徐々に裾野を広げるeスポーツ。大都市圏でゲームメーカー主導の大型イベントが開催される一方、地方では今、ゲームファンが立ち上げたeスポーツ大会が根付きつつある。代表格は富山県。自身もゲーマーである堺谷陽平氏らが立ち上げたイベントが地元企業や団体を巻きこんで存在感を見せている。
2016年12月から定期的に開催されている「ToyamaGamersDay」(TGD)は、富山県eスポーツ連合が手掛けるゲームイベント。予算5万円で始まったイベントは年々拡大し、8回目となる2019年9月のTGD2019は、県内最大級のイベントホールである高岡テクノドーム(高岡市)をメイン会場に、新川文化ホール(魚津市)、クルン高岡地下街(高岡市)をサテライト会場にするまでに成長した。
会場の規模もさることながら、協賛企業の顔ぶれにも目を見張る。住宅リフォーム業のケンケン、コンテナの店舗を並べた飲食スペース「あまよっと横丁」(CANTEEN STATION)、北陸コカ・コーラボトリング、北陸銀行といった地元にゆかりのある企業のほか、ゲーミングPCブランドの「GALLERIA」(サードウェーブ)、アイ・オー・データ機器などのゲーム周辺機器メーカー、さらにはNTTドコモまで、26の企業・ブランドが並ぶ。
富山県eスポーツ連合を主導する堺谷陽平氏によれば、規模拡大の契機になったのは18年9月の第6回だ。100人に満たなかった参加者数が一気に250人を突破。共催として地元の富山テレビ放送が名乗りを挙げた。地方企業がeスポーツイベントに乗り出すのはまだ珍しく、「TGDにとっても富山テレビにとっても初めて尽くし」だったという。だが、「イベント運営に手慣れたテレビ局事業部の協力を得たことで、イベントとしての体裁が整いました」と堺谷氏。同年12月開催の第7回では、参加者も約720人に増えた。
良好な関係は現在も続いており、TGD2019の実行委員会は、富山県eスポーツ連合、富山県、富山テレビ放送で構成する。共催には高岡市と魚津市、後援には両市の商工会議所や観光協会、総務省北陸総合通信局などが名を連ねた。「若い世代の流出が激しい地方では、若い人が楽しめる場があることが価値。そう評価している企業や団体が協力してくれます」(堺谷氏)。
地元のゲームコミュニティーが活動の要
地方初のeスポーツイベントの先進例と言われるTGDだが、「こうしたイベントを開催するうえで非常に重要なのは、地元に根差したゲーム関連コミュニティー」と堺谷氏は語る。同氏によると、富山県には20~30人のゲーム関連コミュニティーがいくつもあり、それぞれが小規模なイベントを開催したり交流したりしてきた。「これらのコミュニティーを核に僕たちは活動してきた」(堺谷氏)という。
そもそも富山県eスポーツ連合自体、堺谷氏を中心としたゲームコミュニティーがベースだ。一時、大阪や東京でIT関連の仕事をしていた同氏は、富山に戻った後、竹林を整備し竹炭を作るNPOの活動をボランティアとして手伝っていた。その時、縁あって知り合った人から高岡駅近くにある雑居ビルの一室を格安で借りたのがきっかけなのだ。
ホストクラブだったその部屋を借り、内装はそのまま、これまた格安で買った50インチテレビを持ち込んで、堺谷氏は「JOYN(ジョイン)」という店を始める。16年1月のことだ。週末の3日間だけ店を開け、仲間を集めてゲーム大会を開いた。「ゲーム機やPCをそろえるお金はなかったから、『Shadowverse(シャドウバース)』(Cygames)と『ハースストーン』(米ブリザード・エンターテイメント)などのスマホゲームから始めました。これらのゲームは、IPホルダーが小規模の大会をサポートするシステムを用意しているので、やりやすかったですね。ゲーム大会といっても最初は2~3人しか来ない状態で、そこから試行錯誤を重ねていきました」(堺谷氏)。
16年10月に開催された『シャドウバース』の大会では参加者が急増し、会場を高岡駅構内の地下通路の一角に移す。時期を前後して、日本eスポーツ協会(JeSPA)の支部となる富山e県スポーツ協会を設立。後に同協会が日本eスポーツ連合に合流・解散したのに伴い、現在の富山県eスポーツ連合となった。
その過程でも、ゲームコミュニティーを通じて知り合った仲間が力を貸した。「TGDは今でこそ自治体やテレビ局の協力を得られているけれど、初期の予算はたった5万円。1日数千円で公民館などを借り、知り合いから借りたり参加者に持ち込んでもらったりして機材をそろえたんです」(堺谷氏)。TGDは、地元のコミュニティーと共に作り上げてきたイベントなのだ。
プレーヤー層に合わせたイベントを展開
今後、ゲームやeスポーツの楽しさを知る人を増やし、その裾野を広げていくために、堺谷氏が重要視しているのが、個々人のゲームに対するスタンスの違いだ。例えば、ゲームを遊ぶ人の中でも結果にこだわる人と、カジュアルに楽しみたい人との間には温度差がある。ゲーマーとゲームを遊んだことのない人とでは、その差はさらに顕著だ。「その人たちが一緒にゲームを遊んでも、楽しくないんじゃないかと思うんです。それなら、それぞれに向けた場を同時に広げていかないといけない」(堺谷氏)。
