地方では今、地域密着型のeスポーツイベントを盛り上げようという動きが活発化している。その中心にいるのは、行動力と発案力、実行力のあるリーダーだ。温泉という地元の資産を組み込み、大人から子供まで参加できるイベントを目指す大分県で、大分県eスポーツ連合の会長を務める西村滉兼氏を取材した。

別府国際観光港さんふらわあフェリー乗り場の2階で開催された「BEPPU ONSEN LAN(別府温泉LAN)」。初開催にもかかわらず、予想を超える成功を収めた
別府国際観光港さんふらわあフェリー乗り場の2階で開催された「BEPPU ONSEN LAN(別府温泉LAN)」。初開催にもかかわらず、予想を超える成功を収めた

国内有数の温泉地で「BEPPU ONSEN LAN」開催

 国内におけるeスポーツシーンで大分県の名前を一躍有名にしたのが、2019年3月に2日間にわたって開催された「BEPPU ONSEN LAN(別府温泉LAN)」というイベントだ。別府国際観光港さんふらわあフェリー乗り場の2階に設けたイベント会場に、参加者自身が家庭用ゲーム機やゲーミングPCを持参して、思い思いのゲームで夜通し遊ぶ。「LANパーティー」と呼ばれるタイプの催しだ。プロeスポーツチーム「花天月地」が参加してのゲーム大会なども行った。

 入場料は大人が1800円、高校生・学生が1000円。ゲームプレー用のモニターが付いた特別席は8000円という設定だった。だが、当初の予想を超える136人が参加。中でも「15席くらい売れればいいよね」と話していた特別席30席が2日で完売したのには主催者も驚いたという。

 BEPPU ONSEN LANが話題になった理由は、ただのゲームイベントに終わらなかったことだ。会場にはゲーム環境以外に、8人用の足湯の浴槽を2つ設置し、浴衣のレンタルも実施。「おんせん県」を標榜する大分、それも有名温泉街である別府ならではの仕掛けをいくつも盛り込んだ。

 最近は、若者に対する集客性の高さなどから地方創生の足掛かりとして期待されることも増えてきたeスポーツおよびゲームイベントだが、ここまで地域色をはっきり出して成功した例は少ない。

別府市宣伝部長を務めるゆるキャラ「べっぴょん」も参加。子供を連れたファミリー層も多く見られた。チケットを購入した大人1人につき、小中学生3人まで無料で入場できるという施策が奏功した
別府市宣伝部長を務めるゆるキャラ「べっぴょん」も参加。子供を連れたファミリー層も多く見られた。チケットを購入した大人1人につき、小中学生3人まで無料で入場できるという施策が奏功した

徒手空拳の会社員が大分支部を設立

 このイベントを仕掛けたのが、大分県eスポーツ連合の会長を務める西村滉兼氏だ。西村氏が同連合の前身となる大分県eスポーツ協会を立ち上げたのは16年8月のこと。アクションシューティングゲーム『オーバーウォッチ』(米ブリザード・エンターテイメント)に熱中していた同氏は、ネットで情報を追っていて海外では「eスポーツ」というムーブメントがあることを知る。

大分県eスポーツ連合の会長を務める西村滉兼氏。「職場の理解をいただいて金曜日は連合の活動に充てています」。月~木は会社員として、金~日はeスポーツ連合会長として忙しい日々
大分県eスポーツ連合の会長を務める西村滉兼氏。「職場の理解をいただいて金曜日は連合の活動に充てています」。月~木は会社員として、金~日はeスポーツ連合会長として忙しい日々

 日本には感じられないeスポーツの盛り上がりとその熱量の高さに衝撃を受けた西村氏は、国内の情報を探し、日本eスポーツ連合(JeSU)の前身である日本eスポーツ協会(JeSPA)のウェブサイトに行き着いた。同団体に問い合わせたのを機に、支部の1つとして大分県eスポーツ協会を発足することになった。

 ただ、西村氏の本業は会社員。機材もなく、サポートしてくれる仲間もいない。九州でもゲームメーカーなどが主導するイベントはあるが、たいていは福岡県内が会場になる。地域によってはゲームショップを起点にゲームユーザーをつなぐコミュニティーもあるが、大分には見られなかった。「その時点での仲間は小学生の息子くらい」と西村氏は苦笑する。

