レナウンは若者の就業支援を行うNPO法人とともに、就職活動のためのスーツを購入できない若者へ無償で提供するプロジェクト「Wear For The Future」を2019年9月13日に開始した。同社の月額制スーツレンタルサービス「着ルダケ」で返却されたスーツを有効活用する。
就職を希望する若者の4人に1人がスーツを持てない
自分が面接で落とされたのは、高校のブレザーを着ていったせいではないか――。
国内の賃金格差が広がる中、若者の就業に立ちはだかる壁も高くなる一方だ。今や15~43歳の3分の1が非正規労働者、15~39歳の約71万人がニートといわれる(総務省統計局「労働力調査」2019年8月30日、内閣府「平成30年版 子供・若者白書」)。
就職のために避けて通れないのが面接試験。企業が「服装は自由」とうたっても黒のリクルートスーツで受験するのが普通だろう。しかし、若者の就業支援を行う認定NPO法人育て上げネット(東京都立川市)によると、就職を希望する若者(15~39歳)のうち、4人に1人が経済的な理由で面接に着ていくスーツを買うことができない。やむを得ず高校時代の制服を着て臨む受験者もいるという。
育て上げネット理事長の工藤啓氏は、「スーツで受験できず不採用になると“ちゃんとスーツを着ていかなかったせいで落とされたのではないか”と疑念が生じてしまい、それ以降就職活動ができなくなってしまう人が多い。スーツが買えないだけで安定収入を得る機会を逸してしまう」と指摘する。
貧困がさらなる貧困を呼ぶ窮状を救い、ビジネスチャンスに転換しようというのがレナウンと育て上げネットがタッグを組んだ新プロジェクトだ。レナウンが18年3月に開始した会員総数(メルマガ含む)1万4000人の「着ルダケ」(※関連記事:「AOKI撤退の定額制スーツ 挑むレナウン、成功へ3つの指針」)で、サイズ交換や期限切れ、途中解約などで返却されたスーツの中から就活に適したブラックカラーのものを育て上げネットに寄付し、スーツを買えない就活中の若者へ貸し出す。貸し出しの条件は同ネットへの申し込みとサイズが合うことだけ。19年8月には第1弾として、着ルダケで返却された約400着のうち60着のブラックスーツが育て上げネットへ渡った。
黒以外のスーツはチャリティーサイト「FASHION CHARITY PROJECT」で販売し、売り上げを育て上げネットへ寄付する。寄付金について工藤氏は、「スーツのクリーニング代や遠方への配送など費用がかさむため、寄付金という形も採用してもらった。プロのカメラマンによる就活写真や、女性はヘアメークなどへ充てることもできる」と必要性を述べる。
廃棄を回避し潜在顧客の獲得も望める
レナウン執行役員・マーケティング&コミュニケーション統括部長兼UX事業部長の中川智博氏はプロジェクトの目標を「若年層の就業へのサステナブルな支援、それによる活力ある社会の実現」と話す。持続可能な支援には事業の成功が不可欠だ。中川氏は「本プロジェクトを通じて着ルダケやレナウンの認知を広げてもらい、安定的な事業拡大も図る」と、潜在顧客の開拓の意図もあると言う。
レナウンによると、着ルダケのターゲットは30~50代だが実際のユーザーは40~50代が中心で、プロジェクトによる若年層訴求を期待している。
三井住友銀行で本店営業部門以外の行員に対してスーツ着用の原則規定をなくすなど、ビジネスシーンでのスーツ離れが進み、スーツメーカーは頭を抱える。中川氏はこの“逆風”に立ち向かうためにもプロジェクトは好機と見る。「スーツを着れば与える印象が違ったり、仕事をする上で気持ちが引き締まったりするという“スーツの力”を訴えたい。スーツを着るメリットを感じてもらいたい」(中川氏)
レナウンでは就活に必要なカバンや靴などは扱っていないため、他メーカーへ積極的に声掛けすることも視野に入れている。「誰も無理をせずキャッシュアウトもなく、みんなが価値を感じられるバリューチェーンを構築したい。着ルダケユーザーも、本当に着るだけで若者の就業支援をすることになる」(中川氏)
着ルダケ、利用者、育て上げネット、若年層の“四方よし”を目指すWear For The Future。成功の鍵を握る着ルダケは初年度目標を上回るペースで達成し、メルマガ会員を除いたサービス利用者の目標を「2022年までに1万人」から「23年までに1万5000人」に上方修正した。プロジェクトでさらに加速すれば、アパレル業界全体からの注目が集まり、賛同の輪が広がるだろう。
(写真/北川聖恵)