NTTドコモは2019年10月11日、秋冬商戦向けの新サービス・新商品発表会を実施した。20年春の5G商用サービス直前という端境期にあって、「4Gの集大成」として打ち出した新機種やサービスにはどのような狙いが隠されているのか。ドコモの戦略を探った。
低価格モデルをメインに打ち出す異例の発表
今回の発表会でNTTドコモの吉澤和弘社長は「Life Upgrade」をテーマとして掲げ、人々の生活をより良くする商品やサービスをそろえたという。中でも注目は新端末だ。同社はスマートフォン(スマホ)5機種を含む計8機種の新端末を発表したが、その構成はやや異例だった。
というのも、吉澤社長が最初に発表したのは価格帯が3万円前後のスタンダードモデル2機種だったからだ。これまでは性能が高く特徴が際立っているハイスペックモデルをアピールした後、スタンダードモデルを紹介するのが通例だった。しかし今回はその順番が逆になっていた。
吉澤社長がアピールしていたのがサムスン電子「Galaxy A20」である。防水・防塵(ぼうじん)性能やFeliCaに加え、FMラジオとインターネットラジオの双方が利用できる「ラジスマ」に対応するなど、日本で安心して利用できる機能を備えながら、ドコモオンラインショップでは税別1万9440円で購入できるという低価格が特徴のスマホだ。
もう1機種はシャープ製の「AQUOS sense3」。省電力性に優れたIGZO液晶ディスプレーと4000mAhのバッテリーを搭載することで、平均的な利用で1週間の電池持ちを実現するなど長時間バッテリーが持続するのが特徴だ。
ハイエンドモデルはゲーム推し、キッズケータイもスマホ化
一方、新たなハイスペックモデルは3機種。21:9比率の縦長ディスプレーを搭載した「Xperia 1」のコンセプトを引き継ぎながら、コンパクト化を実現したソニーモバイルコミュニケーションズ「Xperia 5」。6.8インチの大画面とペン操作が進化したサムスン電子「Galaxy Note10+」。そして秒間240コマの滑らかな表示が可能な有機ELディスプレーを搭載し、140グラムという軽さを実現したシャープ「AQUOS zero2」だ。
これらは各社から発表済みのモデルで、いずれも大画面ディスプレーや高速なチップセットを搭載するなど性能の高さが特徴。NTTドコモはその高性能を生かし、ゲームに強い点を魅力としてアピールする考えを示している。
スマホ以外で注目なのがシャープ「キッズケータイ」の新モデルだ。タッチ操作可能な3.4インチディスプレーを搭載し、従来のキッズケータイとは異なり、スマホと同じ操作ができるようになった。
キッズケータイとして初めて4Gに対応した点も見逃せない。キッズケータイは通話やSMSの利用が主体であることから、これまでは3G回線対応モデルしか提供されなかった。しかし今回4Gに初めて対応したことで、VoLTEによる高音質の通話ができるなどのメリットが生まれた。
他にも20周年を迎えた富士通コネクテッドテクノロジーズ「らくらくホン」の新機種や、「ひかりTV for docomo」などが視聴できる住友電気工業製のセットトップボックス「テレビターミナル02」などが提供される。吉澤社長は5Gのサービス開始を控えた「4Gの集大成」として、幅広い4G端末のラインアップをそろえたことを強調している。
サービスはフィンテック関連の充実を図る
新サービスに関しては、フィンテック関連を中心に4種類を発表した。
1つは決済サービス「d払い」の拡充だ。d払いは2019年10月に1000万ダウンロードを記録するなど想定より速いペースで利用が伸びているという。そこでさらなる拡大を目指し、新たにd払いのアプリ内から利用できる「ミニアプリ」を提供する。これによって「ドコモバイクシェア」や「JapanTaxi」などのサービスを会員登録不要で利用でき、なおかつd払いによるオンライン決済もできるようになる。
2つ目は「AIほけん」。東京海上日動火災保険と共同で提供する損害保険サービスで、簡単な質問に答えるだけで、6つの保険の中から適切な保険と掛け金の割合をレコメンドしてくれる。「AI(人工知能)」と名前が付くだけあって、NTTドコモのパーソナルデータを活用することにより、契約後もライフスタイルの変化に応じて適切なプランをレコメンドしてくれる機能を備えている。
