東急やJR東日本が静岡県の伊豆エリアで手がける観光MaaS「Izuko(イズコ)」は、2019年4月から6月まで行った実証実験に続き、システムを大きく作り替えた第2弾を12月1日よりスタート。Izukoは観光客にとって魅力的なサービスなのか。メディア向け体験会で、新生Izukoの実力を試した。

アプリからWebベースのサービスに生まれ変わった「Izuko(イズコ)」
アプリからWebベースのサービスに生まれ変わった「Izuko(イズコ)」

 Izukoは、伊豆エリアの観光客が交通手段や観光スポットのチケットをスマートフォン上で購入できるサービス。現在、Izuko上で買えるチケットは大きく分けて3種類。電車やバスが乗り降り自由になる周遊券タイプの「交通チケット」、エリア周辺の観光施設の入場券や飲食・体験券などが買える「観光チケット」、そして下田エリアの乗り合い交通を利用するための「下田AIオンデマンドパス」だ。この他、レンタサイクルやレンタカーの予約もできるが、こちらは今のところ外部サイトとの連携にとどまっている。

 前回の実証実験との大きな違いは、専用アプリではなくWebブラウザベースのシステムになったこと。Webに移行した理由について、東急の都市交通戦略企画グループの森田創課長は、QRコードから誘導ができること、ダウンロードの手間が省けること、コンテンツを更新しやすいことの3つを挙げた。観光MaaSの利用者は、当然ながらほとんどが観光客。確かに年に数日間の旅行のためにアプリを入れるよりは、必要なときだけWebブラウザで使える方がスマートかもしれない。

 また利用できる鉄道やバス、観光施設なども大幅に拡充。例えば交通チケットは2種類から6種類に、観光チケットは7種類から14種類に増えた(関連記事「脱MaaSアプリ 東急とJR東の新生Izukoが12月スタート

)。

 今回の実証実験期間は、熱海の梅や河津の桜などの見どころが多く、伊豆エリアの観光客シーズンと重なるため、「いきなり本番でやる状態」(ジェイアール東日本企画常務取締役営業本部長の高橋敦司氏)という。新生Izukoは、そんな観光客が便利に使えるサービスになっているだろうか。早速試してみることにした。

画面を見せるだけで乗り放題

改札口でIzukoのチケットを表示したスマホ画面を見せれば入場できる
改札口でIzukoのチケットを表示したスマホ画面を見せれば入場できる

 熱海でのメディア向け説明会後、最もメニューが豊富な下田エリアに向かった。熱海から電車で約1時間30分程度だ。まずはIzukoのサイトにアクセスし、電車に乗るための交通チケットを購入する。現状、Izukoのチケットは事前購入ができず、利用当日に買う必要がある。これはシステム上の制約ではなく、払い戻しなど運用上の都合だという。旅先であわてないように、事前にIzuko上でユーザー登録やクレジットカードの設定などをすませておくのがおすすめだ。

 特定エリアの電車、バスが乗り放題となる交通チケットは、エリア別に用意されている。熱海から下田までの東伊豆をカバーする「Izukoイースト」、三島・修善寺エリアが加わる「Izukoワイド」、熱海から伊豆高原までの日帰り旅行に向く「Izukoプチ」など6種類があり、自分が旅行するエリアに合わせて選べる。

 東伊豆の旅に最適なIzukoイーストの価格は3700円。熱海駅から伊豆急下田駅までの乗車券が片道2000円弱なので、往復するだけで元が取れてしまう。Izukoイーストは2日間有効のため、日帰りだけではなく1泊旅行でも使える。なお、特急券を別途購入すれば、スーパービュー踊り子号などの特急列車にも乗れる。

 購入が完了するとサイト上にチケットが表示される。改札を通るときは、その画面を駅員さんに見せるだけで入場できる。あらかじめスマホのWebブラウザでチケットを表示しておくことさえ忘れなければ、いたってスムーズだ。

