任天堂の最新ゲーム機「Nintendo Switch Lite」。2019年11月15日には「ポケモン」シリーズ最新作を投入し、販売を加速している。一見「Nintendo Switch」を小さくしただけのようなこのマシン。だが、筆者は同社の販売戦略を転換する鍵と見る。その理由とは?
Nintendo Switch Liteは19年9月20日に発売された。同製品はNintendo Switchの販売も底上げし、任天堂の発表では両モデル合わせた国内累計販売台数が19年11月3日時点で1000万台を突破した。
従来モデルよりもワンサイズ小さいこのマシン。これから筆者が読み取るのは、「そろそろご家庭に2台目のNintendo Switchはいかがですか?」という任天堂からのメッセージだ。
小さい子供の“自分用”Switch
今や、子供が1人1台の携帯ゲーム機を所有しているのは珍しいことではない。兄弟姉妹が1台ずつ「Nintendo 3DS」を持っているという家庭は多いだろう。Nintendo Switch liteは、まさにこのポジションを狙って投入されたゲーム機だ。
17年3月に発売された従来のNintendo Switchも持ち運びが可能で、携帯ゲーム機として楽しむことはできる。だが、いざ持ち歩いてみると、いくつかの欠点に気づくはずだ。ひとつは重量。大人には負担にならないが、小さな子供たちには重過ぎる。また2万9980円(税別)という価格も、据え置きゲーム機としてはお手ごろだが、兄弟姉妹に1台ずつ買い与えるゲーム機としては高すぎるのである。
Nintendo Switch Liteは、それらの欠点が解消されている。Switchと全く同じ性能を備えつつも、画面サイズは6.2インチから5.5インチへと小さくなり、重量は398gから275gへと大幅に軽量化された。一方でテレビへの接続機能は削除され、Nintendo Switchの特徴の1つだったコントローラーの取り外しもできなくなった。これにより価格を1万9980円(税別)まで下げ、小さな子供が自分用に持つゲーム機としてふさわしい商品に仕上げられている。
こう見ると、Nintendo Switch Liteは単にSwitchの小型版、廉価版であるように思えるかもしれない。だがその裏にはNintendo Switchブランドの再定義と、複数台の普及という新たな戦略が垣間見えるのである。
3年前から続けられた周到なイメージ戦略
この戦略は、Nintendo Switchが発売された約2年半前から周到に練られていたものと筆者は考えている。
これまで放映されたNintendo SwitchのテレビCMを思い出してほしい。テレビの前で、みんなでわいわいと同じゲームで遊ぶ姿ばかりが印象に残っていないだろうか。
もしそうなら、それこそが任天堂の戦略に乗せられている証左だ。16年の発売時に行われた発表会でも、任天堂はかなり意図的に「これが任天堂の新しい据え置きゲーム機です」と発言した。手に持って遊ぶ「携帯モード」も紹介していたが、その後の約3年間、1人で手元の画面を見つめ、コツコツとゲームを楽しむようなユーザーイメージはCMなどでも打ち出していない。「携帯ゲーム機ではなく据え置きゲーム機」「1人ではなくみんなで遊ぶマシン」という印象をアピールし続けてきたのである。
これは前機種である「Wii U」が、決して成功とは言えない普及台数に終わったことが影響しているだろう。任天堂は、据え置きゲーム機市場で揺らいでしまったブランドイメージを回復するためにも、「これはすごい据え置きゲーム機だよ」と強調する必要があった。マシン発売と同時に、「ゼルダの伝説」や「マリオ」といった人気シリーズの大作ソフトを一気に投入したのも、そのためだったと言っていい。
加えて、16年当時は、まだ携帯ゲーム機のニンテンドー3DSがバリバリの現役マシンだった。そちらの市場を侵食しないよう、手元の画面を見てコツコツ遊ぶタイプのソフトをNintendo Switch向けに投入するのは意図的にセーブしたという側面もあったはずだ。
つまり任天堂は、ニンテンドー3DSの位置づけを保ちつつ、一方でNintendo Switchがテレビ画面の前でみんなで楽しむゲームであることをアピールし続けて、まずはNintendo Switchをリビングルームに普及させることに注力したのである。
Switchはニンテンドー3DSの後継機になる
