同じ方向に行く複数の乗客をマッチングし、最適なルートで複数の目的地まで送るオンデマンドの乗り合いサービス。この分野で世界のトップランナーと言えるのが、米ヴィア・トランスポーテーションだ。ヴィアがもたらす移動サービス革命の効果とは。

ヴィアは7~8人乗りの小型バンなどを活用し、世界で乗り合いサービスを展開する
ヴィアは7~8人乗りの小型バンなどを活用し、世界で乗り合いサービスを展開する
[画像のクリックで拡大表示]

 ヴィアは2013年にニューヨークを皮切りにサービスを始めた。現在は世界80以上の拠点で展開されており、1カ月当たり200万回以上のライド実績を誇る。日本では、19年4月に森ビルと伊藤忠商事の出資を受け、日本法人が本格的に始動。18年8月から19年7月に行った森ビルの社員を対象としたオンデマンド乗り合いサービスの実証実験に続き、10月からは伊藤忠の東京本社に勤務する社員を対象とした実証実験を始める。そして、鉄道やバス、タクシーといった国内の公共交通事業者、自治体などに向け、オンデマンド乗り合いサービスの導入を促していく計画だ。

 日本での展開を本格化させようとしているヴィアのシステムはどんな優位性があるのか。また、公共交通や自治体、そして利用者にどのようなメリットをもたらすのか。9月に来日したダニエル・ラモットCEOに話を聞いた。

ヴィアのサービス展開エリア
ヴィアのサービス展開エリア
[画像のクリックで拡大表示]

まず、改めてヴィアがオンデマンドの乗り合いサービスを展開している狙いは何か。

ダニエル・ラモットCEO(以下、ラモット氏) 世界では、交通や輸送手段のサービスモデルがモバイル技術の進展で急速に変わってきている。例えば、従来のレンタカーに対しては、米ゲットアラウンドのようにアプリを通じてクルマを個人間でシェアする仕組みが普及している。また、タクシーに対しては、米ウーバー・テクノロジーズや米リフトが自家用車を使ったドライバーとのマッチングを行うライドヘイリングサービスを展開している。

 その一方で、路線バスや鉄道といった公共交通の分野はどれほど革新が進んでいるだろうか。あらゆる人が活用する巨大インフラであるのに、ヘルスケアやIT関係と比べて圧倒的に投資が少なく、依然として効率性は高くない。この分野でヴィアが提供するオンデマンドの乗り合いサービスのテクノロジーを生かせば、公共交通網の利便性や効率性を劇的に向上させて都市の課題解決や人々の生活に役立てられる。それが狙いであり、ビジネスチャンスだ。

ダニエル・ラモットCEO。9月に自動車新聞社「LIGARE」主催のセミナーで講演を行った
ダニエル・ラモットCEO。9月に自動車新聞社「LIGARE」主催のセミナーで講演を行った
[画像のクリックで拡大表示]

具体的に、ヴィアの優位性はどこにあるのか。

ラモット氏 ウーバーやリフトなどとの違いは明確だ。ヴィアは、同じ方向へ⾏く⼈を無駄なく集め、渋滞状況や需要に応じて瞬時に最適なルートをはじき出すアルゴリズムを構築しており、複数人でストレスなく、かつ割安な移動サービスを提供することにフォーカスしている。固定ルート、定時運行の路線バスとも違って、街中に設けた“バーチャルストップ”を結ぶルートをリアルタイムの需要に従ってダイナミックに運用できる。活用するのは、ミニバンや小型バスだ。

ヴィアのユーザー向けアプリ画面
ヴィアのユーザー向けアプリ画面
[画像のクリックで拡大表示]

 サービスはオンデマンドだけではなく、事前に乗車予約することも可能。また、ヴィアは車両管理システムも強みとしており、ユーザーの膨大な乗車リクエストを処理しながら、運用するすべての車両を最適にマネジメントできる。

 これらの技術を支えているのは、イスラエルのテルアビブにいる250人以上のエンジニア。これまでヴィアが世界で蓄積してきた7000万回以上のトリップを解析し、車両管理、スケジューリング、オンデマンドのマッチングなどの最適化アルゴリズムを常に改善している。自動運転車でも走行距離が長くなるほど膨大なデータが集まり、システムが進歩するのと同じで、オンデマンドの乗り合いサービスの分野ではヴィアが他を圧倒している。

ヴィアのビジネス形態としては、どんなパターンがあるか。

ラモット氏 実は、ヴィアが直接的にオンデマンドの乗り合いサービスを展開している例は、ニューヨークやシカゴなど数えるほどしかない。多くは自治体や公共交通の事業者、大学などとの協業で、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)としてシステム提供のみ行う形態と、システム提供をした上でヴィアがオペレーションを受託する形態がある。

