列挙する。
・ポスターで生命の危機が迫った患者役を務めたお笑いタレントの小籔千豊さんの表情が、見ようによっては“変顔”をしているようにも映り、患者家族からの評判が総じてよくなかった。
・人生会議の愛称選定に携わったACP専門家らが、ポスター制作に意見する機会がなく、一般公開と同じタイミングで知らされ、不本意に思っている。
・人生会議がもう間に合わない患者・家族も出入りする病院・病棟は、この絵柄のポスターを掲示する場所としてふさわしいとは言い難かった。
・国会で野党の追及を受けた厚労省の局長が、「吉本興業と4070万円の委託契約だった」と回答。CM動画やPRイベントなども含めた総額だが、ポスターだけで4000万円という勘違いが拡散。官民ファンド「クールジャパン機構」を通じて安倍政権と吉本興業の距離が近いという折からの批判も相まってバッシングの対象になった。
・即撤収になったことで、小籔さんが責任を感じてしまっている。
・小籔さんを不憫(ふびん)に思うファンが、ポスターを批判した患者団体に抗議する事態に発展してしまった。
認知度ゼロの言葉をこれから普及させようとする場合、インパクトが必要なため、お笑いタレントを起用すること自体は有効な策だ。ただし、テーマが人の死に関わる内容であることから、インパクト重視が前面に出過ぎると、配慮に欠ける内容に仕上がる恐れがある。
もっとも、家族が話し合っている風の穏当な絵柄だったら、人生会議の認知度は限りなくゼロに近かったかもしれない。その意味で「失敗ではない」と評する声もあるが、予算を組みながらポスター掲示もイベントも遂行できないのはやはり手痛い。
「このクリエイティブによって、不快に思ったり、傷ついたりする人・層はいないか?」……。生と死が絡むテーマではなくても、広告の制作に当たっては、この観点で多様な属性の人が事前にチェックする機会を用意しておきたい。
ただし事前チェックのタイミングが撮影や印刷を終えてからでは、ゼロからやり直すように進言することは難しい。後戻りが可能な絵コンテ段階でいかに多様な声を聴くことができるかが、炎上リスク低減のカギを握る。
では、クイズに移ろう。
炎上、批判の声はどこまで深刻に受け止める?
A5 正解 サイレントマジョリティーの反応次第
炎上の実態を計量経済学の見地で分析した国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師の山口真一氏によると、「過去1年以内に参加経験がある人は0.5%を切る水準」だという。2万人規模のアンケートを実施し、調査モニターのバイアスを調整して割り出した数字だ。
もっともこのアンケートの設問は、「炎上事件とは、ある人の書き込みをきっかけに多数の人が集まってその人への批判・攻撃が行われる現象」と、ネガティブに説明した上で炎上参加経験を尋ねているため、数字が小さく出ている可能性はある。原因の分析や対応の善しあしを論評するタイプの人は、自分は炎上加担者だという回答はしないだろう。
それでも炎上現象に言及する人のほうがネットユーザー全体から見れば少数派であることは間違いない。ならば気にする必要はないのか?
批判を深刻に受け止めるべきか否かは、ケースによる。判断材料になるのが、発言しない多数派である“サイレントマジョリティー”の見方だ。発言はしなくても炎上参加者と同様に批判的にとらえているのか? それとも問題ないと思っている、あるいは興味もないのか?
YouTube動画に対する評価であれば、「高く評価」と「低く評価」の両ボタンが押された件数のバランスから、サイレントマジョリティーに好感されているかどうかをある程度判断できる。高く評価と低く評価の合計件数を分母に、高く評価の件数を分子に取って、高く評価のパーセンテージを出してみる。これが80%を超えていれば、ひとまずはセーフだ。もちろん、批判の声が広まって低く評価が増える場合もあるので、注視しておく必要はある。
ちなみに、壇蜜さんが17年夏に出演した仙台・宮城の観光PR動画は、度が過ぎたお色気路線が不評を買ったが、この動画の高く評価率も60%台と低く、最終的に取り下げられた。また、2015年3月に炎上したルミネの動画は、低く評価の件数だけが一方的に激増する状況だったため、まず評価ボタンの件数が非公開になり、動画もあえなく取り下げになった。
男性なら小バカにした広告も問題にならない?
A6 正解 女性蔑視広告と比較すれば炎上は起きにくいが、炎上した例はある
汗をかいて電車に乗り込んできた松岡修造さんに、菜々緒さんが厳しい目を向けるシーンがP&Gの消臭剤「ファブリーズ」のCMで以前あった。これが男女逆で、汗をかいているのが女性だったら炎上リスクは高いだろう。JXTGエネルギーが提供する家庭向け電力小売事業「ENEOSでんき」のCMでは、妻役の小池栄子さんから「安い電気に変えるか、稼ぎのいい夫に変えるか」という発言があるが、炎上することはなかった。
比較すれば確かに、男性蔑視・差別的な広告のほうが炎上は起きにくい。だが男性を小バカにして炎上したケースは存在する。
2005年4月、資生堂が育毛剤「アデノゲン」の宣伝目的でWebサイトに掲載した、「薄毛はあなたひとりの問題ではありません。子孫も迷惑です」「薄毛の人は部長止まり?」というフレーズは、顧客層を怒らせた。同社は企画ページを取り下げておわびしている。
2009年5月には、サイバーエージェントが公開した携帯電話向けSNS「男の子牧場」が批判の的になった。女性向け婚活支援サービスと銘打っていたが、「イケメン←→ブサメン」「金持ち←→貧乏」など仮想の牧場を四象限に分割し、家畜に見立てた知人男性をマッピングして楽しむ仕様だった。これが20~30代男性の反感を買い、「女の子牧場」などパロディーサイトも作られたため、サービス開始から数日で閉鎖された。
性別を問わず、けなしたり罵ったりして笑いに変える手法はきょうびあまり流行らないと考えたほうがいいだろう。
萌えキャラ起用をどう考える?
