発売後10日間で全国的な品薄状態になった『リングフィット アドベンチャー』。その人気の秘密は、フィットネスの楽しさと、テレビゲームの楽しさが見事に融合していることにあった。これはステージを進めていくだけで、どんどん運動をする楽しさにハマっていく究極のフィットネスソフトだったのだ。
2019年10月18日に任天堂が発売したNintendo Switch用ソフト『リングフィット アドベンチャー』がヒットしている。発売から10日を過ぎたあたりから、ネットショップや大手量販店で軒並み品切れになり、全国的な品薄状態が発生している。
ゲーム総合情報メディア「ファミ通」が発表した19年10月国内家庭用ゲームソフトの売り上げデータによると、発売から2週間の売上本数が13万2542本に達したという。
商品名から分かるように、同タイトルは07年に発売され、全世界販売数が2000万本超えを記録したWii用ゲーム『Wii Fit』の正統な後継だ。Wii Fitは、ヨガの動きを中心とした静的なメニューをこなしていく内容だったが、本作は一転。筋トレ系、リズム系の動的なメニューが加わり、全身を使って本格的なエクササイズができるようになった。
それを可能にしたのが、同梱(どうこん)されている「リングコン」と呼ばれるリング状のフィットネス器具と太ももに装着する「レッグバンド」だ。
リングコンは、エキスパンダーのように左右に引いたり逆に押し込んだりして使用する円形の器具。2つあるNintendo Switchのコントローラー「ジョイコン」を取り付けて使う。これにより、リングコンにかかった負荷がきちんと計測され、ゲームアクションに反映される。
例えばリングコンを前方に掲げて押し込むと、ゲーム画面の中では空気砲が発射され、画面前方の障害物を破壊するといった具合である。
太ももに装着するレッグバンドは足の動きを計測するための器具だ。こちらにもジョイコンを取り付ける。これによって下半身の動きもゲームに反映されるようになる。その場で足踏みをするとレッグバンドが足の動きを感知し、ゲームキャラが走る。素早く足踏みすればスピードが上がるし、太ももを高く上げれば跳ねるように動く。
フィットネスとテレビゲームの魅力の融合
リングフィット アドベンチャーのすごさは、全身の動きを正確に感知する機能を備えた上で、それをテレビゲームの中に組み込み、娯楽として成立させてしまったことにある。
テレビゲームには「レベルデザイン」という言葉がある。解釈はいろいろあるが、大ざっぱに言えば、プレーヤーが夢中になるようにゲーム内のステージを設計すること。その基本になる考えの1つが、ユーザーに課すハードルを少しずつ高くしていくというものだ。序盤は簡単にクリアできるようにしてプレーヤーに成功体験を与え、次第に複雑な操作を要求する。そうすることで、プレーヤーは突破したときに「うまくなってきたぞ」「強くなってきたぞ」と満足感を得て、どんどん先へ進みたくなるのである。
リングフィット アドベンチャーはこのレベルデザインの考え方をフィットネスと融合させた。
「アドベンチャーモード」では、最強の魔物「ドラゴ」から世界を救う冒険に、エクササイズのメニューをなぞらえる。その過程にはさまざまな動きが組み込まれている。
ゲーム内の広い世界を移動するだけでも足踏みで前進したり、リングコンを押し込んで空気砲を発射し、障害物を破壊したり。はたまた空気砲を下に向けて放ってジャンプしたり、イカダをこいだり、空を飛んだり……これだけでもかなりの運動量だ。
敵も出現する。「フィットスキル」と呼ばれる40種類もの技を駆使して倒さなければならない。例えばスクワット。画面に表示されるお手本通り、正しい姿勢で体を動かすと、相手に与えるダメージは大きくなる。
冒険を続けてキャラのレベルが上がれば、使えるフィットスキルは増え、負荷はさらにアップする。こうして、先に進むために敵を倒したい → そのためには新しいフィットスキルを使わなくちゃ → 汗だくになりながら全身運動するぜ! と、無意識のうちに体を動かす意欲が刺激されていくのだ。しかもアドベンチャーモードをクリアするには、1日30分程度のペースでプレーして3カ月ほどかかるとのこと。飽きっぽい人でもゲームだから続けられて、運動になる――そうした評判が口コミで広がり、ヒットに結び付いている。
老若男女問わない任天堂の強さ
レベルデザインとの融合に加え、リングフィット アドベンチャーが優れているもう1つの点が、ハードなフィットネスでありながら、老若男女を問わずプレーできることだ。ゲームスタート時、年齢、性別などの質問に答えると、プレーヤーに適した負荷になるようにメニューが調整される。具体的には、アドベンチャーモードで敵を倒すために必要なスクワットの回数などがプレーヤーごとに変わる。ステージクリア時にはジョイコンを使って脈拍を計測し、運動強度を確認できるのも無理を防ぐことにつながる。
リングフィット アドベンチャーで改めて感じるのは、年齢にかかわらず家族で楽しめる商品を作らせたらやはり任天堂が強いということだ。これは、任天堂の出自が玩具メーカーということもあるだろう。エレクトロニクス分野からゲームに参入したソニー・インタラクティブエンタテインメントや米マイクロソフトとはアイデアの起点が異なる。
しかも、人間の身体の変化を計測する機能を娯楽商品に組み込むのは、約50年前から続く同社のお家芸でもある。ゲーム機というものが影も形もなかった1969年、任天堂は手のひらの温度上昇や発汗による電気抵抗の変化を感知して、手を握り合った2人の愛情度を数値で表示する玩具『ラブテスター』を作っている。Nintendo Switch発売後も『ARMS』などのジョイコンを使うタイトルで、体を動かすことの普遍的な楽しさ、そこから得られる疲れの心地よさをゲームという商品に積極的に落とし込んできた。
リングフィット アドベンチャーはそれらのノウハウが組み込まれた商品だ。だからこそ、普段はゲームをあまりプレーしない人の興味も喚起できる。家族でプレーすれば、一家の団らんを生み出す効果もある。「もっと足を上げなくちゃ」「やっぱ運動不足だよねー」といった声が飛び交う様子が目に浮かぶようだ。
こういうゲームは、ゲーム産業の継続、発展のために欠かせない。eスポーツが1つのムーブメントになっているように、ゲームが好きな人をさらに夢中にさせるためのノウハウはゲームメーカー各社が持っている。一方で、ゲームに興味のない人を振り向かせる方法については、商品ラインアップが手薄なのが実情だ。そこに、任天堂はリングフィット アドベンチャーを送り込んできた。同作は常に家庭内のゲーム市場を切り開いてきた任天堂の新たな戦略商品と位置付けることができるだろう。
(C)2019 Nintendo