盛り上がりを見せている高級食パンブーム。街を歩くと店の前に焼き上がりを待つ客の列を見かけることも多くなった。注目を集める高級食パン市場で、後発ながら店舗数を増やしている「銀座に志かわ」。同店の店舗戦略を分析し、急成長の秘密を探る。

焼きたてを購入しようと「銀座に志かわ銀座店」の前に客が列を作る
焼きたてを購入しようと「銀座に志かわ銀座店」の前に客が列を作る

 銀座仁志川(東京・中央)は、高級食パン店「銀座に志かわ」の1号店を2018年9月13日に銀座にオープン。それから約1年後の19年9月末までに24店を展開、10月にはさらに恵比寿店(東京)や宝塚店(兵庫)など6店を追加する。店舗網は、すでに関西や東海、東北から九州・沖縄まで全国規模に広がっている。

 ここ数年急拡大する高級食パン市場をリードしてきたのが、「乃が美」を運営する乃が美ホールディングス(大阪市)と「一本堂」を運営するIFC(東京・新宿)の2社だ。乃が美は2013年10月2日、一本堂は同年3月15日に大阪で創業した。高級食パンブームの波に乗り、19年9月末までに、乃が美は141店、一本堂は123店に拡大した。銀座仁志川は、これら先行企業を猛追している格好だ。

 高級食パンの価格は、1斤300~400円程度。スーパーなどで売られている一般の食パンの価格は1斤100円前後。これだけの価格差があるのに、高級食パンが売れるのはなぜか。各社とも素材や焼き方にこだわり、従来の食パンを上回る味や柔らかさを実現。これを店内の工房で焼き上げて出来たてを提供する。こうした食パンが、手ごろな価格で普段よりもぜいたくな気分を味わえる商品として多くの消費者の支持を得ているからだ。「自分へのご褒美や手土産のニーズを開拓した」と銀座仁志川の技術担当役員、山本厚氏は胸を張る。

に志かわでは、各店舗に工房を設置。客に焼きたてを提供する
に志かわでは、各店舗に工房を設置。客に焼きたてを提供する

 に志かわの食パンは、仕込みにアルカリイオン水を使用している点に特徴がある。アルカリイオン水は、通常の天然水よりもpH値が高く、これまでパンの製造には不向きと言われていた。しかし、同店では、独自のアルカリイオン水を使用することで耳まで柔らかくて口溶けがよく、ほんのりとした甘みのある食パンに仕上げた。価格は1個(2斤分)800円(税抜き)。商品はこの1つだけで、サイズも1種類に限定している。

に志かわの食パンは、耳まで柔らかい
に志かわの食パンは、耳まで柔らかい

手土産用にまとめ買いの客も

 に志かわは、店舗やバッグのデザインによっても手土産ニーズに応えている。まず目に付くのは、のれんだ。白地に墨文字で大きく「食パン」と書かれている一方、店名は細い縦書きの文字で控えめ。まるで、由緒ある和食店のようなたたずまいだ。店内は装飾を極力排除し、白を基調とした清潔な空間に作り上げている。

 商品を入れる紙バッグも白地に店名と屋号の印をプリントしたシンプルなデザイン。「料亭のおもたせ」をイメージして制作したという。さらに、日本らしい手土産の雰囲気を演出できるオリジナルの手ぬぐいも販売している。これは、手ぬぐいの専門メーカー、かまわぬと共同で制作した。

食パンを入れる紙バッグは「料亭のおもたせ」をイメージした
食パンを入れる紙バッグは「料亭のおもたせ」をイメージした

 こうした工夫が効果を上げており、に志かわの販売は好調だ。銀座本店では約200個の事前予約を含めて、1日平均800個を売り上げ、月商は約1900万円に達する。親戚や友人に配るためか、3つ、4つ購入する客が少なくない。こうしたまとめ買いが販売数を押し上げている。

手ぬぐいの専門メーカー、かまわぬと共同で制作したオリジナルふろしきを販売。手土産目的での購入を促す
手ぬぐいの専門メーカー、かまわぬと共同で制作したオリジナルふろしきを販売。手土産目的での購入を促す

 高級食パン店市場には、先述の3社以外にも新規参入が相次ぎ、出店競争が激しさを増している。生き残るためには、品質を維持しつつ、全国に店舗を展開し、高級食パン店としてのブランドをいち早く確立する必要がある。

 銀座仁志川は、直営店は銀座店のみに限定し、加盟店によって店舗を増やす戦略を取っている。現在、各地の企業から加盟店についての引き合いが数多く来ているという。

急成長の鍵はスタッフ育成とサポートにあり

 全国に店舗展開する際に重要な要素は主に2つあると考えられる。1つはスタッフの採用と育成。もう1つは、品質の維持だ。例えば居酒屋などの飲食店では人手不足が深刻で、店舗展開のブレーキになる場合がある。また多店舗になると本部の目が届きにくくなり、商品の品質を維持することが難しくなる。

