“デジタルイノベーション”の創出を掲げるテクノロジー企業のZEPPELIN(ツェッペリン、東京・渋谷)が、電通デジタル、KDDIと組んで、新たな広告市場の開拓に挑む。2020年初め、都内の商業施設でAR(拡張現実)による巨大広告を映し出すトライアルを開始。20年春以降に、競技場でのスポーツやエンターテインメント分野にも展開する計画だ。

 ZEPPELINは、AR(拡張現実)とAI(人工知能)を活用した3次元マーケティング・プラットフォーム「ARaddin(アラジン)」を新規に開発した。地図情報や衛星写真、画像情報などに基づいてビルや建物内を表す3次元マップを作成し、そのマップ上に人物やキャラクター、商品などをARで表現できる。

 このプラットフォームの機能を新たな広告サービスに適用する。消費者はスマートフォンに専用アプリをダウンロードし、スマホのカメラをビルなどの建造物にかざすことにより、人物やキャラクター、商品などが建造物の外壁から立体的に、3次元で、画面に広告として表示される仕組みである。

ARaddinを利用したサービスイメージ(画像提供:ZEPPELIN)
ARaddinを利用したサービスイメージ(画像提供:ZEPPELIN)

 第1弾として、2020年初めに都内の商業施設において、ARによる巨大広告を映し出すトライアルを実施する。さらに来春へ向けて、プロ野球の試合中に人物や商品イメージをARで体感してもらうイベントの開催も計画している。

 今回の3次元広告事業は、電通デジタル、KDDIとの協業で展開する。電通デジタルが広告主を開拓し、KDDIが技術面で協力する。このほか、「不動産や航空機などの有形資産を保有する企業とも提携を進めており、今後、協業先を増やしていく」(ZEPPELIN代表取締役社長の鳥越康平氏)。

ARaddinをファッションの広告に応用したサービスイメージ(画像提供:ZEPPELIN)
ARaddinをファッションの広告に応用したサービスイメージ(画像提供:ZEPPELIN)
ARaddinをクルマの広告に応用したサービスイメージ(画像提供:ZEPPELIN)
ARaddinをクルマの広告に応用したサービスイメージ(画像提供:ZEPPELIN)

米SturfeeのVPSを採用し、よりリアルに

 ARaddinの開発に際して採用したAR技術は独自に開発したものだ。「最近では、オープンソースとしてARやAIのライブラリーが公開されており、開発しやすい環境が整ってきている」(鳥越氏)という。

 3次元の位置情報に関しては、KDDIが戦略的パートナーシップを締結した米SturfeeのVPS (Visual Positioning Service)を採用した。VPSは、従来のGPS (Global Positioning System、全地球測位システム)の発展系と位置付けられ、衛星写真から生成した3Dマップと、スマホに搭載されたカメラ越しの画像とを照合し、向きや方位を含む高精度な位置情報を特定する技術である。ARと組み合わせることにより、位置情報にひも付くデジタル看板やナビゲーションのほか、広告宣伝やエンターテインメント、アート、教育などさまざまな体験を創出することが期待されている。

 ARaddinにVPSを組み込むことで次のような効果を生み出せる。「VPSを使えば、ARで街の上空に商品を飛ばした際に、ビルの陰になった部分は商品が隠れるようにすることで、ビルの谷間を商品が飛び交うように見せることができる。このため、なお一層リアルな表現が可能になる」(鳥越氏)というわけだ。

 裏話がある。ZEPPELINは、世界中で3次元の位置情報技術を探した結果、SturfeeのVPSに注目し直接連絡を取って話を進めていたところ、KDDIが日本でのパートナーシップを締結していることを聞きつけた。実は、今回のサービス以前にKDDIのアジャイル開発センター立ち上げの際の組織改革や、スマホ向けアプリのUI/UXの開発でもZEPPELINはKDDIと協業関係にあった。そのため、VPSの採用に関して、話がスムーズに進んだという。

ディープラーニング使いパーソナライズな広告を表示

 今回の新サービスは、掲示する面積が限られる従来のビルの壁面を利用したサイネージ広告と異なり、広告の内容や大きさを自由に変えることができるのが特徴だ。鳥越氏が重視しているのが、顧客の嗜好に合った商品やサービスを表示するパーソナライズなサービスである。「全員に同じ広告を見てもらうのではなく、その人が好みそうな広告を表示することで、エンゲージメントを高めていきたい。そのために、AIを採用し、自社でこれまで培ってきたディープラーニング技術を応用する」と説明する。

 ZEPPELINは、写真や動画を共有して楽しむSNSサービスを、17年から1年半ほど提供。アクティブユーザー数で約3000人がアップした画像について、普段どんな写真を見て、そこに何が写っているかをディープラーニングで解析。同じタイプの写真を見ている人に、好むであろう写真や動画をレコメンド(推薦)する技術を磨いてきた。この技術を、ARaddinを活用したサービスに応用する。「ARの商品広告を見て購買した人たちのデータを分析して、同様の行動パターンの人には、他の類似商品の広告も表示するといったことを計画している。そのためのデータベースを構築していく」(鳥越氏)方針である。

ARaddinのビジネスモデル(ZEPPELINの資料を基にして作成)
ARaddinのビジネスモデル(ZEPPELINの資料を基にして作成)

ARキャラクターを売買するマーケットも視野に

 今回のサービスでは、ARで作成したキャラクターの知的財産権(IP)を売買するマーケットの創設も視野に入れている。イラストをはじめとして企業が保有するキャラクターのほか、個人がAR向けに作成したキャラクターをデータベースに登録しておき、それを売買するマーケットである。IPの価値に応じて、取引価格が変動する仕組みを想定している。

 この取引の仕組みを実現するために採用するのがブロックチェーン技術である。鳥越氏は「ブロックチェーンを使えば、もともとは誰が作成したものかを特定したり、取引履歴を引き継いだりすることができる。ゲーム用のキャラクターならば、2種類のキャラクターを交配して新しいキャラクターが生まれた(作成した)場合、その生い立ちも遺伝子のように引き継いでいくことができる。この仕組みにより、キャラクターの価値を証明できるようにするのが狙い」と、ブロックチェーンを採用する理由を説明する。

 新サービスでは、スポンサーからの広告収入が、ビルのオーナーと代理店、およびZEPPELINに分配される仕組みだが、ビジネスの形態によって代理店が介在するケースのほかに、資産保有会社が自ら保有する不動産に広告を取ってくるケースなど、さまざまな形態が考えられている。

 ARによる3次元広告事業について鳥越氏は、「まずはAR広告を展開した場合の消費者の行動データを蓄積していくことと、協業により成功モデルを作ることに注力する。ARやAIの最新技術を採用しているが、最も重要なことは消費者がワクワクするユーザー体験を作ることができるかどうかだ」と語る。リアルな空間とは異なり、物理的に無限の可能性を秘めた、立体的な3次元広告。同社をはじめ協業する企業の動向に注目したい。

ZEPPELIN代表取締役社長の鳥越康平氏(写真/堀 純一郎)
ZEPPELIN代表取締役社長の鳥越康平氏(写真/堀 純一郎)
1
この記事をいいね!する