 伊豆急下田駅に到着後、早速AIオンデマンド交通に乗車してみることにした。これは下田市内27カ所に設置された乗降場所に、指定時間に呼び出せる乗り合いバス。ユーザーの乗降場所からAIが自動的に最適な走行ルートを計算する仕組みだ。ちょうどタクシーとバスの中間のような感覚のサービスといえる。

AIオンデマンド交通は伊豆急下田駅前からも乗車可能
AIオンデマンド交通は伊豆急下田駅前からも乗車可能

 価格は1日乗り放題400円で、Izuko上で購入できる。下田市のタクシー初乗り料金は700円前後だから、かなり魅力的な価格といえる。チケットを買ったらIzuko上で配車予約する。乗車地、降車地、出発日時と人数を入力して予約ボタンを押すと配車が完了し、あとは到着予定時刻に乗車場所に行けばいい。

 今回の体験会では3回利用したが、いずれも手配してから数分以内に到着し、とてもスムーズに利用できた。ドライバーに聞いたところ、場合によっては先に他のユーザーをピックアップするために待ち時間が少し延びるケースもあるそうだが、これまでのところ、ほぼ10分以内に到着しているとのこと。好きなときにスマホで呼び出せて、乗り放題だから、移動のたびに毎回タクシーを探すよりも確実で安い。主な観光スポットはカバーされており、駅から離れたスポットにも気軽に行くことができて便利だった。

 さて、次は寝姿山ロープウエーに乗ろうとIzukoを開くと、なんとチケットが買えない。ロープウエー自体は16時15分まで乗れるのだが、購入可能時間は15時までだったのだ。購入画面に記載されていなかったため、うっかり買い逃してしまった。チケット自体はロープウエー乗り場でも購入できるが、Izukoならワンドリンクチケットが付くので少々残念。他の場所でも施設の終了時間よりも1~2時間早めに販売終了してしまうものが多かったので、その点は注意が必要だ。

 しばし寝姿山からのぞむ風景を楽しみ、下田の観光は終了。Izukoの交通チケットを使って熱海まで戻り、そこから新幹線で帰京した。Izukoイーストは2日間有効だから、本来は1泊すればもっと多くの場所を楽しめる。今回訪れた下田の他、伊東の小室山観光リフトや伊豆シャボテン動物公園なども乗り放題の範囲なので、2日間あっても回りきれないほどだろう。

使ってみて見えたIzukoの3つの魅力

この画面を見せるだけでエリア内の電車やバスに乗れる
この画面を見せるだけでエリア内の電車やバスに乗れる

 観光客目線で見た場合のIzukoの魅力は3つある。1つ目は割安な価格だ。前述の通り、例えばIzukoイーストは熱海駅と伊豆急下田駅を往復するだけで元が取れる設定で、この区間の電車に加え、伊東、伊豆高原、伊豆急下田の観光地へ向かうバスも乗り放題となる。伊豆高原のシャボテン公園で遊んで河津桜を見てから下田へ、といったコースなら個別にチケットを買うよりかなり得できる。

 2つ目の魅力は、使い勝手の良さ。電車やバスはスマホ画面を見せるだけで乗れる。特に便利なのが、複数人のチケットを1つのIzukoアカウントで購入できることで、最大10人分(大人5人、子供5人)まで可能。1人がスマホを見せるだけで同行者全員が乗れるので、家族旅行などでは重宝するだろう。観光施設のチケットも、電車の移動中にIzuko上で購入しておけば、窓口に並んで財布を取り出す必要はない。

AIオンデマンド交通の配車画面
AIオンデマンド交通の配車画面

 そして3つ目の魅力は、下田エリア限定となるが、AIオンデマンド交通だ。下田の観光スポットは駅から離れたところに点在しており、歩いて巡るのは少々大変。そんなとき、1日乗り放題のAIオンデマンド交通は心強い味方となる。今回、対象エリアが拡大され、遊覧船乗り場や道の駅、そして少し離れた場所にある下田東急ホテルなど、観光客がよく利用するスポットがカバーされた。