 しかし、最近はTaaS(トランジット・アズ・ア・サービス)という提供形態のニーズも増えている。これは、システム提供とオペレーションに加え、車両やドライバーについてもヴィアが用意するフルパッケージのモデルだ。各国で公共交通網を劇的に改善し、複雑なオペレーションをこなしてきた実績が、多くのパートナーに認められている証左だろう。

ヴィアのシステムを導入したエリアでは、どのような効果が得られているか。

ラモット氏 これはある過疎地での事例だが、固定ルートの路線バスが営業していたエリアにヴィアのオンデマンド乗り合いサービスを導入したところ、それ以前と比べて1日当たりの乗客数が実に300%もアップしたケースがある。しかも、乗客の待ち時間は従来の路線バスの半分、そして全体の運用コストも半分に削減できている。

 一方、人口密集エリアのニューヨーク市マンハッタン地区でも、劇的な効果を上げている。タクシー&リムジン委員会の公表データによると、ヴィアの乗り合い車両の空車率は僅か13%だが、ウーバーやリフトは45%と、3倍以上の開きがある。しかも、ヴィアの車両はたいてい複数人が乗車しているので、輸送効率の差は歴然だ。これはヴィアのソリューションが都市部の渋滞緩和に対して非常に効果的であり、同時に排ガス問題にも対応できていることを示す。

 いくつか具体的な導入事例も紹介しよう。SaaSモデルで取り組んでいるのが、独ベルリン市交通局(BVG)。これは世界で最も大きなオンデマンド公共交通網の事例となる。特徴的なのは、運用している140台の車両のうち60%が電気自動車(EV)ということ。これから数カ月で、その台数は300台に増える。

 このサービスは、既存の地下鉄、トラム(路面電車)、路線バスといった交通網に追加する形で18年9月から始まり、今ではヴィアのシステムによるオンデマンド乗り合いサービスが公共交通網のコアになっている。EVを活用するだけに、いつどこでどのくらいの時間バッテリー充電が必要か、さらにドライバーのシフト管理も含めてアルゴリズムに組み込み、スムーズな運行を実現している。

ベルリン市で運用されている乗り合いバン
ベルリン市で運用されている乗り合いバン
[画像のクリックで拡大表示]

 もう1つ、TaaSモデルで取り組んでいるのが、米テキサス州アーリントン市の事例だ。定時定路線型の公営バスの利用者が少なく、赤字補填のための財政負担が重荷になって公営バスを廃止した経緯がある。その結果、最寄りの鉄道駅まで10キロメートルと、“公共交通空白地帯”が生まれていた。そこで導入されたのがヴィアのオンデマンド乗り合いサービスで、駅までのファースト/ラストマイルをつなぐ移動手段として約20台を運用。その利便性が評価されて1日当たり900人以上も乗車しており、一定ゾーンの中で1乗車の料金を3ドルと低く抑えながらも、公営バス時代よりも財政負担を減らせている。

アーリントンの車両。上のベルリンの車両を見ても分かるが、ヴィアの車両はパートナーに合わせてデザインがカスタマイズされている
アーリントンの車両。上のベルリンの車両を見ても分かるが、ヴィアの車両はパートナーに合わせてデザインがカスタマイズされている
[画像のクリックで拡大表示]

世界では毎週1~2社がヴィアを採用

世界では、あらゆる交通モードを統合してシームレスな移動を実現する「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」の動きが顕著だ。ヴィアはどのような取り組みを行っているか。

ラモット氏 MaaSの文脈で言えばヴィアは交通サービスの1つであり、実際に他の交通モードと連携していこうという話はある。ヴィアのソリューションは、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携で他のアプリとのやり取りを柔軟にできるので、展開する都市の事情やパートナーに合わせた形で検討していきたい。

 また、マルチモーダルの世界に近い取り組みは、すでに米シアトル市などで始まっている。19年4月に、シアトル都市圏でトラムや路線バスを運行する公共交通のSound TransitやKing County Metroと提携し、駅を起点としたオンデマンド乗り合いサービス「Via to Transit」を始めた。このサービスでは、鉄道などと同じ交通ICカード「ORCAカード」や専用アプリを使った決済が可能で、シームレスな体験につながっている。現在は18台の乗り合い車両を運用しており、1日当たり1500人以上が活用するなど盛況だ。

