2019年9月28日から10月8日まで、茨城県で開催された第74回国民体育大会(以下、茨城国体)。その文化プログラムの目玉に「全国都道府県対抗 eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」が採用された。地方自治体によるeスポーツの全国大会は初のこと。eスポーツは今、地方創生の一助として期待されている。

茨城国体の文化プログラムとして、2019年10月5、6日の2日間で「全国都道府県対抗 eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」が開催された(写真/平野亜矢)
茨城国体の文化プログラムとして、2019年10月5、6日の2日間で「全国都道府県対抗 eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」が開催された(写真/平野亜矢)

 文化プログラムとは国民体育大会(国体)の行事の1つで、文化・芸術面からスポーツや地域の魅力を発信しようというものだ。「全国都道府県対抗 eスポーツ選手権 2019 IBARAKI」(以下、全国eスポーツ選手権)以外にも、展覧会やマラソン大会、花火大会、音楽フェスティバルなどのさまざまな行事が、茨城県内各所で年末まで行われる。全国eスポーツ選手権はその中でも目玉扱いだ。

 開催のきっかけについて、茨城県国体・障害者スポーツ大会局 総務企画課 広報グループの大瀧智之係長は「文化プログラムは、展覧会など美術・芸術関連をメーンに据えることが多い。だが、それとは別に、茨城県を盛り上げられるようなもっと面白いことはないものかと探していた」と語る。

 背景にあるのは「県の魅力が乏しい」という茨城県の深い悩みだ。

 「都道府県には何かしらの目玉があるものだが、茨城県はそこが弱い。“都道府県魅力度ランキング”などでは最下位争いの常連で、魅力に乏しいと言われてしまう。そこで着目したのがeスポーツ。茨城県にはつくば市という先端技術のイメージを持つ学術都市があり、東京・秋葉原と直結した鉄道路線もある。都心からのアクセスも悪くない。eスポーツとの親和性が高いのではないかと考えた」(大瀧氏)

 当初は数ある文化プログラムの1つという扱いだったが、大手IT企業に勤めた経歴を持つ大井川和彦県知事の強力な後押しもあって、目玉事業に昇格。全国規模の大会に取り組むことになった。

 19年3月からは『eFootball ウイニングイレブン 2020(ウイイレ2020)』『グランツーリスモSPORT』『ぷよぷよeスポーツ』の3タイトルの予選を全国で開催。一般の部と少年の部を勝ち上がってきた各県の代表選手が、10月5日、6日の2日間、頂点を目指して競い合った。

eスポーツで茨城県と国体をアピール

 実は、国体の文化プログラムにeスポーツが採用されるのは、これが初めてではない。17年の愛媛県、翌18年の福井県でもeスポーツ大会は行われている。しかしいずれも企業主導で、県内で参加者を募って開催した小規模なものだった。今回話題を集めているのは、地方自治体主導による全国大会の開催が初めての試みだからだ。

 「開催を検討していた当初はゲームの大会が競技として成り立つのかを疑問視する声もあった」と大瀧氏は振り返る。だが愛媛県での様子を見て「相互にコミュニケーションを取り、チームワークを発揮して競い合うなど、従来のスポーツ同様、競技としての要素を十分に備えている」と感じ、これならできると確信したという。

 タイミングも良かった。世界的なeスポーツの盛り上がりが日本に波及し、18年2月には日本eスポーツ連合(JeSU)が発足した直後だ。JeSUに開催の相談をもちかけたところ、競技に使うゲームの選択や開催ノウハウの提供といったサポートを受けられることになり、18年5月の開催発表に至った。

2018年9月にJFAハウス(東京都文京区)にて行われた共同記者発表会。JeSU会長の岡村秀樹氏(左)、茨城県知事の大井川和彦氏(中央)、日本サッカー協会会長の田嶋幸三氏(右)
2018年9月にJFAハウス(東京都文京区)にて行われた共同記者発表会。JeSU会長の岡村秀樹氏(左)、茨城県知事の大井川和彦氏(中央)、日本サッカー協会会長の田嶋幸三氏(右)

 大瀧氏は、「eスポーツがこれから盛り上がっていくタイミングで発表できたことは幸運。20年の東京オリンピック・パラリンピックに先んじて開催することで、茨城をアピールできる」と見る。