 実は、JR東日本では東京や横浜からの鉄道運賃も含んだ周遊券を販売している。このため出発地から熱海までの運賃を考えると、Izukoが最安とはならないケースも出てくる。だがスマホを見せるだけでグループ全員が乗れるスムーズさや、AIオンデマンド交通の便利さを考えると、Izukoも有力な選択肢になる。

 伊豆、下田は、筆者もマイカーで何度か訪れたことがある。休日ともなると行き帰りの道路が渋滞し、移動だけで疲れ果ててしまうことがよくあった。それに比べれば、Izukoでの電車やバスを使った観光はずいぶんラクだった。

スマホが使えなくなると「お手上げ」

Izukoで画面の読み込み不能になった状態。チケットを表示できないと、当然ながら機能しない
Izukoで画面の読み込み不能になった状態。チケットを表示できないと、当然ながら機能しない

 Izukoを実際に使ってみて、スマホを使うがゆえの課題も感じた。電車やバス、AIオンデマンド交通に乗るときはスマホ画面にチケットを表示して見せる必要があるため、何らかの理由でそれができないとお手上げ状態になることだ。例えば、Izukoにログインできなくなった、スマホの充電が切れた、通信制限がかかって読み込めなくなったなどだ。

 特に今回の新生IzukoはWebブラウザー経由で利用するため、表示するときに毎回サイトにアクセスして読み込む必要がある。ネットにつながらないと電車もバスも乗れないという点には若干の不安を感じた。実際、今回のメディア体験会では、一時システムがダウンしてチケットが表示できなくなるトラブルがあった。これから観光客が増えるシーズンを迎える上で、不安要素の一つだろう。何らかの形でチケットをスマホ内にダウンロードしておければ、もう少し安心できると思う。

 ちなみに複数人で旅行するなら、自分のスマホが使えなくても別の人のスマホでIzukoのアカウントにログインする手がある。ログインパスワードはメールで送られてくるので、自分宛のメールが見られれば対応可能だ(Googleアカウントでのログインもできる)。また、Izukoではコールセンターが用意されており、その番号はIzukoサイトの「よくあるご質問」内に記載されている。不測の事態に備えて、あらかじめ控えておくのがよいだろう。

 ともあれ、全体として新生Izukoは、観光客目線で「積極的に使いたい」と思うサービスには仕上がっていた。それを裏付けるように、サービス開始から10日たった12月10日時点でのチケット購入数は約300件。前回の実験では3カ月間で1045件だったことを考えると、好調な滑り出しといえるだろう。事前購入ができない、チケット販売時間が分かりにくいなど、細かく見ると粗削りだが、それは実証実験を通じて改善していけばいい。

テレビリモコンを使った配車の様子
テレビリモコンを使った配車の様子

 観光MaaSが成功するためには、観光客だけでなく、地元の人々もその意義を理解し、積極的に受け入れる意識を持つことが重要だ。そこでIzukoは、地元住民向けの取り組みも強化している。それがテレビを使ったAIオンデマンド交通の配車だ。観光客が少ない平日は、地元の方々の足として使ってほしい。だが下田エリアの、特に年配の方のスマホ利用率は低い。そこで自宅のテレビにセットトップボックスを取りつけ、リモコンを使って配車できる仕組みをテストしている。AIオンデマンド交通は新たに静岡県総合庁舎や市役所、下田メディカルセンターなどにも対応エリアを広げており、地元の方々の利便性向上を図っている。

 Izukoを利用するユーザーが増えれば、利用できるエリアや連携する店舗も拡大し、ますます魅力的なサービスになるという好循環が生まれる。新生Izukoは、その第1歩をしっかりと踏み出したように見える。3月の実証実験期間終了後に、観光インフラとして根付くことができるのか。観光MaaSの先駆者の挑戦に注目したい。

(写真/出雲井 亨)

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