森ビルと伊藤忠商事の出資を受けて本格始動した日本では、今後どのような展開を考えているか。

ラモット氏 まず、日本は都市部の人口密度が高く、地方においては高齢化の進展や公共交通の課題があるため、ヴィアが世界で実績を出しているソリューションが受け入れられる余地は大きいと見ている。バス、タクシーといった公共交通の地場のプレーヤーや自治体とのパートナーシップを組んで、Win-Winの状態で進めていきたい。

 ヴィアが提供する価値は、例えば地方で効率性が落ちているバス路線があるなら、それをオンデマンドの乗り合いサービスに切り替えることで改善し、これまで投入していた補助金を削減できるだろう。フレキシブルな移動手段が提供されることで、新たな移動需要を生み出すことも可能だ。

 都市部でも様々なユースケースがあり得る。鉄道駅や高速バスの停留所などからのファースト/ラストマイルをつなぐことが基本的なモデル。それに付随して、終電後に主要駅から自宅近くまでのアクセスを改善するモデルもできる。また、例えば東京・世田谷区のような都心でも、鉄道駅から徒歩20分以上かかるようなエリアは多くあるし、都心から放射状に延びている私鉄路線をつなぐ「横」の移動は、必ずしも利便性が高い状態ではないだろう。こうした交通至便とは言えない地域などにピンポイントで乗り合いサービスを導入し、公共交通を補完するルートをつくったり、アクセスを改善したりすることにチャンスがある。

 また、米ボストン近郊のマサチューセッツ州ニュートン市では、19年6月から移動困難な高齢者向けのサービス「NewMo」を始めた。これは車椅子対応車両を使ったサービスで、訓練されたドライバーが利用者の乗降をサポートしたり、アプリによるオンデマンドのマッチングだけではなく電話での事前予約も可能にしたりしている。高齢化が進展する日本でも、このようなソリューションを生かせるかもしれない。

伊藤忠商事の社員向けにミニバン10台を使ってオンデマンドの乗り合いサービスの実証実験を行う。移動時間の短縮や交通費の削減を目指すという
伊藤忠商事の社員向けにミニバン10台を使ってオンデマンドの乗り合いサービスの実証実験を行う。移動時間の短縮や交通費の削減を目指すという
[画像のクリックで拡大表示]

 日本に限らずどの国でも同じだが、新しいサービスへの理解を深め、実際に展開していくには相応の時間がかかる。18年の森ビルの社員向けの実証実験に続き、19年10月からは伊藤忠商事の社員向けにオンデマンド乗り合いサービスを始めるが、これを通してヴィアのシステムの有効性を示していきたい。あくまで規制や法律の問題がしっかりクリアになればだが、将来的には複数の企業間で乗り合いサービスを共同利用するのは効率的だし、非常にチャンスがあると考えている。

 いずれにしても、世界では毎週1~2社の急速なペースでヴィアのテクノロジーが採用されており、その速度は近年加速している。我々は、公共交通に対してよりアクセスしやすい環境をつくれるし、多くの人と自由に会うことができる暮らしや、都市にとって渋滞解消や補助金の削減などの効果をもたらすことができる。これらのメリットを日本の方々にも早く享受してもらいたいと考えている。

最後に、ヴィアは将来の自動運転時代をどのように見据えているか。

ラモット氏 完全自動運転の実用化にはまだ時間がかかるかもしれないが、将来の交通にとって間違いなく重要なピースであり、ヴィアはその時代にも活躍できると考えている。というのも、ヴィアのシステムは乗り合いサービス車両1台1台の個別最適ではなく、常に都市やエリア単位での全体最適を行っている。これは複数の自動運転の車両を運用していくには欠かせないテクノロジーだ。

 そもそも自動運転時代は乗り合いサービスが前提となるだろう。ウーバーなどのようにプライベートで車両を占有する仕組みでは対応できないし、乗り合いサービスで効率化していかなければ渋滞の緩和にもつながらない。

ヴィアなどが、オーストラリアでテストしている自動運転車「BusBot」
ヴィアなどが、オーストラリアでテストしている自動運転車「BusBot」

 すでにヴィアは、19年7月からオーストラリアのニューサウスウェルズ州で、民間バスオペレーターのBuswaysや自動運転車を開発するEasyMileなどとドライバーレスの自動運転車(レベル4)「BusBot」のテスト運用を始めている。BusBotは低速走行の自動運転車で、オンデマンドのマッチングや座席予約、ルート設定などのテクノロジーをヴィアが提供している。公共交通網とつなぐことで、公共交通がより活用されるようになり、混雑緩和や排出ガスの削減などにも貢献できる。まだ実験は始まったばかりだが、いずれ良い結果を報告できるだろう。