 実際、国体に付随する形でeスポーツ大会が開催されることのインパクトは大きく、その効果は国体、さらには茨城県全体に及んでいる。「国体は毎年開催されるが、地元以外で大きく報道されることは少ない。だが、eスポーツの全国大会をすることで注目され、マスコミからの取材が大幅に増えた。eスポーツが茨城県や国体そのものの認知向上に役立った」(大瀧氏)というのだ。

見やすさと地域性で「ウイイレ」などを採用

 文化プログラムの競技タイトルに『ウイイレ2020』『グランツーリスモSPORT』『ぷよぷよeスポーツ』を採用したのは、観戦者にとっての見やすさや分かりやすさに加え、スポーツ文化や郷土文化などをテーマとする文化プログラムの趣旨に沿うことを基準にした結果だ。

 例えば、前述の愛媛国体の文化プログラムでは、愛媛県出身の正岡子規が野球と縁深いということで、野球ゲームが選ばれた。茨城県は鹿島アントラーズ、水戸ホーリーホックと2つのプロサッカーチームがあり、サッカーが根付いていることから、サッカーゲームの『ウイイレ2020』に決めたという。『グランツーリスモSPORT』『ぷよぷよeスポーツ』はそれぞれJeSUの推薦を受けて採用した(関連記事「国体で『ぷよぷよeスポーツ』 女性やシルバーにも広げたい」)。

 大会のレギュレーションや運営などは、各タイトルのメーカーと相談しながら決めた。「文化プログラムではあるものの国体の場で大会を行うということで、ゲームメーカーも興味を持ってくれた。“国体”というブランドは非常に強い。参加選手も国体選手になった気分で喜んでくれている」(大瀧氏)。

 大瀧氏は、開催準備や予選の過程でeスポーツの持つ力に改めて気が付いたと言う。例えば、『グランツーリスモSPORT』少年の部(6歳以上18歳未満)の予選では、参加する選手の両親や友達が応援に来ていた。「ゲームというと眉をひそめる人もいるかもしれないが、その様子は少年野球と変わらない。家にこもるのではなく予選会場というオープンな場に集まって対戦するので、対戦相手や応援してくれる両親、友達とのコミュニケーションも生まれる」(大瀧氏)

 『ウイイレ2020』少年の部(高校生)の予選では、参加者が所属するサッカーチームのチームメートが応援する姿が見られた。「リアルでは試合になかなか出られなくても『ウイイレ2020』は得意な子もいるだろう。そうした子がチームの代表として出場し、みんなから応援してもらえるなんてことも起こり得る。国体の命題は県民総参加であり、これまで国体にあまり関係なかったような人たちを引き込めたのは大きい。高齢者や障がい者、女性など、みんな同じ土俵で競える可能性もある」と大瀧氏は語る。

茨城県特別先行予選大会での、『eFootball ウイニングイレブン 2020』少年の部(高校生)予選の様子。サッカーチームから出場した選手を、観客席からチームメートが応援していた
茨城県特別先行予選大会での、『eFootball ウイニングイレブン 2020』少年の部(高校生)予選の様子。サッカーチームから出場した選手を、観客席からチームメートが応援していた

 もちろん、初の試みならではの苦労もある。大会運営費用がかかることや、予選では会場が埋まるほど集客できていないことが問題だ。

 「地元企業を含めてさまざまな企業がスポンサーとして興味を持ってくれているものの、小さい大会でのスポンサー確保は難しい。見せ方も工夫が必要だ。みんなが観戦できる大画面や、巧みな実況・解説がないと盛り上がりにくい」(大瀧氏)

 プレ大会では、自治体初の公認VTuber(バーチャルYouTuber)「茨ひより」をアシスタントMCに起用。好評だったため、大会のイメージキャラクター、本大会2日目の総合MCに抜てきした。

大会イメージキャラクターを務める、茨城県公認VTuber「茨ひより」。本職は茨城県が運営するインターネットテレビ「いばキラTV」のアナウンサー
大会イメージキャラクターを務める、茨城県公認VTuber「茨ひより」。本職は茨城県が運営するインターネットテレビ「いばキラTV」のアナウンサー
2019年9月の東京ゲームショウ2019で行われた本選組み合わせ抽選会では、VTuberをステージに登壇させるのが難しかったため、「茨ひより」に扮したコスプレイヤーが代役を務めた。左からJeSUの岡村秀樹会長、茨城県の大井川和彦知事、コスプレイヤーのもころすさん、茨城国体のマスコットキャラクター「いばラッキー」(写真/稲垣宗彦)
2019年9月の東京ゲームショウ2019で行われた本選組み合わせ抽選会では、VTuberをステージに登壇させるのが難しかったため、「茨ひより」に扮したコスプレイヤーが代役を務めた。左からJeSUの岡村秀樹会長、茨城県の大井川和彦知事、コスプレイヤーのもころすさん、茨城国体のマスコットキャラクター「いばラッキー」(写真/稲垣宗彦)

