電通が100%子会社を通じて、業界初のモビリティサービスの提供に乗り出した。愛車の一時交換アプリ「CAROSET(カローゼット)」だ。「所有から利用へ」というMaaSに代表されるモビリティ変革の荒波の中で、あえてマイカーオーナー向けのサービスを始めた勝算とは?
電通子会社のカローゼット(東京・港)が2019年12月10日に展開を始めたアプリ「カローゼット」は、会員同士でマイカーの貸し借りができるプラットフォーム。会員をクルマのオーナーに限定していること、自分のクルマを貸し出した日数分だけ他の会員のクルマを借りられる仕組みで、オーナー間の利用料の支払いは発生しないことがユニークな点であり、業界初のサービスだ(2020年6月以降はアプリの月額基本料・税別780円を徴収予定)。クルマの貸し出し実績がない場合でも「前借り制度」を設けており、30日以内に前借りした日数分、他者にマイカーを貸し出すか、前借り1日につき4980円(税別)を支払うことで借りられるようになる。
カローゼット会員のメリットとして、まず挙げられるのは、マイカー保有者に限ったサービスのため、運転に不慣れなユーザーに愛車を貸し出す不安が軽減されること。他者にクルマを貸し出しているときは相手のクルマが手元にあるので、貸し出し中にいざクルマが必要になった際も困ることはない。また、任意の自動車保険(車両保険付帯)への加入を入会条件にしているため、万が一の事故発生時は「他車運転特約」によって借り手側の保険を使って事故の補償が行われる。
具体的な利用シーンとしては、大人数で出かけるときだけ他の会員のミニバンを借りたり、爽快なドライブを楽しみたいときにオープンカーを借りたりといったことが想定される。他にもキャンプやスキーへ行く際にSUVを、荷物運搬が必要なときに軽トラックを借りるなど、多様なシーンがあり得るだろう。
電通の調査によると、マイカー保有者のうち実に41.4%が「自分のクルマでは十分に目的に足りず、困った経験がある」と回答している。そのうち半数が「その目的を諦めた」というから、潜在ニーズはありそうだ。カローゼットは、こうしたマイカー保有者の不満を解消し、クルマを所有することの価値を高める狙いがある。
その点で、既存のシェアリングサービスとは一線を画す存在といえる。タイムズ24が展開する「タイムズカーシェア」や三井不動産リアルティの「カレコ・カーシェアリングクラブ」といったカーシェアリング、ディー・エヌ・エーの「Anyca(エニカ)」に代表される個人間カーシェアリングは、いずれも所有から利用への流れを受けたものだ。「地方都市部を中心に、今後もクルマを手放せない人は相当数存在し続けるだろう。現在のシェアリングサービスはマイカー保有者の利便性向上に焦点が当たっておらず、そこにチャンスがある」(カローゼット社長の内藤丈裕氏)という。
もう1つ、カローゼットの特筆すべき仕組みとしては、「プロオーナー制度」の存在がある。これは自動車ディーラーなどを対象としたもので、試乗車などをカローゼットの会員に貸し出せる。会員にとっては一時交換できるクルマが増えると同時に、プロが点検済みの車両なのでより安心して使える。さらにクルマを借りている間、自分の愛車が使われることがないのもメリットだ。
一方、ディーラーにとっては、“遊休資産”の試乗車を活用して新規の見込み顧客が来店する仕組みになり得る。カローゼットの会員はマイカー保有者なので、非保有者にアプローチするよりも効率的だろう。そうした思惑から、ボルボ・カー・ジャパン(直営店が対象)や本田技研工業のHonda Cars 東京西、東京や神奈川でBMW、プジョー、JEEPの販売店を運営するサンオータスなどが、すでにカローゼットへの参加を決めている。
あらゆる個人資産の共利用プラットフォームに
このように、確かにマイカー保有者がカローゼット会員となって受ける恩恵はある。だが、マイカー保有者が抱える問題は自分の愛車の使い勝手だけではないはずだ。昨今「マイカー離れ」が叫ばれる背景には、駐車場代や車検といった高額なクルマの保有コストの問題もある。駐車場代が月3万円以上かかることも多い都心部などではなおさらだ。この点で、個人間カーシェアは他者にマイカーを貸し出して対価を得ることで、保有コストの負担感を和らげるアプローチを取り、普及し始めているわけだが、カローゼットにそれは期待できない。他の会員のクルマを無償で借りられるメリットはあるものの、都市部なら非マイカー保有者の借り手は潤沢にいるから、個人間カーシェアを優先する人も多いだろう。もしかしたら、カローゼットと個人間カーシェアを併用するのがベストなのかもしれない。
一方で、地方や都市郊外においては、すでに多くの人がマイカーを保有している。そうした人が、あえて個人間カーシェアを使う理由は考えにくいから、借り手の総数が少なく、マッチングも成立しにくいだろう。ならば、マイカー保有者同士で貸し借りできたほうがいいと考えるのは自然だ。その意味で、カローゼットは都市部より地方や都市郊外に向いたサービスに見える。
また、プラットフォーマーとしてのカローゼットの収益源は、現状主に2つある。1つは20年6月以降に会員から徴収する予定のアプリの月額基本料金780円(税別)。そして2つ目は、会員が一時交換の前借り制度を利用した際、30日以内に他の会員への貸し出しができなかった場合に支払われる1日当たり4980円(税別)の前借り料金だ。後者については、ミニバンや高級車を借りられるならば、レンタカーやカーシェアを使うより格安のため、実は相応の需要がありそうだ。
そしてカローゼットが将来的な収益源として見込んでいるのが、プラットフォームの横展開。個人所有の資産はクルマに限らず、不動産から家電、ファッション、スポーツ用品など多岐にわたる。これらを近隣住民の間で互いに無償で貸し借りできる世界を目指す。「例えば、タワーマンションの住民が所有する書籍を登録して、住民間で貸し借りできる仮想の“本棚”をつくることも可能。ワーキングママ同士が子供のケアを融通し合うなど、労働力も交換できるようになるだろう」と内藤氏は話す。
こうした取り組みを進めるため、カローゼットは異業種の“仲間づくり”を重視している。すでに参画を決めたのは、親和性の高いまちづくりに関わる大和ハウス工業グループや三菱地所グループ、パナソニックを中心としたFujisawaサスティナブル・スマートタウンの3者。そして新たなリスクマネジメント、ソリューション開発のパートナーとして、東京海上日動火災保険が加わっている。このうち、大和ハウスは大規模な地域開発を進めている千葉県の「プレミスト船橋塚田」で、三菱地所は仙台市郊外の泉パークタウンでカローゼットによる愛車の一時交換サービスの概念実証を行う計画。いずれも今後、クルマ以外の分野でのビジネスモデルやサービスの検討を進めていくという。相互扶助で成り立ってきた日本的なコミュニティーを取り戻すプラットフォームにカローゼットが成長できるか、注目だ。