最近、モバイル決済事業者から「スーパーアプリ化を目指す」という宣言が聞かれるようになった。スーパーアプリとは、アプリ上に第三者のサービスが複数実装され、シームレスにつながる状態を指す。中国ネットサービス大手の騰訊控股(テンセント)が運営する「微信支付(ウィーチャットペイ)」を使い、一足先にスーパーアプリが描き出す新たな顧客体験を体感した。

ウィーチャットアプリから、様々なサービスのミニプログラムが利用できる
ウィーチャットアプリから、様々なサービスのミニプログラムが利用できる
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 現金による支払いをキャッシュレスに置き換えるモバイル決済アプリ。しかし必ずしもこれがアプリの目指すゴールではない。決済だけでなく、タクシー配車やモバイルオーダー機能を組み込み、サービス利用から支払いまでをシームレスにつなげる動きが出てきた(参考記事「PayPay・ドコモ…キャッシュレス決済、次の一手は『ミニアプリ』」)。2019年秋以降、「PayPay」はタクシー配車サービスの「DiDi」に、NTTドコモの「d払いアプリ」は同じくタクシー配車の「JapanTaxi」や、吉野家のテークアウト事前注文機能などに対応する予定だ。

 日本では「ミニアプリ」と呼ばれるこの機能で、日本よりはるかに先行しているのが、中国。ウィーチャットでは、18年ごろから「小程序(ミニプログラム)」という仕組みが登場した。ウィーチャット上で動くアプリで、多くの企業が制作して公開。ウィーチャットというアプリの中で様々なサービスが展開され、日常生活のあらゆる場面で活用できる「スーパーアプリ」といわれるようになった。中国・上海を訪れる機会があったので、実際に使ってみた。

 まず試したのが、航空券などを予約できるミニプログラム。ウィーチャットアプリの「支付(=ウィーチャットペイ)」ページを開くと「騰訊服務(=テンセントのサービス)」の下に、「第三方服務(=サードパーティーのサービス)」というコーナーがある。ここには、テンセントと提携した企業が提供するミニプログラムが置かれており、ウィーチャット上から起動可能だ。「火車票机票(=鉄道チケット・エアラインチケット)」というアイコンをタップすると、オンライン旅行会社の「同程旅游」が提供するミニプログラムが立ち上がる。

 起動とともに、スマホのGPSデータを使って、いま滞在している都市を特定。出発する都市に自動的に入力される。この辺りはスマホアプリならではと言えるが、目的地の都市名や日程を入力し、希望のフライトを探すところは、通常の旅行予約サイトとそう変わらない。

 ミニプログラムの本領が発揮されるのは、搭乗する便を決めてから。個人情報の入力画面に遷移すると、この旅行サイトには会員登録したことがないにもかかわらず、既に氏名や電話番号などが入力されている。ウィーチャットに登録した情報が反映されたもので、改めて会員登録などする必要がないのだ。消費者にとっては手間がなく、事業者にとっても会員登録という顧客獲得のハードルを低くできるメリットがある。

 支払いはウィーチャットペイのみ。クレジットカード情報を入力する必要がなく、すぐに支払いができるのはかなり便利だった。テンセントからすると、決済方法で囲い込みができ、うまい方法と言えるだろう。

フライトの検索(左)からウィーチャットペイによる決済(右)まで、1つのアプリ内でタップするだけで完了できた
フライトの検索(左)からウィーチャットペイによる決済(右)まで、1つのアプリ内でタップするだけで完了できた
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 面白かったのはここからだ。ウィーチャットはLINEのようなメッセージ機能から発展したアプリ。同程旅游の公式アカウントが自動的に登録され、以後の連絡がすべてウィーチャット経由で届くようになった。

 搭乗日の前日には、リマインドとチェックインカウンター情報が届き、当日の早朝になると、出発時刻が予定通りであることや搭乗ゲートの番号など、より詳細な情報が送られてきた。さらに、メッセージのリンクをタップするとミニプログラムが立ち上がり、機内食の情報や機内Wi-Fiの有無、座席のシートピッチなど、フライトの詳細が確認できる。出発・到着空港の天気も確認でき、上海の浦東国際空港では搭乗ゲート近くのレストランの情報まで表示。そのままメニューの予約・事前支払いまで可能だった。

