池袋東口にある中池袋公園で2019年11月1日、「IKEBUS(イケバス)」の出発式が行われた。イケバスは駅周辺の商業施設や公園、役所などを巡る電気駆動のミニバス。地域の快適な移動を実現することで、池袋再開発の目玉として注目を浴びている。導入の狙いを探った。
ボディーは職人の手作り、超特殊仕様の電気自動車
まずは冒頭の写真を見てほしい。コミュニティーバス程度の小さな車体に、真っ赤な塗装。細部をよく見れば、小さなタイヤが片側5つの計10輪。なんともかわいらしい外観ながら、このバスは各ホイールの内部に電気モーターを組み込んだインホイールモーターの「10WD8WS=10輪駆動8輪操舵(そうだ)」という、かなり特殊な仕様の電気自動車(EV)なのだ。これこそ新たに池袋東口と西口のそれぞれを起点に2つのルートを循環する、池袋再開発の顔、「イケバス」だ。
出発式では「豊島区に住んで30年」というフリーアナウンサーの笠井信輔氏を司会進行役に、豊島区の高野之夫区長、車体デザインを手掛けたドーンデザイン研究所代表取締役の水戸岡鋭治氏、運行管理を担当する高速バス大手のWILLER(ウィラー、大阪市)代表取締役の村瀬茂高氏などが登壇。イケバスの役割やデザインの裏話などが紹介された。
池袋駅東口では中池袋公園を中心に、豊島区役所跡地に建設しているオフィスビル「Hareza Tower」、ライブハウスなども内包した多目的ホール「東京建物 Brillia HALL」、リニューアルして生まれ変わった「としま区民センター」を合わせて“国際アート・カルチャー都市”を標榜、「Hareza池袋」という名称で再開発が進んでいる。イケバスもこの再開発の一環である。
水戸岡氏によれば、イケバスのボディーは大手自動車メーカーが用いるプレス加工では作れないため、職人たちが1台1台、手作りで仕上げているという。ボディーカラーの赤は「池袋といえばイケバスの“赤”が思い浮かぶ町に」という思いを込め、独自に調色したとのこと。その名も「IKEBUKURO RED」。
とはいえ、実は全10台あるうちの1台、7号車だけは黄色く塗られている。これは高野区長がかつて北海道・夕張に行った際に「幸福の黄色いハンカチ想い出ひろば」で見た「黄色いハンカチ」に由来している。「幸せ(のイメージ)はやはり“黄色”だ」と区長が水戸岡氏に依頼したのだそうだ。
EVのコミュニティーバスとしては、富山・宇奈月温泉を走る「EMU(エミュー)」、群馬県桐生市の「MAYU(まゆ)」といった先行事例があり、どちらもEV製造・販売のシンクトゥギャザー(群馬県桐生市)が手掛けている。今回のイケバスは同社が開発した「eCOM-10」をベースに、水戸岡氏がデザインを担当した。同氏はJR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」をはじめ、さまざまな電車やバスのデザインで知られる。
魅力的な施設をストレスなくつなぎたい
イケバスの運行管理は高速バスや夜行バスを運行するWILLERが担当する。運転手は全員がWILLERの社員だ。今でこそ長距離バスで知られる同社だが、かつて大阪や京都から大阪南港までといった一般路線バスを走らせていた時期がある。とはいえ今回のように駅周辺の短距離を回るコミュニティーバスの運行は初めてで、EVによる路線も初。しかもイケバスは法規的に最高時速が時速19キロメートルに制限されている。「時速19キロメートルというと他の車との兼ね合いもある。この速度でいかに安全、安心に走るかはドライバーにとって重要なポイントになる」と村瀬氏。
WILLERとしては当初からコミュニティーバスの運行を計画していたわけではないそうだ。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を念頭に、ラストワンマイルを担う新たな交通サービスを作りたいという思いを抱いていたところ、豊島区の公募があったのだという。
公募に入札した背景には、豊島区が進める“国際アート・カルチャー都市”へ向けたプロジェクトに対する共感もあった。生まれ変わる池袋駅周辺の公園や公共施設などを結ぶ路線を運営することに、村瀬氏は「価値がある」と判断したそうだ。
しかし、イケバスのことをコミュニティーバスと称することに村瀬氏は若干疑問を感じているようでもある。「僕らはコミュニティーバスというより、街に生まれる新たな魅力を結ぶ移動装置と考えている。“動く歩道”くらい簡単に乗れるものにしたい。駅周辺の魅力的な各施設を、どうストレスなく結んでいくかが僕らの仕事」と村瀬氏は話す。
運行業務は一定金額で委託されているわけではなく、運賃で収益を上げる契約だそうだ。イケバスによる人員輸送を理想通りストレスなく進めることで、利用者は増え、同時に人が循環する範囲も広がることになる。そうした地域との共存を、WILLERはイケバスで目指している。
当面は「3カ月で1000人の乗客」が目標とのこと。「それでは赤字では?」との指摘もあったが、「赤字でも頑張ります」と村瀬氏は笑顔で応じた。
WILLERが見据えるMaaSへの道筋
MaaSの到来を見据えているWILLERは、20年1月に経済産業省と国土交通省が推進する「スマートモビリティチャレンジ」にも参画する。京丹後地域で丹後海陸交通(京都府与謝野町)とともに鉄道と路線バス、タクシーといった交通機関だけでなく、沿線の施設を共通で利用できるQRコードシステムの導入事業において、全体の統括を担う。
ただMaaSの実現に向け、本格的にマイカーを公共交通機関で置き換えるにはラストワンマイルの移動手段の解決が不可欠だ。同社はそこをオンデマンドバスでフォローしようと考えている。ただし日本における今の法規制下ではバス停以外での乗降が禁止されているという現実もあり、真の意味でのオンデマンドバスは難しい。そこで現行法の範囲内で運行可能なライドシェアバスを当面のテーマにするという。同社はシンガポールの植物園で自動運転車両を使ったシャトルバスの運行を開始したが、日本国内における第一歩がまさにこのイケバスなのである。
WILLERはイケバスを皮切りに、20年以降はコミュニティーバスやオンデマンドバスへの取り組みに注力していく意向だ。交通に関する法規制は国によってまちまち。同社としては国内外を問わず法規制の範囲内で可能なサービスを追求し、それを成功事例として積み重ねていきたいという。10年後には東南アジア諸国連合(ASEAN)の8カ国に台湾、日本を含めた10カ国・地域において、同じアプリで利用できる移動サービスを作る。これがWILLERの目標だ。
(写真/稲垣宗彦)