スマートフォンの普及でデジカメが売れなくなったといわれる昨今。創業100年を超える老舗カメラメーカー、ニコンはどんな施策でスマホ世代を“顧客”にしようとしているのか。2019年に50周年を迎えた「ニコンフォトコンテスト」からその狙いを探った。
スマホの台頭で分かった、カメラメーカーができること
スマートフォンやSNSの普及により、これほど写真があふれている時代は過去にない。とはいえ、それがデジカメの販売台数に結び付いていないのがカメラメーカーにとってもどかしいところだ。
そんななか、ニコンが2018年10月18日から19年2月1日にかけて作品を募集した「ニコンフォトコンテスト 2018-2019」には、世界170に及ぶ国と地域から過去最高の約3万3000人、9万7369作品の応募があった。ここでニコンが注目したのが、応募者の約半数が29歳以下だったことだ。
ニコン映像事業部付の楠本滋氏は「表現の手法が急激に変化しており、ユーザーの裾野が広がっている。今回のニコンフォトコンテストの応募者の約半数が29歳以下と聞いたとき、若い世代の“表現したい”という欲求が世界中で高まっていることを感じた」と話す。
ニコンフォトコンテストは、スマートフォンを含むあらゆるデジタル撮影機器からの応募が可能となっており、今回はスマホで撮影した作品も少なからずあった。「スマホの台頭により、写真を撮影する人口が増えた。これはカメラメーカーにとってネガティブ要素ではない」と楠本氏。「スマホのカメラ機能で十分という人もいるし、もっとこだわりたいという人もいる。スマホが出たことによって、さまざまなセグメントがあることが明確になった。カメラメーカーができることがまだまだたくさんあると市場が教えてくれている」
カメラメーカーができること……その1つがフォトコンテストであり、それに続く受賞作品展だ。「これまでは何か施策を打てばすぐビジネスにつながっていた。しかし、今はフォトコンテストなどでユーザーの“写真熱”を高めていく必要がある」(楠本氏)
若者をターゲットに渋谷でプロモーション活動
フォトコンテストのグランプリが発表されたのは19年8月23日。これを受けてニコンでは、「ニコンフォトコンテスト2018-2019受賞作品展」をインド、シンガポール、フランスなどで開催していく。国内最初の開催地には、渋谷キャスト(東京・渋谷)が選ばれた。
しかし、「ただ『作品展を開催しています』というだけでは、人は興味を示さない」とニコン 映像事業部 事業管理統括部 販売戦略部 コミュニケーション戦略課の池田明子氏は言う。より多くの人に展示を見てもらうために、ニコンは3つの施策を展開した。
その1つが「Nikon Photo Contest presents『PHOTO MUSEUM SHIBUYA』」だ。作品展が開催された19年8月24日~9月1日に合わせ、8月16日から展示終了まで、渋谷の街頭70カ所に「ニコンフォトコンテスト」の歴代受賞作品を展示した。
「渋谷を選んだ理由は大きく3つ。1つは再開発で渋谷が急激に変わっているタイミングにあり、コンテストの一般部門のテーマ『Change(変化)』を体現していると感じたから」と話すのは、池田氏と同じコミュニケーション戦略課の井出由佳氏。「2つ目は国籍、年齢、職業など、渋谷にいる人々の多様さ。つまり、いろいろな人に目にしてもらえる街だから。3つ目は若者文化の発信地の1つだから。若い人たちに写真を見てほしいという思いもあった」
大通り沿いにギャラリーを設置、インフルエンサーも活用
渋谷キャストの屋外ガーデンには特設ギャラリーを設置した。ギャラリーは明治通りに面した中庭にあり、壁の一部は透明なカラーパネルになっている。「通りかかった人が自然に中に入れるように工夫した」と井出氏。また池田氏も「渋谷を歩いていたら、すごくいい写真が目に入った。それが『あ、ニコンが作品展をやってるんだ』となれば、フォトコンテストはもちろん、ニコンというブランドも身近に感じてもらえるのではないか」と付け加える。
「写真家だけでなく、お出かけ系インフルエンサーにも声をかけて作品展を広めてもらった。そこからの反響も大きかった」と池田氏は言う。「ここに来れば楽しめるということを伝えてもらいたかった。実際に多くの人がギャラリーで写真を撮っていた」
「商品の広告を張り出したりせず、ニコンというメーカーをあまり意識させないように」と井出氏。池田氏も「ニコンのイメージはそのままに、魅力的な写真たちで街を彩り、(作品展に)入りやすい形を作りたい」と語る。
ニコンでは近年、カメラ女子をターゲットにしたウェブサイト「NICO STOP(ニコストップ)」の運営や、横浜DeNAベイスターズの撮影会の開催といったプロモーション活動を展開している。しかし今回のフォトコンテストを通じて同社は、コミュニティーという敷居をなくしてユーザーを引きつける術(すべ)を見つけたと言えそうだ。
「若い人たちが写真に関心を持っているなら、環境を提供することはカメラメーカーとしての義務」と楠本氏は言う。「“写真熱”を高める活動は、競合を含めて業界全体でやっていかなくてはならない」。フォトコンテストに限らず、写真、ひいては自社ブランドをより身近に感じてもらうことは、あらゆるプロモーション活動に通じる。