しかし19年夏、ニンテンドー3DSがついに終焉(しゅうえん)を迎えようとしている。新作ソフトの発売予定カレンダーは白紙になり、今のところ発売される予定はない。1989年に「ゲームボーイ」を発売して以降、任天堂が30年にわたって継続してきた携帯専用ゲーム機のビジネスが幕を閉じようとしている。
それと入れ替わるように発売されたのがNintendo Switch Liteだ。多くの家庭に1台目のNintendo Switchが普及したタイミングで、任天堂は「実はNintendo Switchはニンテンドー3DSの後継機となる携帯機でもあるんですよ」と再定義し、「どうぞ持ち歩いて遊んでください」と提案してきた。「Switchは重いという⽅には、個⼈⽤の携帯版Switchもご用意しました。いかがですか?」と言わんばかりにNintendo Switch Liteを追加したのである。
Nintendo Switch Liteと同時に発売されるソフトに選ばれたのが、ゲームボーイの古典的名作『ゼルダの伝説 夢を見る島』のリメーク版であるのは、なんとも示唆的だ。「これまではテレビ画面で楽しむタイプのゲームを中心にそろえてきたけれど、これからはどこにでも持ち歩いて1人でコツコツ遊べるゲームをNintendo Switchのラインアップに加えていきますよ!」という任天堂の挨拶ではないだろうか。
さらに2019年11月15日には「ポケットモンスター」シリーズの新作『ポケモン ソード・シールド』が登場。20年には「どうぶつの森」シリーズの新作が発売される。ニンテンドーDSで世代を問わず大ヒットした「脳トレ」シリーズの最新作『脳を鍛える Nintendo Switchトレーニング』も19年12月に発売予定だ。任天堂は、せきを切るかのように1人で遊ぶタイプのソフトをNintendo Switchに投入してくる。
長年の2ブランド体制がついに終了
今回の出来事をビジネス的に見れば、ゲームボーイ以来、任天堂が続けてきた2ブランド体制の終了という分析も成り立つだろう。
これまでの任天堂は、据え置きゲーム機と携帯ゲーム機の市場に異なるブランドのマシンを同時に展開し、それぞれに勝負を挑んできた。これはリスク分散としても効果的だった。据え置きゲーム機市場に投入したすべてのマシンがヒットしたわけではないが、それでも任天堂のブランド力が落ちなかったのは、携帯ゲーム機において無類の強さを発揮してきたからだ。
しかしスマートフォン向けゲームが隆盛の中、携帯ゲーム機市場そのものはもはや安泰ではない。また、携帯ゲーム機は長きにわたり資金力のない開発者のための入り口であり、新規参入企業の挑戦の場として機能していたが、それもNintendo Switchがインディーズゲームの開発者に広く門戸を開いたことでカバーできるようになってきている。
そういった時代の変化に合わせ、ついに任天堂は据え置きと携帯のマシンを統合する判断をした。Nintendo SwitchとSwitch Liteでは、後者の方がより携帯に特化しているという違いはあるものの、プレーできるゲームは基本的に同じ。リスクが増えることは覚悟の上で、据え置きと携帯の双方の市場に同じマシンを投入し、その上で一家に1台から1人1台にNintendo Switchを拡大、普及させようとしているのである。
Nintendo switch Liteが抱える懸念
懸念があるとしたら、1万9980円というNintendo Switch Liteの価格だ。Nintendo Switchより1万円安くなってはいるが、これでも高いという声はあるはずだ。任天堂の歴代の携帯ゲーム機の発売当時の価格は以下の通りだ。
ゲームボーイ 1万2500円
「ゲームボーイカラー」 8900円
「ニンテンドーDS」 1万5000円
「ニンテンドー3DS」 2万5000円(発売半年後に1万5000円に改定)
こうしてみると、1万5000円が一つのラインだったと言える。唯一の例外であるニンテンドー3DSは、発売から半年という異例の早さで1万円の値下げを断行した(注:ゲーム機の大型化などでバリエーションを増やした結果、1万5000円を超えた機種はある)。
Nintendo Switch Liteの1万9980円という価格は、これまでの機種と比べても高額だ。小さな子供に買い与えるにはちょっと高すぎと感じる家庭もあるだろう。さて市場はどう反応するか。年末商戦が楽しみだ。