86年ぶりに建て替えられた大丸心斎橋店本館が、2019年9月20日開業した。計368店舗が集結した新本館のキーワードは「インバウンド」と「食」。21年春開業予定のパルコとの一体化を想定しながら、地域のランドマークとしての役割をより明確にしたハイブリッドな百貨店となっている。
海洋堂のフィギュアが並ぶタリーズも
「建て替えを検討するとき、地域貢献として地元行政と約束したのが、外壁を残すこととインバウンド対応することだった。当初、9階には新しいジャンルの化粧品を集積しようと考えたが、従来の百貨店にはなかったジャパンポップカルチャーや外国人旅行者向けのVIPサロンを配置した。将来的には新しい北館とつながり、インバウンドセンターになる」(大丸松坂屋百貨店の好本達也社長)
新しい大丸心斎橋店本館の目玉の1つである9階は、インバウンドのハブ機能を持たせたフロアだ。免税カウンターや外国人の上顧客向けサロンのほか、日本のポップカルチャーをグローバルに発信する拠点と位置付ける。西日本初のカフェを併設した「ポケモンセンターオーサカ DX & ポケモンカフェ」や「ジャンプショップ」に加え、「タリーズコーヒー KAIYODO」には、海洋堂(大阪府門真市)が制作した仏像やアニメキャラクター、ウルトラマンなど外国人に人気のフィギュアがずらり並ぶ。12万円の阿修羅像から400円のガチャガチャまで、ここでしか手に入らない商品も販売。海洋堂の宮脇修一社長は「カフェとのコラボは初めて。海外を意識し、中国や台湾の催事で好評のアイテムをそろえたのでコーヒーを飲みながらフィギュアを楽しんでほしい」と話す。
インバウンド狙いでいえば、8階の雑貨フロアにも、日本の伝統文化やものづくりの良さを伝える老舗専門店が出店している。創業300年の奈良の老舗、生活雑貨販売の「中川政七商店」(奈良市)は、茶道ブランド「茶論」との複合ショップをオープン。テーブルで茶道稽古を体験できるスペースも設けた。東京日本橋で227年の歴史がある打刃物専門店「日本橋木屋」は関西初出店。博多水引が目を引く洗練された店内には、包丁を中心に鉄瓶や料理道具など日本土産にもなりそうな日用雑貨が並ぶ。
大丸心斎橋店を中心とした一帯は、欧米のラグジュアリーブランドが集積するブランド街としても知られ、アジアからの観光客に人気が高い。そこで新本館では、2・3階の2フロアに計46ブランドを導入し、ラグジュアリーゾーンを強化。西日本最大級のVIPルームを備えた「カルティエ」や、西日本旗艦店としてウィメンズとメンズをそろえる「クリスチャン・ルブタン」など、路面店感覚の豪華な店舗空間で日本人富裕層にもアピールする。
アールデコ様式の名建築を復元
「世界が憧れる、心斎橋へ」をストアコンセプトに、これまでにない「未来に向けた新しい百貨店」を目指して開発された大丸心斎橋店。そのコンセプトを最も体感できるのが、国内外のコスメブランドを集積した1階フロアだ。同店西阪義晴店長が「圧倒的な美の空間」と形容するように、天井や柱、エレベーターホールには、近代建築を象徴するクラシカルな装飾が広がる。モダンな鏡面天井と組み合わせた空間に足を踏み入れると、不思議と気分が高揚してくる。「歴史ある建築と内装を国内外のお客様にゆっくり見てほしい。その中で人々が集う雰囲気こそが、大丸心斎橋店の新たな世界観を醸し出している」と西阪店長は胸を張る。
建て替えに当たっては、86年の間に経年劣化した建物をいかに違和感なく再現し、将来にわたって安全を確保できるかという点に重きを置いた。保存対象となった米国出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが手掛けたデザインは、外壁が約4000平方メートル、内装は全1254パーツにも及ぶ。そのうち内装パーツの67%を再利用し、外壁は保存。現代の技術で可能な限り保存、再現する設計方針に基づいて行われた(関連記事「9月開店、大丸心斎橋店本館がGINZA SIXモデルで大刷新」)。
