パナソニックが「くらしアップデート業」を宣言して約1年。家電製品のみならず関連サービスも提供し、顧客との継続的な接点を構築。新たな事業の柱として育てていくという。2019年10月には食の「くらしアップデートサービス」を開始。同社キーパーソンにその狙いを聞いた。
「過当競争から脱すれば、船は沈まない」
そもそも「くらしアップデート」とは何を意味するのか。それを理解するには、家電業界の現状を把握しておく必要がある。
これまで家電各社は、幅広い顧客をターゲットにした多機能、高性能製品の開発にしのぎを削ってきた。しかし結果的に高価格で使いこなすのが難しい製品が市場にあふれ、多様化する顧客ニーズとのズレが生じていた。
「アップグレード視点の限界ともいえる。そこで原点に立ち返り、お客様一人ひとりに寄り添い、理想の暮らしを実現できるようにと、アップデート視点に変えたのが、この取り組みの始まり」と、パナソニックの「くらしアップデートサービス」をリードする、同社アプライアンス社副社長兼キッチン空間事業部長の堂埜茂氏は説明する。
さらにグローバルな競争が激化し、各社は格安で販売する家電量販店に頼らざるを得なくなった。その結果、苦労して開発した商品でも半年で値崩れするという現状に陥っていた。過当競争と流通が支配する家電販売のビジネスモデルは既にレッドオーシャンと化している。
「そこからいかに脱するのか。家電業界は沈みゆく船なのか。1年半議論した結果、過当競争に巻き込まれず流通構造を変えるビジネスであれば、お客様もメーカーもウィンウィンになり、家電業界の収益性も改善するのではという答えに行き着いた」(堂埜氏)
2025年にサービス事業を収益の柱に
「くらしアップデート」の視点を導入すると、従来のビジネスとは何が大きく変わるのか。キッチン空間事業の場合は、「ターゲット」と「顧客との接点」「提供するもの」の3点に着目した。
これまではできるだけ多くの顧客に共通の価値を提案し、顧客との接点は唯一、購入時だけだった。しかし今後は顧客一人ひとりにちょうどいい価値を提案し、購入以降も継続的な接点を構築する。提供するものは家電製品だけでなく、さまざまなサービスもプラス。社外パートナーとの共創を積極的に仕掛けて、顧客一人ひとりの豊かな食生活のサポートに取り組むという。
例えば家電製品の使用状況を把握しておけば、よく利用する機能を優先的に配置した家電にアップデートできる。さらに冷蔵庫の食材を把握しておけば、レシピの提案や不足食材の注文、配達サービスをサポートすることも可能だ。そのために必要なIoTやAI(人工知能)の活用も加速していく。食のあらゆる場面で顧客と継続的につながることで、食材の保管管理、食品配送からレシピサービス、調理サポートまで新たなサービスの可能性が広がるというわけだ。
「電化製品が故障したときの保証サービスはこれまで期間も内容も限定的だったが、月額課金にすることで、機器の使いこなし方など専門技術スタッフがかゆいところに手が届くサービスを提供できるようになる」(堂埜氏)
驚くのはサービス事業を3年後に収益化し、2025年にはキッチン空間事業の収益の柱に成長させる構想を描いていることだ。後発ながら、利益全体の3割をサービス事業で構成することをもくろんでいるという。そこでまず食のプラットフォームアプリ「キッチンポケット」を19年9月25日に公開した。
「ヨシケイ」との協業でリカーリングサービス導入
キッチンポケットは顧客とレシピとキッチン家電をつなぎ、メニューの提案から調理のサポート、食材の注文・配送まで、ライフスタイルに合わせて食の暮らしを支援するアプリ。キッチン家電との連携により食材の買い物リストを自動生成するほか、対応製品へのメニュー送信も可能になる。さらに14年からサービスを開始し、19年8月末現在300万人が利用するWeb版の「キッチンポケット」を介して顧客同士をつなぎ、キッチン家電の使いこなしまでサポートする。「アプリを介して人とレシピとキッチン家電をつなぐことで、日常の悩みを一気に解決できると確信している」と堂埜氏は語る。
キッチンポケットと連携し、購入後も好みの新メニューを増やせる無線LAN対応のスチームオーブンレンジ「3つ星ビストロ」の新製品も19年10月21日に発売する。アプリから最新レシピや旬の食材を使ったメニューなどを送信して本体に保存できるほか、アプリのユーザー同士でレシピや機器の使い方のお悩み解決といった情報を交換できるのが特徴だ。
料理の下ごしらえ代行サービスとして外部パートナーと連携し、「ビストロ」の機能を活用した専用ミールキットも開発した。今回、食材宅配業界10年連続トップのヨシケイグループのヨシケイ開発との協業を開始。「中骨取ったさんま」や「横浜大飯店監修回鍋肉」など、手間がかからず時短とおいしさを両立したコラボメニューを10月から発売した。ヨシケイのアクティブユーザー数は約50万世帯。全国で約4100人のスタッフがユーザー宅に直接届けるという「ラストワンマイルを構築している強み」を生かす。
仕組みはキッチンポケットのアプリに掲載されているリンクから、ヨシケイのサイトにアクセスして注文するだけ。売れた分の販売手数料がパナソニックの収益になる。いわゆるリカーリング(継続収益)サービスのビジネスモデルを採用した。
巨大組織のマインドを変えられるか
「サービス事業は物販よりも1軒当たりの利益率が圧倒的に高い。ここに重点を置いて利益率を上げ、物販の収益性も改善していきたい。サブスクリプションでモノを循環する時代は家電にも到来している」と堂埜氏。キッチンポケットを介したこうした取り組みを複数展開することで、利益の3割以上は見込めるという。
「エンドユーザー向けのフリーミアムモデルもあるだろうし、携帯電話のようなフル保証サービスも考えられる。仮にユーザー1人当たり1000円の収益があれば、100万人で年間120億円。キッチンポケットはあらゆるサービスのテーマパーク。夢のような話ではない」(堂埜氏)
オーブンレンジと親和性の高い冷蔵庫やIHクッキングヒーターなど、家電のIoT化も加速する。今後、地方の生鮮スーパーや農家、コンビニなど、サービス事業の共創相手は食のサプライチェーン全体に広がりそうだ。
サービス業にも舵(かじ)を切り始めたパナソニックは、今後ビジネスモデルの転換を図り、収益構造の変革に挑む。ただその道が平たんでないことは想像に難くない。19年4月、5年ぶりに家電部門へ戻ってきた堂埜氏は「アップデートしようというムーブメントは起きつつも、どこまで同じ船に乗れているのかというと、全く乗れていなかった」と振り返る。
さらに堂埜氏は「組織の考え方やマインドをいかに変えられるか。そこに最も腐心し、七転八倒している。現場の責任者全員と面談し、心に響くような対話に努めるなどトップ自ら取り組まないとこの局面は打破できない」と打ち明ける。
モノの製造販売で収益を得るビジネスモデルだけでは、業界トップの巨大企業であっても持続的な収益確保が難しくなりつつある。とはいえ、パナソニックが描くビジョンがどこまで現実になるかは、現場の意識改革に懸かっているといえそうだ。
(写真/橋長初代、写真提供/パナソニック)