フライト当日、朝起きるとポップアップ通知が届いており(左)、ウィーチャットを開くと搭乗ゲートの情報などが送られてきていた(右)
フライト当日、朝起きるとポップアップ通知が届いており(左)、ウィーチャットを開くと搭乗ゲートの情報などが送られてきていた(右)
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ミニプログラムに入ると機内サービスなどの情報が確認でき(左)、出発・到着空港の天候や、空港のレストランの予約などもできる(右)
ミニプログラムに入ると機内サービスなどの情報が確認でき(左)、出発・到着空港の天候や、空港のレストランの予約などもできる(右)
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 アプリ、決済、メッセージ機能が連携できているからこそ実現できるユーザーインターフェースと言える。

タクシーもバスもウィーチャットで乗れる

 この旅行予約アプリ以外にも、上海ではいくつかのミニプログラムを使う機会があった。最も重宝したのはライドシェアの「DiDi」だ。DiDiには独自のアプリがあるが、ウィーチャットのミニプログラムとしても提供されており、会員登録の手間が省けるのが最大のメリットだ。

 DiDiでクルマを呼んだ場合、ドライバーから位置を確認する電話がかかってくるのが基本。電話番号の登録を省けるのは、ウィーチャットを利用する際には電話番号の登録とSMS(ショートメッセージサービス)認証が必須で、既に登録済みだから。そのほかミニプログラム内にドライバーとのチャット機能があり、そちらで定型文を入力することも可能だ。

空港からはDiDiを利用。ミニプログラムの画面は公式アプリと特に違いはなかった(左)。ドライバーとは基本的に電話でやりとりするが、チャットでもコミュニケーションが可能(右)
空港からはDiDiを利用。ミニプログラムの画面は公式アプリと特に違いはなかった(左)。ドライバーとは基本的に電話でやりとりするが、チャットでもコミュニケーションが可能(右)
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 ミニプログラムには、各都市の地下鉄やバスなどで利用できる「公共交通カード」もある。ICカードではなく、スマホ画面に表示させたQRコードを自動改札機や車載読み取り機にかざして乗車。運賃はウィーチャットペイから支払われる。このプログラムは、前述の第三方服務の欄には掲載されておらず、ミニプログラムのページで検索する必要があった。有力なサービス以外のミニプログラムは、検索して探すか、事業者の公式アカウントにあるリンクから登録する形となる。

バスの乗車では運賃の引き落としにタイムラグ

 ウィーチャットにはミニプログラムとして「上海公共交通乗車コード」が用意されていた。上海で地下鉄やバス、フェリー、タクシーなどの乗車・乗船に使えるICカード「上海公共交通カード」とよく似た名称だが、この乗車コードが実際に使えたのは路線バスだけ。地下鉄には独自のQRコード乗車アプリ「Metro大都会」があり、アリババ集団と戦略的提携を結んでいるため、アリペイとしか連携できない。

ウィーチャットアプリで「上海公共交通乗車コード」が利用可能(左)。表示されたQRコードをかざして乗車する(右)
ウィーチャットアプリで「上海公共交通乗車コード」が利用可能(左)。表示されたQRコードをかざして乗車する(右)
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 上海の路線バスは均一運賃制で、乗車時に運転席横にある読み取り機にQRコードをかざすだけ。いつまでたっても決済のメッセージが来ないので不思議に思っていたところ、3時間後にようやく決済が完了した。後で確認したところ、通信などによるトラブルがあって決済が遅延したことを示す表示が出ていた。SuicaのようなICカードは読み取り機とデータを直接やりとりしているが、QRコードではサーバーとの通信が必要。そのため決済完了まではややタイムラグがあり、場合によってはこのような問題が起きるようだ。

小銭やカードを持つことなく、スマホ1つで路線バスを利用できた
小銭やカードを持つことなく、スマホ1つで路線バスを利用できた
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 ウィーチャットのミニプログラムを使って感じた一番大きなメリットは、使うサービスごとにアプリを切り替える必要がないことだった。各サービス事業者にとってみれば、ウィーチャットというプラットフォームに拘束される面はあるものの、顧客獲得のハードルを大きく下げる意味で有用であろう。また、決済とメッセージ機能がシームレスにつながる点はウィーチャットならでは。さらにミニプログラムといえども、立ち上げてしまえば独自アプリと変わらない機能が実装されている。ウィーチャットという土俵の上に乗りさえすれば、サービスの自由度は高い。そんな戦略が、ウィーチャットをスーパーアプリに押し上げた原動力と言える。