東京・渋谷に2019年10月12日、期間限定フードコート「ツカノマノフードコート」がオープンした。解体予定の空きビルを生かし、営業期間は4カ月間という文字通り“つかの間”。ミレニアル世代が仕掛けた、新たな事業開発手法として面白くかつおいしい試みを取材した。
食を題材に新たな活動をしたいと2年前に着想
ツカノマノフードコートがオープンしたのは、京王井の頭線の神泉駅から徒歩3分、渋谷駅から徒歩10分、旧山手通り沿い渋目陸橋のすぐそば。一般に「フードコート」というと、大規模な商業施設内に設けられたイメージがある。しかしツカノマノフードコートは20年春に解体が決定しているマンションの1階、以前はイタリア料理店だったスペースに作られた小さな店舗だ。
企画・運営は「ツカノマノプロデューサー」というプロジェクトチーム。メンバーは総合プロデューサーの古谷知華氏、ディレクターの溝端友輔氏、クリエイティブディレクターの木本梨絵氏、コンセプター/メディア担当の若尾真実氏の4人構成で、全員が1992~93年生まれのミレニアル世代に当たる。それぞれが本業を持ち、広告会社や空間デザイン会社、飲食・物販などの事業開発会社、アパレルベンチャーといった企業で活躍するまさに“異能集団”だ。
欧米のフードラボやフードスタジオといった食を題材にした新しい活動に刺激を受け、日本でも展開してみたい――。そんな思いを2年前に抱いた古谷氏がプロジェクトの中心人物。今の日本には多様なスタイルで活動する“店を持たないシェフ”が少なからず存在する。「そうしたシェフたちが集まって交流したり、新しい料理を開発したり、あるいは新しいメニューをお披露目したりする場を作れないかと構想を練り始めた」(古谷氏)。
この2年の間に米ニューヨークなどでは「コワーキングスペース」ならぬ「コワーキングキッチン」が生まれたり、日本でも飲食店のマーケティングを支援するfavy(東京・新宿)がさまざまな食関連のイベントを開催したりと、食を題材にした新しい動きが出始めている。そんなタイミングの中、縁あって今回の物件情報を入手し、具体的な活動に乗り出した。
出店料を安く抑える代わりに「面白いこと」を要求
そもそも古谷氏の構想では、“つかの間”ではなく常設の場を作るつもりだった。
「チームでディレクターを担当している溝端の本業は、『RELABEL』(運営は空間デザインやイベント企画を手掛けるANCR)という空間マッチングサービス。これは空きビルが次のオーナーの手に渡るまでの数カ月から数年間、スペースを有効活用するという事業。彼にツカノマノフードコートのアイデアを相談したところ、この物件を紹介してくれて、同時に期間限定というコンセプトが生まれた」(古谷氏)
つまり空き物件を期間限定で活用していた溝端氏たちの事業が、古谷氏の構想に共鳴する形でツカノマノフードコートはスタートしたわけだ。
この2年間で変わったのは営業形態だけではない。当初は既に店を開いているさまざまなジャンルのシェフを招き、コラボなどの企画も考えていたという。しかし下積みを経て店を開くという旧来の流れとは別に、現在はSNSなどをうまく使えば若いシェフでもすぐ有名になり、場所さえあれば店を開ける時代だ。古谷氏は次第に「既に店を持っている人より、場所や機会がなくてもユニークな考えのある人たちに、低リスクで場所を提供したい」と思うようになった。
現代ならではの活動を模索するシェフたちにとって、役立つ場になることも目指す。今回、ツカノマノフードコートでは出店料をレベニューシェアとし、還元率は85~90%と高く設定した。ただ物件の賃貸コストは低く抑えたものの、厨房の稼働にかなりの光熱費がかかる。運営費確保にクラウドファンディングを併用しているが、「ほとんどランニングコストを回収するだけ」と古谷氏。それでもシェフたちには「出店料を抑える代わりに面白いことをしてください」とお願いしているという。
RELABELはもともと空き物件を利用してアーティスト支援などを事業として行っている。ツカノマノフードコートは出店者であるシェフたちをアーティストと捉えており、そこに共感した。物件自体の提供者も、取り壊し予定のスペースに人が集まることでこの場所を認知してもらい、「次はどのような施設が建つのか」といった期待感を高められる。結果的に物件の提供者、RELABEL、シェフ、そしてツカノマノプロデューサーたちの4者は、ツカノマノフードコートをそれぞれのブランディングの場と受け止めているようだ。そのため採算ラインも「赤ではない」(古谷氏)レベルにとどめた。このように出店者の利益を確保したうえで、運営者側も収益以外のメリットが得られるよう考慮した点もプロジェクトのポイントといえる。
あくまでも“食”中心の移動型プロジェクトとして継続
チームにとってツカノマノフードコートは最初のプロジェクト。テストケースであり、ショーケースでもある。今後、移動型プロジェクトとしての継続を古谷氏は視野に入れている。RELABELとの縁があって神泉での開業となったが、条件さえ整えばどのエリアでも実施する可能性がある。
今回オープンまでの過程で見えてきたのは、料理を提供する場を求めているシェフたちが思いのほか多いということ。そうしたシェフたちにはそれぞれ料理に対するユニークなバックグラウンドがあり、若い人ほど先鋭的な考え方を持っているという。彼らとともに何かを作り出し、それを広く発信することに古谷氏は意義を感じているそうだ。
入居している物件が取り壊されることだけが「移動型」を名乗る理由ではない。
「出店者の1人で“セクシー・フレンチ”を標榜するあるシェフは、活動拠点が岡山。パリの超有名店2軒で修業を積んでいて、岡山だけでなく大阪でも東京でも人を集められる。SNSを通じて情報発信をしている彼自身に客が付いている。同じようにフードコート自体がいろんなエリアへ移動し、その土地ならではの特色を持たせたツカノマノフードコートを展開するのも可能だと思っている」(古谷氏)
今後、RELABELが支援するアーティストやミュージシャンとシェフたちのコラボなどについても聞いてみたが、可能性としてゼロではないが、やはり“食”を中心に考えているとのこと。
フードロスを研究するシェフによるフードロス食材を使った料理や、ユーラシア大陸のさまざまな国で家庭料理を学んだ人による「もしも麻婆豆腐が中東に渡ってアレンジされたらどんな味になるだろう」といった横断的な発想から生まれた創作料理など、ツカノマノフードコートでは今までにないメニューの提供を予定している。
都市の再開発における小さくも新たな試み
「固定施設にすれば恒常的なコストの増大などリスクも増える。そのリスクを回避することで還元率を高め、より多くのシェフに参加してもらい、ユニークな企画を実現する。同時にお客様へ料理を提供する価格も抑えたい」と古谷氏。こうした考え方こそが、ツカノマノフードコートの柱となっている。
古民家をリノベーションし、店舗としてオープンする動きは地方ではもはや定番といえる。それに対し取り壊しが決まっている物件内に、あえてつかの間の憩いの場を作るというツカノマノフードコートは、移ろいの早い都市部ならではの新たな再開発手法といえよう。
もちろんコンセプトが面白くても中身が伴わなければ意味はない。いくつかの料理を試食したが、どれも個性的で味も抜群。今回紹介した料理がいつでも食べられるわけではないが、それもまた“ツカノマ”の楽しみ方なのだろう。
(写真/稲垣宗彦)