A7 正解 TPOをよく考えて判断を
・三重県志摩市の海女をモチーフにした萌えキャラ「碧志摩(あおしま)メグ」
・岐阜県美濃加茂市の観光協会とアニメ「のうりん!」のコラボポスター
・日本赤十字社×漫画「宇崎ちゃんは遊びたい!」献血キャンペーン
近年、自治体や公共団体が若者にアピールしようと、アニメのキャラクターを起用したり萌え系キャラクターを制作したりするたびに、批判の声が上がり、一方でその批判に対する反発も同時発生して平行線をたどる事態が続いている。
萌えキャラ起用に対する批判は、「妙になまめかしい」「過度に性的なキャラクターの起用は公共機関にふさわしくない」といった内容。これに対する反発は、「若者世代に人気のコミックのキャラクターを起用しているだけ」「特に露出もないのにどこがいやらしいのか」といった内容で、噛み合いそうにない。前者は性の商品化を嫌悪するフェミニストらが中心。後者はアニメやゲームの表現規制に反発して表現の自由を守る戦いに参戦している層だ。単純に女性なら前者に属するわけではなく、アニメやコスプレ好きで後者の主張をする女性はたくさんいるからややこしい。
基本的には、個別ケースごとに双方の不満が出にくい、穏当な落としどころを探っていくしかない。ただ注意しておきたい点が2つある。
1つ目は、外国人の目にどう映るか。献血ポスターの是非が問われたのは、妻が東京出身で年に数回日本を訪れる日本通の外国人が違和感をツイートしたことがきっかけだった。特に2020年は萌え文化を共有していない外国人観光客が東京オリンピック観戦に多数訪れる。国内の暗黙のアウト・セーフの線引きはますます通用しづらくなるだろう。
2つ目は、環境型セクハラの基準は中長期的により厳しくなる方向で推移していること。今は居酒屋に行っても、かつて貼られていたビールメーカー各社の水着キャンペーンガールのポスターはどこにもない。キリンビールは2003年、サントリーは2004年に選出を終了し、アサヒビールとサッポロビールは2005年以降、水着を封印している(サッポロは18年度で選出を終了)。後の有名タレントを輩出する登竜門にもなっていたが、女性のビール愛飲者、居酒屋利用が増えたことを背景に撤退に踏み切った。水着素材を作っている繊維メーカーも、2000年代前半に水着キャンペーンガールの選出を終了している。こうした時代の変化は認識しておいたほうがいいだろう。
(2)不快な思いをさせたとすれば遺憾
(3)結果としてご心配ご迷惑をおかけしましたことを…
(4)ご批判は甘んじて受け止めます
おわび文の禁句・禁フレーズは?
A8 正解 (1)(2)(3)(4)すべて避けたほうがよい
1. 「誤解を招いた」
・「誤解」は、伝え方が下手だったために誤った受け止められ方をした場合に使う言葉
・使う場合は、「誤解を招いた。正しくは○○である」と言い直す必要がある
2.「不快な思いをさせたとすれば遺憾だ」
・仮定形を用いることで、「こんなことで不快に思う人はいないと思うが…」という風に聞こえてしまう
3.「結果としてご心配ご迷惑をおかけしましたことを……」
・よかれと思って実行したことが裏目に出てしまった場合などに使う言葉
・ただの暴言や失言のおわびで使うと、やむを得ない暴言だったと思っているかのように解釈される恐れがある
4.「ご批判は甘んじて受け止める」
・「ありのまま認める」の意味もあるが、「甘受」は「十分とはいえない境遇を受け入れる」という”不本意”な意味合いで受け止められる恐れがある
・問題なく使われてきた言葉だが、日本大学アメフト部が謝罪会見でこのフレーズを使って批判された。「真摯に受け止める」と言い換えたほうが無難
炎上のダメージはいかほどか?
A9 正解 本業の質・安全性や、企業の信用に疑義を持たれる炎上でない限り、業績への影響は限定的
例えば食の安全が脅かされたり、サービス内容がよく理解できない老人をだまして不要な契約を結ばせるいった詐欺的な行為で致命的に信用を失ったりしない限り、公式SNSのちょっとした失言や、配慮に欠けていたCMが引き起こす「炎上」で業績が悪化するほどのダメージはない。
炎上発生時に一部ユーザーがしばしばハッシュタグ付きで呼びかける「#不買運動」もめったに継続しない。キリンビバレッジが18年のゴールデンウイーク期に投稿した「#午後ティー女子」が炎上した際、不買宣言するユーザーが散見されたが、同社はその「午後の紅茶」が市場をけん引し、18年、19年と連続で過去最高の飲料販売実績を更新する勢いだ。
万一、炎上してもそこで閉じこもらず、反省を踏まえて「次」のチャレンジに挑むことが大切だ。それは結果的に過去の“焼け跡”にまつわる情報を検索結果の上位から下位に落とすことにもつながる。