3つ目はSNSでの炎上やキャッシュレス決済での不正決済など、インターネット上で遭遇するトラブルに対応できる保険サービス「ネットトラブルあんしんサポート」。最新のネットトラブルをユーザーに通知して予防につなげたり、消費生活アドバイザーなどの専門スタッフに相談できたり、決済サービスの不正利用時に決済事業者の補償範囲を超えて最大100万円まで補償したりする仕組みなどを用意し、インターネットサービスをより安心して使える環境を実現するとしている。
4つ目は同社のAIエージェントサービス「my daiz」の機能追加である。my daizは19年9月時点で利用者数が750万人を突破しており、天気やニュースなどの他、近隣のスポット情報を紹介する「お出かけ情報」の利用が多いという。
そうしたことからNTTドコモではmy daizの新機能として、音声による新感覚のナビゲーションサービスを提供する。出発時に向かう方向のランドマークを示したり、進んでいる方向が正しいことを適宜知らせてくれたりするなど、従来の音声ナビゲーションよりもきめ細かな案内をしてくれる。これにより、逐次地図を見るために“歩きスマホ”をすることなく目的地までたどり着ける仕組みを実現するとのこと。
地味なラインアップの狙いはレイトマジョリティー
今回の発表内容についての感想は「華がない」ということである。5Gの商用サービス開始直前だけあって、ハイエンドモデルのラインアップが手薄になりがちなことからやむを得ない部分もあるだろう。ただ、19年10月10日にKDDI(au)が秋冬商戦向けの新商品として、世界的に注目されているディスプレーを直接折り曲げられるスマホ「Galaxy Fold」の投入を明らかにしたのに比べると、地味な印象は否めない。
だがこうしたラインアップとなった裏に、NTTドコモなりの明確な狙いがうかがえる。それは3G契約者の“巻き取り”、つまり3Gから4Gへの移行促進だ。NTTドコモは20年半ばに3Gを終了させる方針を示していることから、今後3G端末の利用を減らしていかなければならない。それには3G端末のユーザーに4Gへ乗り換えてもらう必要がある。
今回、キッズケータイのように4G化が進んでいなかった端末の入れ替えに着手。加えて、主にシニアのフィーチャーフォン利用者を中心とした3G端末ユーザーに対してGalaxy A20のような安価な端末を提供することで、4Gへの乗り換えを促している。
しかしフィーチャーフォン利用者にはスマホに対する不安が少なからずあるため、移行がなかなか進まない事情もある。そうしたユーザーの受け皿として「らくらくホン」など4G対応フィーチャーフォンを用意しているものの、顧客がフィーチャーフォンにとどまっていては、データ通信やインターネットサービスの利用が広がらず、ビジネスチャンスの拡大につながらない。それだけにNTTドコモが注力しているのが、スマホを安心して利用できる環境づくりである。
現在、同社はドコモショップでスマホの使い方を学ぶ「スマホ教室」に力を入れており、利用者は累計400万人を突破した。最近はメルカリと共同でメルカリの使い方を学ぶ教室を実施するなど、スマホ上のサービス利用拡大に向けた取り組みに熱心だ。さらに今回の発表会では、インターネットサービスの利用に不安がある人に向け、「ネットトラブルあんしんサポート」を用意したのに加え、生体認証によってdアカウントの認証時にパスワード入力を不要にした「dアカウントパスワードレス認証」の提供を打ち出している。
吉澤社長が今回の端末ラインアップを「4Gの集大成」と打ち出した背景に、“5Gの夜明け前”になんとかレイトマジョリティー層を4G、そしてスマホへ移行させておきたいという思いが透けて見える。19年10月に電気通信事業法が改正され、スマホの値引き販売が難しくなっている今、既存顧客の底上げでビジネス拡大を狙うのは、一見すると地味だが、非常に理にかなった戦略といえるだろう。
(写真/佐野正弘)