例えばヴォーリズ建築を象徴する1階の幾何学模様天井は、照明装飾の枠部など金物の大半を再利用し、経年劣化の雰囲気を残しながら再現されている。柱間隔を広げたためにできた余白には、元のデザインを継承して新たに制作した装飾を加えた。さらに天井中央の石こうにはガラス繊維を混ぜて強度をアップ。解体前にはなかったシャンデリアは、昔の写真を手掛かりに再制作し、竣工時を再現したという。「以前はなかったモダンな鏡面天井を設けたのは、鏡面にヴォーリズデザインを映し込むことで、過去と現在を融合し、未来を予感させる空間を演出したかったから」(ストアデザイン担当者)
ドーム型天井が特徴的なエレベーターホールも、エレベーターの枠や大理石の象眼、六角時計に施されていたステンドグラスはそのまま再利用。扉や階数表示板はデザインを踏襲しつつ、法律や現状に即して再現した。
保存した御堂筋側の外壁の素材は、石張り、スクラッチタイル、擬石の三層構造となっている。そこに硬さの異なる鉄骨を組み合わせるため、「地震時の揺れをいかに吸収するかが最も苦労した点」と、建築設計を手掛けた竹中工務店の担当者は振り返る。
ひび割れや欠けたタイル、擬石などは補修して、1枚1枚ピンで留めてあるという。アールデコ様式の水晶塔にもピン留めが施してあり、7階のテラスで間近に見ることができる。建築好きには見逃せないスポットが随所にあるのも新本館の魅力といえるだろう。
フードホールに7480円のフカヒレ姿煮も
もう1つのキーワードである「食」のゾーンは、地下の2フロアで展開。特にオープン初日から人気を集めているのが、ニューヨークスタイルの空間演出を取り入れた地下2階の「心斎橋フードホール」だ。総席数約350で、計13店舗が出店している。
国内2店舗目のトリュフ専門店「Artisan DE LA Truffe PARIS(アルティザン ドゥ ラ トリュフ パリ)」やミシュランの一つ星を獲得した串揚げ料理専門店「あげもんや 六覺燈」、ソムリエや唎酒師(ききさけし)が常駐する「世界酒BAR セカサケ」、お肉の専門店スギモトで購入した神戸牛や松阪牛の調理も可能な「肉料理専門バル VOLER(ヴォレー)」、7480円(税込み)でフカヒレ姿煮が味わえる高級中華食材専門店の直営店「日本橋 古樹軒」など「百貨店クオリティーのテナントと店舗環境」(西阪店長)をそろえた。業務用食品メーカー、不二製油が手掛ける初の直営店「UPGRADE Plant based kitchen(アップグレード プラントベースドキッチン)」では、世界初の特許製法による豆乳で作ったチーズや大豆ミートの総菜を味わえる。
西日本の百貨店では初めて事前オーダーシステムを導入した。スマホを使ってメニューの閲覧、注文、決済ができるシステム「プットメニュー」を利用すれば、席を確保した後、注文確定ボタンをタッチするだけ。列に並ぶ必要がなく、料理の出来上がりはスマホで知らせてくれる。顧客の利便性とテナント側の業務効率化を同時に図れるのが特徴だ。
一方、地下1階にはハウス食品が手掛けるカレーの新業態「クワエル スパイス」など計62ブランドが集結。出来たてをその場で食べられるイートインスペースも充実させた。「デイリー食材を大幅に拡充し、来店頻度を高めることで、近隣の就業者を含めて人口増加傾向にある足元商圏をしっかり取り込んでいきたい」と西阪店長は話す。
ただ、ファッションを中心とする収益構造を築いてきた百貨店ビジネスは近年、ECの台頭とアパレル不振により、苦境に立たされている。同店では従来の消化仕入れに加え、定期賃貸借契約のテナントを約6割導入。ハイブリッド型の収益構造で初年度890億円の売り上げを目指す。「ショッピングモールと異なり、百貨店は2年目、3年目に必ず伸びるビジネスモデル。我々は顧客を作りながら伸ばしていく。大丸心斎橋店はそういうモデルにフィットする店」と好本社長は自信を見せる。
(写真/橋長初代)