ウィーンで2019年11月に開催された第11回「グローバル・ドラッカーフォーラム」。イノベーションマネジメントを推進する一般社団法人Japan Innovation Networkの代表として筆者は参加した。毎年恒例のイベントで今回のテーマは「エコシステム(生態系)の力」。なぜエコシステムなのか。
毎年テーマを掲げ、世界の経営の方向を見据える場になっている。18年のテーマは「経営における人間の次元(の回復)」だが、19年は経営や事業における「エコシステムの力(The Power of Ecosystem)」だった。これが出てきた背景には、従来の製造業のように、自社のバリューチェーンや閉じられたビジネスモデルだけでは企業の持続性が不可能になっている、という認識がある。エコシステムというキーワード自体は新しくはないが、グローバルな経営における思考のパラダイムシフトを、より強調した格好だ。
スイスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development)のビル・フィッシャー教授は、エコシステムのことを「目に見えないもの」(いわば隠れている現実)とした。だがエコシステムで生きる術(すべ)を身につけた組織は、そのエコシステムをうまく維持するような行動を取ると示唆している。重要な点は、オープンであって支配するものではないということだ。そこを間違えると企業の価値が破壊される可能性があると言う。
エコシステムは多様な次元を持つ。事業レベルから地域、国家レベル、またエコシステムのつながりによる、より大きなエコシステムもあり得る。基本的な要素は、プラットホームとその提供者、価値の提供者、享受者、ユーザーなどである。プラットホームと、結果的に生まれるエコシステムは必ずしも同一のものではない場合もある。
エコシステムを自ら作り出すか、他社に組み込まれるか
熱心に議論されたことは、エコシステムを「自ら作り出すか、あるいは自社が他社のエコシステムに組み込まれるか」だった。これを構想することは、グローバルな企業経営では不可避の課題といえる。登壇したフューチャリストのエイミー・ウェッブ氏は「もしあなたが自社の未来について考えなければ、あるとき誰かの作ったエコシステムに取り込まれているでしょう」と言う。ハイアールの張瑞敏(チャン・ルエミン)CEO(最高経営責任者)は「組織にとっての最大のリスクは、製品(モノ)に集中すること。モノよりも顧客経験(カスタマー・ジャーニー)を提供し、それの価値を高めるためのエコシステムを構想しなければ、世界から取り残される」と話していた。
GAFAなどにとっても、エコシステムの維持は大きな課題だ。今回登壇したグーグルのインターネット・エバンジェリスト、ヴィント・サーフ氏は「エコシステムで最も重要なことは、その安定性、相互運用性、および変化適応力だ」と言う。同社を支えるのはまさにエコシステムであり、分散化によって独占を回避したいという意図があるようだ。現在の米大統領選での民主党候補のエリザベス・ウォーレン氏は、GAFAに対しては単なる規制を超えた根本的構造改革が必要と主張している。GAFAはエコシステムが存在基盤でありつつ、逆に崩壊の火種にもなっている。
社会に根付くエコシステム
エコシステムは企業だけのことではなく、社会に結び付いていることにも大きく目を向けるべきだろう。登壇したオランダの自律的な看護師エコシステム「ビュートゾルフ」の創立者、ジョス・デ・ブローク氏は患者中心の社会生態学的なアプローチを紹介。17年までシンガポール大統領を務めたトニー・タン氏は、社会と経済の橋渡しをするエコシステムの重要性を語った。
筆者の登壇したパネルでは、エコシステムでイノベーション経営を実践する上での課題を議論した。ステークホルダーによって異なる時間尺度や経済価値をどのように1つにまとめるかが問題になるため、ステークホルダーの意識を同じ方向に向けるための「目的」を明確にしたマネジメントが鍵となる。
エコシステムは欧米の概念のようなイメージがあるが、実は80年代の日本的経営の系列などの研究から「仮想的企業」のような概念も生まれており、今後は日本が新たな視点や知恵を提供しうる領域になるかもしれない。しかし現在の日本企業は、かつての強みを忘れ、社会的課題についても依然として取り組みが遅れている感を今回のイベントで持った。