 だから「最初は大会どころの話ではなかったですね。時間もお金もない中で、まずは対戦交流会のような形で、ゲーム好きが集まるコミュニティー作りを始めました」(西村氏)。

 最初に使用したゲームタイトルは、コレクティブルカードゲームの『ハースストーン』(米ブリザード・エンターテイメント)。スマートフォンでもできるので、機材が不要だったのが主な理由だ。Twitterで開催を告知したところ、台風に伴う雨が降る中、十数人が集まった。その後もさまざまなタイトルを試しながら運営方法を試行錯誤した。

大分eスポーツ協会発足直後に開催した初のイベント。『ハースストーン』の対戦交流会だった
大分eスポーツ協会発足直後に開催した初のイベント。『ハースストーン』の対戦交流会だった

ゲームイベントには県外からも集客できる

 転機が訪れたのは18年6月、大分市内のコワーキングスペースを会場に開催した「大分GAME PARTY」だ。『ドラゴンボール ファイターズ』『鉄拳7』(いずれもバンダイナムコエンターテインメント)、『ストリートファイターⅤ』(カプコン)、『餓狼伝説スペシャル』(SNK)という4つの対戦格闘ゲームで開いたこのイベントには、約70人が参加した。プレスリリースを配布したことで県内のメディアに取り上げられ、認知度向上のきっかけにもなった。

2018年6月の「大分GAME PARTY」。イベント運営に慣れた様子が伝わってくる
2018年6月の「大分GAME PARTY」。イベント運営に慣れた様子が伝わってくる

 この段階でもメーカーによる機材提供などは得られておらず、ゲーム機などは有志による持ち込み。窮状は変わっていない。だが、西村氏はこのイベントで1つの発見をしたという。独自の企画をしっかりと立て、広く告知すれば、県外からも人を呼べるということだ。

 ゲーム好きなら分かるだろうが、取り上げた4タイトルのうち、『餓狼伝説スペシャル』だけが異色だ。他の3つが現行タイトルなのに対し、1993年リリースととても古いのだ。

 「選出理由は運営者側の世代による好み。『昔のゲームの良さを知るのもいいよね』とノリで加えてしまった」(西村氏)。ところが、この『餓狼伝説スペシャル』を目当てに、徳島県や大阪府といった県外からも参加者が集まった。

 これ以降、西村氏はゲームを自分が愛する地元・大分県の振興にも生かせないかと考えるようになる。その結果、とった行動が別府市の長野恭紘市長宛てにメールを送ること。それも複数回。それを機に連絡してきた別府市観光課に相談し、それが大分県内で初の大型ゲームイベントとなったBEPPU ONSEN LANにつながっていくのである。

「大分GAME PARTY」のチラシ。ゲーム好きから見ると、4タイトルの中で『餓狼伝説スペシャル』がひときわ目立つ
「大分GAME PARTY」のチラシ。ゲーム好きから見ると、4タイトルの中で『餓狼伝説スペシャル』がひときわ目立つ

さまざまな観点からイベント開催地として別府を想定

 ところで、西村氏は大分市在住。なのになぜ別府市にアプローチしたのか。それにはいくつかの理由があった。

 まず大分県の持ち味を考えた時、何より強いのは「おんせん県」というイメージだということ。イベントに独自色を持たせるなら、温泉地として知られる湯布院か別府。ゲームイベントの客層との相性は、高級感のある湯布院より別府がよさそうだ。

 「しかも、別府にはイベント開催地として優れた点がいくつもある」と西村氏。大分駅や大分空港から近く、駅周辺が温泉地として栄えているため、交通の便がいい。海外からの観光客が多い上、立命館アジア太平洋大学(APU)があるので外国人留学生も多い。外からの文化を受け入れる土壌が整っているのだ。

 また、長野市長はサントリーコーヒー「BOSS」の温泉プレゼントキャンペーンに自ら「湯Tuber」として“湯情出演”するなど、目新しい活動に積極的だ。「eスポーツをはじめとするゲームイベントにも共鳴してくれるはずと勝手に思い込んでいた」(西村氏)。

 BEPPU ONSEN LANが実現した背景には、西村氏のこうした見立てがあった。もう一つ、同氏が重視したのが、子供から大人まで、幅広い層が楽しめるイベントにすることだった。

 西村氏は「eスポーツの要素は入れたいけれど、ガチガチな競技色が出るのは避けたかった」と思いを語る。このため、事前登録や厳密なレギュレーションは廃し、気軽に参加できる方法を模索した。