目指すはeスポーツの拠点

 今回の取り組みを機に茨城県が目指すのは、eスポーツによる県の活性化だ。全国都道府県対抗 eスポーツ選手権の開催を発表してからeスポーツの認知が広がり、県民の機運も高まってきた。これを逃さず、県の産業や文化に波及させていきたいと考えている。

 「茨城県はeスポーツが盛んというイメージを作りたい。プレ大会をきっかけに、eスポーツに興味を持つ地元企業や協力したいという青年会議所などの団体が出てきた。eスポーツは人を集めて地域を活性化し、閉塞感を打破するきっかけの1つになるのではないか」(大瀧氏)

全国都道府県対抗eスポーツ選手権当日、地元の名誉を背負った選手たちが熱い戦いを繰り広げた。『グランツーリスモSPORT』一般の部で優勝した栃木県代表の高橋拓也選手、山中智瑛選手はいずれも海外の大会にも出場するトッププレーヤー。それでも「これまでこういう全国規模の大会はなかった。今までの優勝で一番うれしいかも」(山中選手)と歓喜した(写真/酒井康治)
全国都道府県対抗eスポーツ選手権当日、地元の名誉を背負った選手たちが熱い戦いを繰り広げた。『グランツーリスモSPORT』一般の部で優勝した栃木県代表の高橋拓也選手、山中智瑛選手はいずれも海外の大会にも出場するトッププレーヤー。それでも「これまでこういう全国規模の大会はなかった。今までの優勝で一番うれしいかも」(山中選手)と歓喜した(写真/酒井康治)
『ぷよぷよeスポーツ』一般の部の決勝はJeSU認定のプロ同士の戦いに。優勝は大阪府代表のマッキー選手(左)。負けた神奈川県代表のぴぽにあ選手(右)は、悔し涙を流しながらも笑顔で握手を交わした(写真/酒井康治)
『ぷよぷよeスポーツ』一般の部の決勝はJeSU認定のプロ同士の戦いに。優勝は大阪府代表のマッキー選手(左)。負けた神奈川県代表のぴぽにあ選手(右)は、悔し涙を流しながらも笑顔で握手を交わした(写真/酒井康治)

 今後は、国体に絡んで全国規模の大会を開催した実績を生かし、eスポーツの拠点として同県をブランディングして、関連産業の誘致・創出につなげたいという。そのシンボルとして、常設のeスポーツ競技場を整備し、大会やデモンストレーションなどを開催していきたいという。

 eスポーツを産業や文化として根付かせるための人材育成にも予算を割く。茨城県産業戦略部 産業政策課 コンテンツ産業担当の朝倉健一係長は、「例えば、eスポーツアカデミーの開設などを考えている。今は県立高校にeスポーツ部ができても指導者がいない状況。プレーヤーだけでなく指導者の育成にも注力したい」と言う。eスポーツ関連ビジネスへの参入を考えている企業向けの講座も検討中だ。

 人材のネットワークができれば、そこから新しいビジネスも生まれると期待している。「茨城県は製造業が中心で、コンテンツ産業やサービス産業はあまりなかった。産学官が連携したプラットフォームを設置し、ビジネス参入やイベント開催を支援して、茨城をeスポーツ産業の拠点に育てていきたい」(朝倉氏)。

 それにはeスポーツの波に浮かれることなく、地道に取り組むことが重要だ。「ゲームに対してネガティブな印象を持っている人はまだ多い。ショッピングモールなどでイベントの実績を積み重ねて、eスポーツとはどういうものかを知ってもらい、ファン層を広げる取り組みも推進したい」(朝倉氏)

 国体の文化プログラムという形で、地方自治体による初のeスポーツ全国大会を成功させた茨城県。その成功を地方創生に生かしていけるかどうか、新しいチャレンジが始まっている。

茨城国体では、「ウイイレ2020」で強さを発揮した地元・茨城県が総合優勝をおさめた(写真/平野亜矢)
茨城国体では、「ウイイレ2020」で強さを発揮した地元・茨城県が総合優勝をおさめた(写真/平野亜矢)
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