 銀座仁志川では今のところ人材を順調に採用できているという。店舗スタッフの多くは、比較的若い女性で、中でも主婦の割合が大きい。「食パンを作ってみたいという女性は多いようだ。都内の店舗でスタッフ20人を募集したところ80人の応募があった」(山本氏)。採用が順調なのは、主力である女性が働きやすい環境作りにも配慮していることもある。

 例えば、業務用小麦粉は、1袋の容量を通常よりも減らして、女性でも持ちやすくしている。スタッフのユニホームも白いシャツにベレー帽とエプロンを着用するシンプルながらおしゃれなスタイルだ。エプロンの素材には、京都の老舗メーカー、一澤信三郎帆布の天然帆布を使用し、3色から選べるようにしている。「スタッフが楽しく働けることが大切」と山本氏は語る。

に志かわの店内は無駄な装飾のないシンプルな空間。スタッフの求人には若い女性を中心に多くの応募がある
に志かわの店内は無駄な装飾のないシンプルな空間。スタッフの求人には若い女性を中心に多くの応募がある

トラブル対応にウェブカメラを活用

 スタッフを採用できても、育成に時間がかかり過ぎていては店舗数の増加ペースは上がらない。に志かわでは、店長を含む加盟企業の社員3~4人とパートアルバイトスタッフ約20人で店舗を運営している。店長は、開業前に銀座本店(本部)で1カ月の研修を受ける。本部では、研修用に食パン作りの作業手順を分かりやすく解説した手引書を作成。これを使って、1カ月間で店長自らが現場スタッフに教えられるレベルまで引き上げる。現場のスタッフは店長から指導を受け、2カ月程度で作業を習得する。

 「通常のパン店では、品数が100種類に達する場合もあり、すべてのパン作りの手順を習得するのに2、3年かかる。に志かわで販売するのは食パン1種類だけなので、基本の作業は1カ月で覚えられる」と山本氏は語る。商品を単品に絞ることで、育成期間を短縮できるメリットは大きい。

理想的な焼き色を再現したサンプル。品質を保つ基準として各店舗にを配布している
理想的な焼き色を再現したサンプル。品質を保つ基準として各店舗にを配布している

 育成をさらに効率化するため、動画も活用する予定だ。店長が忙しく、スタッフの指導まで手が回らないこともある。そうした状況でも現場スタッフがパン焼きの作業を学習できるように、本部の社員が作業した様子を撮影し、それに解説を加えた動画を作成している。これが完成すれば、パソコンやタブレットなどで視聴できるので、場所や時間を問わず学習できるようになる。

 品質の維持に関しては、数値管理を徹底している。各店舗では、1日にパンを十数回焼く。このとき、毎回、粉の重量、粉の温度、工房の室温、水温・水氷の分量、こね上げ温度など10項目の数値を記録シートにスタッフが記入する。参考となる数値は山本氏が開店準備の際、現地に行って定める。しかし、これらの数値は、季節や湿度などによって変える必要がある。現場のスタッフは、記録した過去の数値を参考にしながら、その日の条件に合わせて、粉に加える水の量やパン生地の発酵時間などを調整する。これによって品質のぶれを最小限に抑えることができる。

 品質を改善するための商品チェックも実施している。これは月1回各店から食パンを本部に集め、本部の社員3人が、表面の色、味、柔らかさなど5項目を評価し、その結果を各店にフィードバックする。

 現場では、パンの焼き色を品質の1つの基準にしている。特に、パンの角部分に走る「ホワイトライン」が焼き上がりを判断する1つの目安になっている。理想は、ホワイトラインの幅が6~7mm程度。焼き色やホワイトラインをチェックするため各店には、理想の色を再現したサンプルを配布している。現場で、過去のデータを参考にしても、このサンプル通りに焼けないこともある。本部の社員が現場に急行して対策を打てればいいが、遠くの店舗ではそれも難しい。そうした状況に対応するため、各店の工房にウェブカメラを設置している。

店の工房に設置したウェブカメラの映像。焼き上がりに問題があったときなど、本部から現場の状況を映像で確認する
店の工房に設置したウェブカメラの映像。焼き上がりに問題があったときなど、本部から現場の状況を映像で確認する

 店舗から本部に連絡をが入ったら、このウェブカメラの映像で焼き色などを確認。そのときの数値と照らし合わせて、本部社員が経験に基づいて原因を分析し、対応を指示する。「スマートフォンからもウェブカメラの映像を見れるので、トラブルに迅速に対応できる」(山本氏)

 高級食パンのような店舗展開を伴って急成長する市場では、マーケティングやブランディングに加え、それを実現する店舗運営の仕組みを一体として構築できるかが勝敗を分ける鍵になる。 

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