別府温泉LANでは、浴衣のレンタルや足湯の設置など、別府ならではの特色を盛り込んだ
別府温泉LANでは、浴衣のレンタルや足湯の設置など、別府ならではの特色を盛り込んだ

交流会やサッカー協会との連携で母数増やす

 BEPPU ONSEN LANの成功を受けて、今後はイベントの規模を拡大していくのか。その質問に西村氏は「必ずしもそうではない」と答えた。重要なのは、eスポーツを大分の地に根付かせること。それには、大規模イベントだけでは不十分だ。

 「BEPPU ONSEN LANは年に1回程度はやっていきたい。ただ、並行して小規模な対戦会や交流会も積極的に続けていきます。規模が大きいゲーム大会に来るのはコアなファンが中心。でも、ゲームやeスポーツを大分に根付かせるには、もっと幅広く人を取り込まないと。プロを目指したり大会に行ったりするほどではないけれど、競技としてゲームを楽しみたいという人に参加してもらいたいんです」と西村氏は語る。

 このため、大分県eスポーツ連合ではさまざまなゲームタイトルの対戦会、交流会を、多い時は週に2~3回のペースで開催している。

 また、地元サッカー協会と連携した活動にも取り組む。実は西村氏、19年5月に大分県サッカー協会の理事に就任した。「なぜeスポーツ団体の会長が、フィジカルスポーツの団体理事に?」と疑問も湧くが、そこには第74回国民体育大会(茨城国体)の文化プログラムとして開催された「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」が関係している。競技タイトルの1つにサッカーゲーム『ウイニングイレブン 2020』が選出されたことで、予選運営や選手強化などで県サッカー協会と連携することになったのだ。

 大分は、JリーグJ1の大分トリニータもある。県サッカー協会としては、サッカーゲームによってリアルなサッカーファンを開拓したい。そのため、これを機に内部にeスポーツ委員会を設置し、西村氏を招へいしたのだ。

 「九州で唯一、国際Aマッチが開催できるサッカースタジアムがある。そうした下地を生かしワールドクラスの何かをやりたい」と西村氏。海外のプロeスポーツチームの合宿招致や国内チームとのエキシビションマッチなどができれば、国内外のファンを大分に呼べるかもしれないと考えている。

「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」に出場した、大分県代表選手たち。一般の部は予選敗退、少年の部は決勝1回戦敗退となったが、出場した選手たちは満足感を得られたよう
「全国都道府県対抗eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」に出場した、大分県代表選手たち。一般の部は予選敗退、少年の部は決勝1回戦敗退となったが、出場した選手たちは満足感を得られたよう

企業の協力を取り付けることが今後の課題

 少子高齢化や人口流出が進む地方では、県外からの人の誘致は喫緊の課題だ。その一環で、eスポーツに期待する動きも出てきた。eスポーツと他のスポーツや観光資源の集客力を単純に比べれば、まだまだ小さい。だが、従来とは全く異なる層にアピールできれば、集客の上積みを見込める。そのためにも「選手やチーム、地元企業、自治体が一緒になって作り上げようという姿勢が必要」と西村氏は主張する。

 今後は自治体に加え、企業を巻き込んでいく考えだ。「その土地で開催するからこその魅力がなければ、飽きられる。BEPPU ONSEN LANも、ただ温泉地で開くだけのイベントにはしたくない」と西村氏。別府温泉名物の地獄巡りに引っかけて地獄が関係するゲームばかりをテーマにしたり、温泉につかってゲームが楽しめるようにしたり、地域のグルメを味わうツアーバスを用意したり、国内各所にある有名温泉地対抗のゲーム大会を開催したりと、アイデアは尽きない。

 いずれ県内屈指の規模を誇るイベント会場、別府国際コンベンションセンター(通称「ビーコンプラザ」)をeスポーツファンでいっぱいにできたら――西村氏は協力者たちとはそんな目標を掲げている。

「サッカーはもちろん、サッカーゲームの経験もほとんどなかったのに県サッカー協会の理事になるなんて思っていなかった」という西村氏
「サッカーはもちろん、サッカーゲームの経験もほとんどなかったのに県サッカー協会の理事になるなんて思っていなかった」という西村氏

(写真/稲垣宗彦、写真提供/西村滉兼氏)

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