2019年9月に開催された欧州最大の家電見本市「IFA2019」に、蔦屋家電エンタープライズの敏腕バイヤー、木崎大佑氏が参加。サムスン電子が投入した折り畳みスマホからパナソニックの「未来のテレビ」、スタートアップ各社による斬新なガジェットまで、最新家電トレンドをバイヤー目線でリポートする。
蔦屋家電エンタープライズで家電製品の調達や、新業態「蔦屋家電+(プラス)」のプロデュースなどを担う、木崎大佑です。日経クロストレンドのアドバイザリーボードも務めています。今回は、18年のリポートに続き、ドイツのベルリンで開催されたIFA2019に参加し、バイヤー目線で最新の家電トレンドをお伝えしたいと思います。
「IoT? そんなの当たり前でしょ」
まず最初は、あらゆるモノがネットにつながるIoT(インターネット・オブ・シングス)の話題です。「いまさら?」と感じるかもしれませんが、日本ではまだまだ普及が進んでいません。私の周囲でも、自宅で使いこなしている人はほとんどいない。
それもそのはず、主なハブ端末の1つとなるスマートスピーカーの日本での所有率は、米国と比較して5分の1程度と言われています。年々、普及率は上がってきているものの、まだまだ皆さん、様子見の状況でしょう。実際、蔦屋家電の店頭に立って来店客にヒアリングをしたことがありますが、「まだスマート接続できる家電製品が少ないから、持っていても使いようがない」という声を多く聞きました。
一方、IFA2019の展示を見渡すと、ほぼすべてのメーカーのブースにおいてIoTをことさらに訴求しているところはもうありませんでした。それはIoTのトレンドが過ぎ去ったのではなく、すでに「当たり前の機能」だから特段アピールすることでもない。そんな印象を受けました。来場客を見ても、「ネットに接続できる家電」だからと言って、驚くような人はもういません。
日本でスマート家電を普及させるには、「これだ!」というような強烈なインパクトを持つプロダクトの登場、またはハイエンド機の付加機能としてではなく、低価格帯モデルから搭載させるなど、作り手側の攻めの一手が必要なのかもしれません。
「スマート農業」への注目度アップ
IFA2019の会場を歩くと、水耕栽培機によく出合いました。中には大々的に展示をアピールしているメーカーもありました。来場客の注目度も高く、これは昨年と比較すると明らかに規模が増えた印象です。世界的な人口増による食糧危機が迫っているという話もある中で、欧州では特に意識が高まっているようです。
日本では相反して人口減のため、食糧危機についてはあまり自分事として捉えられていないのが実情ですが、豪雨などの自然災害による野菜価格の高騰などを思い出し、「野菜を自宅で育てる」というマーケットは、これから日本でも受け入れやすくなるのではないかと感じました。
実は水耕栽培機は新しいプロダクトではなく、日本でも7~8年くらい前から多くの製品が参入していました。ですが、売り上げが伸びずに撤退したプロダクトも多く存在します。もしかしたら、少し時代が早かったのかもしれません。
韓国勢が先陣を切った折り畳みスマホ
韓国のサムスン電子が発表した折り畳み式の最新スマートフォン「Galaxy Fold」。IFA2019の会場で、やっと試すことができました……。一言で表すと、ちょっと感動ものです。
Galaxy Foldの実機レビューはいろいろと出ていますので、ここではあまり触れません。ですが、個人的には開閉時の気持ちよさ、開くと7.3インチになる大型有機ELディスプレーの美しさ、その大画面を生かしたマルチディスプレー機能などのUI(ユーザーインターフェース)に完成度の高さがうかがえました。
「この大画面を何に使うんだ」や「開閉部分がすぐ壊れる」といったネガティブな意見も多いのが現状ですが、実際触ってみると、これは「未知のモノ」に対するアレルギーだと感じます。思えば、任天堂から2画面を採用した「ニンテンドーDS」が発売されたときも市場の反応はこんな感じだったのをよく覚えています。
Galaxy Foldの価格は20万円を超えることから、まだ一部のユーザーしか手を出せないプロダクトです。しかし、「欲しいか?」と言われたら、即答で「買いたい!」と言える。そんな魅力的な製品でした。ちなみに日本市場への投入は未定だそうで、早期の発売が望まれます。
さらに今回のIFA2019では韓国のLGエレクトロニクスからも、“折り畳みスマホ”の「G8XThinQ」が発表されました。こちらはGalaxy Foldのようにディスプレー自体がシームレスにつながって折り畳める仕様ではなくて、「2画面スマホ」と言うべきものです。
写真にあるように、G8XThinQの印象としては、ニンテンドーDSのような感覚でゲームをする人に向いていそうです。両社の端末の良しあしを比較することは避けますが、どちらにも「時代を引っ張ってくれている」という尊敬の気持ちを持ちました。そして、アップルのiPhone発売から10年以上が経過し、スマホもいよいよ次のステップに進化する時なのだと実感しました。
日本勢の注目は、パナの「未来のテレビ」
では、日本の大手メーカーはどうでしょうか。出展各社のブースでは、パナソニックやソニーが盛り上がっていましたが、中でもパナソニックが発表した「未来のテレビ」は注目度抜群でした。これは映像がついていないとき、ガラスのように後ろが透けるというユニークな機能を提案する有機ELディスプレーです。木製フレーム内に金属などの部分を収納しており、照明機能も備えています。こういう魔法のような驚きが最新家電の醍醐味。それを、日本のメーカーのブースで見られたことが素直にうれしかった。
一方、ソニーは進化したノイズキャンセリングを搭載した最新イヤホン、ヘッドホンに注目が集まっていました。
今年の目玉は「ジャパンパビリオン」
そして何と言ってもIFA2019の目玉は、「IFANEXT」内に特設されたジャパンパビリオンブースです。IFANEXTはスタートアップを中心に若くユニークな企業を集めて、一堂に展示を行うエリア。今年から1国に焦点を当てて大きくPRする「パートナー国」という制度が始まり、その最初の国として日本が選出されたのです。盛りだくさんの展示でしたが、今回はその一部を紹介します。
これまで、このIFANEXTではフランスのスタートアップが集まる「フレンチテック」のブースが大きく展開されていたのですが、今回はそれ以上にジャパンブースが広がっており、日本人として誇らしい気持ちになりました。IFANEXTには投資家などの来場も多いようで、この場で日本勢がPRできたのは大きな意味があります。米国に比べるとスタートアップ、特にハードウエア企業の数が少ない日本ですが、アイデアや技術力では引けを取りません。「やはり日本はすごい!」と世界にインプットすることができたのではと思います。
次世代を探る「嵐の前の静けさ」
さて、IFA2019に参加した印象を総括すると、今年のIFAでは「嵐の前の静けさ」のようなものを感じました。これまで紹介してきたように、折り畳みスマホや未来のテレビなど、次世代を感じられるプロダクトは多数展示されていたのですが、来る5G時代、AI(人工知能)時代にどのようなプロダクトが受け入れられるのか。それを各社が虎視眈々(たんたん)と動向をうかがっている。全体として、一種の踊り場であるといえるのかもしれません。
一方、そのビッグトレンドからは別角度で市場を盛り上げようとしているスタートアップの存在も目立ちました。モノがあふれた時代に別の切り口で新しいアイデアを投下していく彼らの存在は、IFANEXTの盛り上がりを見ても十分に感じることができました。
ソフトウエアやサービスの世界では、スタートアップ企業によるジャイアントキリング(番狂わせ)は珍しい話ではありません。ハードウエアの業界においても案外、風穴を開けるのは大手企業ではなくスタートアップなのかもしれません。