ゲーマー向けのイベントとしては、TGDのほかにも、県内のゲームコミュニティーによる合同対戦会などを開いている。富山県eスポーツ連合が会場を用意し、各テーブルに『大乱闘スマッシュブラザーズ』や『ぷよぷよ』『ストリートファイターⅤ』といったタイトルごとのゲームコミュニティーを割り当てる。そして、それぞれにゲーム機を持ち込んで、大会を開くなど自由に楽しんでもらうといった具合だ。
一方で、ゲーマー以外の一般に向けたイベントであれば、1日の来客数が2万人を超えるような大型ショッピングモールを会場に選び、富山県出身のプロeスポーツ選手を呼んだエキシビションマッチなどを開催する。目に付きやすい場所で、気軽に参加し、ゲームへの興味を抱いてもらえるようにするためだ。
開催場所を変え、地域密着のイベントを心がけるTGD
もう1つ、重視しているのが地元企業との連携だ。例えば17年4月の「TGD2017 Spring」は、富山県砺波市の若鶴酒造の大正蔵で開催。堺谷氏の「富山という地元密着でやるからには、いろんな場所を会場に使いたい」という思いがあってのことだ。
また、同年8月の「TGD2017 SUMMER」では、優勝者に高岡銅器の職人が手作りした特製メダルを用意した。伝統産業が少しずつ下火になっていく中で、古くから知られる高岡の職人さんの技術の高さを伝えようと、クラウドファンディングで資金を集め、鋳物製作の道具(富山県高岡市)にメダル制作を依頼したのだという。
「職人さんと相談し、銅ではなくあえて真ちゅうで3個作りました。素晴らしいメダルが完成したけれど、1個5万円ほどかかってしまって。これって第1回TGDの大会予算と同額。当時の僕らには高すぎましたね」と苦笑する。
お小遣いを賞金にゲーム大会を開いた十代
ところで、堺谷氏がeスポーツイベントを開き、富山県eスポーツ連合を設立するに至った理由は何か。聞いてみると、そこには十代のころの経験があった。
19年で30歳になる堺谷氏。もともと「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」などのRPGよりもFPS(First Person Shooter)、特にオンラインゲームが好きだったという。「FPSはNINTENDO64の『ゴールデンアイ007』に始まり、中学生になるとオンライン対応のPC向けタイトルにはまりました」(堺谷氏)。誰かの家などに集まらないとできなかった対戦が、インターネット越しに世界中の人といつでもできることが楽しかった。
文字によるチャットやボイスチャットでコミュニケーションを取りながらプレーできる点も堺谷氏を夢中にさせた。中でも韓国Dream Executionが開発した『War Rock』というゲームでは、祖父からもらったお小遣いをWebマネーに変え、それを“賞金”にゲーム大会を開催していたという。当時、ゲーム大会というものはメーカー主催でさえほとんど存在せず、「モチベーションを保つためには自分で開くしかなかった」のだそうだ。
こうした活動は徐々に本格化し、11年ごろには「コール オブ デューティ」の対戦コミュニティーを作ってスポンサー企業をつけ、ほぼ毎月ゲーム大会を開催するに至る。だが、「当時はeスポーツが仕事になるなんて全く思っていなかった」(堺谷氏)。このため、eスポーツに本格的に取り組むまでは、前述のように大阪や東京での就業、富山県のNPOでの竹林整備ボランティアなどを経ることになる。
この頃の経験は、今も堺谷氏の活動のベースにあるようだ。原点となったJOYNのオープンにしても、現在に続くTGDのイベントにしても、同氏のイベント運営は「お金がない中でどう実行するか」という姿勢が一貫している。
「最近は地方の活性化でeスポーツを活用したいという相談をよく受けますが、最初に言うのが『お金にはならない』ということです。特に地方ではマネタイズがどうなんて言える時期ではない」(堺谷氏)。
その一方で地方ならではの利を生かせるのが会場費の安さだという。「例えば、16年に高岡駅構内で開催した『シャドウバース』のイベントは、会場費込みで1万円程度。探せば公民館や企業のホールなど、安く借りられる会場はいくらでもあるんです」(堺谷氏)。
資金力の不足をアイデアと人脈、そして実行力で補うのが堺谷氏のスタイルだ。「僕はかつて大阪や東京などの大都市にあこがれた。でも『そこにしかないものの魅力』は都会よりも地方のほうが大きいと気づいたんです。それで地元・富山に戻ってきた。これからも地元の人と協力しながら、土地の強みを取り入れて活動していきます」(堺谷氏)。
(写真/渡辺慎一郎、写真提供/堺谷陽平氏)