2019年12月5日から24日まで、東京・日本橋の商業施設に“客が入れない店”が期間限定でオープン。客は自宅などに居ながらにして、インターネット経由でANAホールディングスが開発した「アバター」を操作し、日本橋三越本店の店員の接客を通じて商品を選ぶ。アバターはリアル店舗の救世主になるか。
ANAホールディングスと三越伊勢丹は2019年12月5日から、東京・日本橋の商業施設「コレド室町3」の3階にポップアップストア「avatar-in store」を開設した。広さ約35平方メートルの売り場には約30種類のギフト商品が並び、店員もいるが、ガラス張りの店舗には入り口がなく客は入ることができない。客の代わりに店内を動き回っているのは、4つの車輪で自走するロボット。上部にある10.1型のディスプレーには、遠隔操作するユーザーの顔が映し出され、店員はこのロボットに対して語り掛け、商品説明などを行っている。このロボットを開発したのは大手エアラインのANAホールディングス。分身を意味する「アバター」と位置付け、普及型コミュニケーションアバター「newme(ニューミー)」と名付けた。ANAホールディングスグループ経営戦略室アバター準備室ディレクターの深堀昂氏は「アバターは次世代のモビリティーであり、人間拡張でもある」と話す。
avatar-in storeでは、消費者は店舗へ出向くことなく、自宅のパソコンからアバターにアクセス。アバターを遠隔操作し、カメラやマイクを通して店員からの説明を聞き、商品を選ぶことができる。選んだ商品はネット上で購入し、自宅などに配送される仕組み。リアルな購買体験とネットショッピングが融合した「瞬間移動ショッピング」(深堀氏)だ。
この取り組みに真っ先に手を挙げたのが、百貨店の三越伊勢丹だった。ネット通販の普及で、リアル店舗を取り巻く状況は厳しさを増している。なかでも百貨店は顧客の高齢化も相まって特に環境が厳しく、地方や郊外を中心に店舗閉鎖が相次いでいる。三越伊勢丹では、19年9月末に伊勢丹相模原店(相模原市)と伊勢丹府中店(東京都府中市)を閉め、20年3月には新潟三越(新潟市)も閉店する予定だ。
一方、ネット通販事業の拡大を進めてはいるものの、取り扱いの中心である高付加価値商品の魅力を消費者に伝えるには、ウェブサイトだけでは限界がある。しかしアバターを介したショッピングなら、ユーザーと店員が会話をするなかで、お薦めの商品を提案したり、商品の魅力を伝えたりすることが可能だ。
三越伊勢丹の執行役員で日本橋三越本店長を務める牧野伸喜氏によると、19年2月に日本橋三越本店で開催した画家・千住博氏の美術展において、アバターを介して静岡市の静岡伊勢丹とつなぎ、作品を紹介するデモンストレーションを実施。百貨店ビジネスが近年、顧客層の広がりに欠くなか、「日本だけでなく世界中の潜在顧客に対して、百貨店の根幹である高い接客力を通じて価値を提案できると感じた」(牧野氏)という。
今回オープンしたavatar-in storeで取り扱うのは、東京・京都・奈良・九州の国立博物館とコラボした食品ギフト。化粧箱に各博物館の収蔵品があしらわれており、その由来などの説明が商品選びに重要であることから選ばれた。価格帯は税込み1080~5400円。ユーザーはavatar-inのサイトから30分単位の枠を事前に予約し、接客を受ける。
今回は期間限定のトライアルという位置付けで、実際にどのような価格帯のものが売れるか、接客時間がどの程度かかるかなどを検証。その上で、20年春以降、実際に百貨店の売り場にアバターを配置し、本格的なサービス開始を目指す。地方店の閉鎖が相次ぐなか、近隣に百貨店がない消費者の受け皿となる他、高齢で店舗へ足を運ぶことが難しくなった顧客への外商機能としての利用も期待される。
全国に1000体のアバターを“ばらまく”
ANAが開発するアバターに注目するのは三越伊勢丹だけではない。今回の取り組みは、日本橋エリアの再開発を推進する三井不動産と進める、アバターの都市実装共同事業の一環。avatar-in storeに置かれるアバターのニューミーは5体(稼働するのは常時1体)にとどまるが、20年度中には日本橋エリアに100体の投入を目指している。ANAのパートナーとしては、森ビル、三菱地所、阪急阪神不動産、東急、うめきた2期開発事業者といった有力デベロッパーが参画。20年夏までに1000体の普及という壮大な目標を掲げる。
ニューミーには手も足もなく、アバターとしてはやや簡素な印象も受けるが、「高性能なだけでは世界は変えられない。実験室を飛び出し、各家庭にまでばらまけるものであることが重要」(ANAの深堀氏)。ニューミーの次の段階として、荷物を持ち上げて2足歩行で運ぶことができる屋外アバターや、ロボットアームを介して共同作業ができるウエアラブルアバター、触覚を伝えられるロボットハンドなども開発中。18年から4年間にわたり、最先端技術の開発コンテストを主催する米XPRIZE財団と組んで「ANA AVATAR XPRIZE」という国際的な賞金レースを実施中で、その賞金総額は1000万ドル(約11億円)に及ぶ。リアルな移動を事業の柱に据えるエアラインのANAが、一見競合するバーチャルな移動手段の構築に力を入れるのは奇妙にも思える。
深堀氏は「エアラインを利用する人は世界人口の約6%にすぎない。それ以外の人に移動手段を提供するためにはどうすればいいかを考えた結果、身体ではなく意識だけを瞬間移動させればいいことに気づいた」という。移動する時間やコストがない人や、体が不自由な人、移動するインフラがない離島やへき地に住む人などにも市場を広げられ、競合はしないとの見立てだ。
興味深いのは、バーチャルな移動とはいえリアルな体験を主軸に置いている点だ。例えば「CEATEC2019」で展示されていた「釣りアバター」では、大分県の海上釣り堀にロボットを設置。バーチャルなフィッシングゲームではなく、本物の魚を釣り上げる。すべてをバーチャルに置き換えるのではない点が、IT発祥ではないANAらしさと言えるだろう。
三越伊勢丹に限らず、ネット全盛の昨今、リアルで磨いてきた強みが生かせなくなりつつある業態は数多い。アバターというバーチャルな技術を組み合わせることによって、その魅力を再び輝かせられるかもしれない。