楽天トラベルが、AI(人工知能)を使ったデータ分析に注力している。効果の低い出稿先を切り替えて、広告経由の売上高は2%向上した。顧客満足度も高まったという。この先は、「AIがAIを最適化する」仕組みを構築していく。

 楽天トラベルは、楽天グループが提供するインターネットやフィンテック、コンテンツ、スポーツなど多様なサービスの一角を担う旅行サービス事業。国内3万3000以上の宿泊施設と提携し、口コミ数が1000万件を超える巨大旅行予約サイトである。

利用者とホテルなど提携企業をデータでつなぐ(写真/Shutterstock)
利用者とホテルなど提携企業をデータでつなぐ(写真/Shutterstock)

 同社は、ユーザーやパートナー企業のデータを分析して、例えば広告の投資効果を測定して適切な出稿を調整して売り上げ増につなげる効果をすでに得ている。こうした施策は、楽天トラベルの売り上げ増という成果をもたらす。同時に、楽天トラベルが目的とする「旅行者への幸せを提供する」ためのカスタマー体験の向上の効果にもつながる。日本テラデータが開催したプライベートイベント「Teradata Universe Tokyo 2019」の講演内容を中心として楽天トラベルのAI活用施策について見ていこう。

パートナー企業の魅力をカスタマー体験と融合

 「データドリブン、データサイエンスなど、データにまつわる言葉はある種のバズワードのように扱われている。しかし、重要なのはデータを使って何をするかだろう。楽天トラベルでは旅行者にとっての幸せを提供することを目指し、そのためのプラットフォームを提供している。それを支えているのがデータであり、データを活用するエンジニアリングだ」

 楽天のコマースカンパニー トラベル事業で編成・マーケティング部のGeneral Managerを務める八日市屋隆氏は、楽天トラベルのデータ活用の目的をこのように説明する。

 その上で八日市屋氏は楽天トラベルの特徴の説明を続ける。「パートナーの力、すなわちパートナーが提供する価値やホスピタリティーが楽天トラベルのコアの力になっている。国内3万3000の宿泊施設、海外のプラットフォームに登録されたホテル、航空会社、レンタカー、バス、自治体など、楽天グループ以外のパートナーのサービスの価値を、カスタマーの旅行体験と合わせていく。他社とは少しだけ目指すところが異なるのではないか」と語る。

 チェックインしたら予約したよりもいい部屋にアップグレードしてもらった。海外旅行でホテルにチェックインした日が誕生日だったときに、ハッピーバースデーのコメントとプレゼントが部屋で待っていた──。旅行者であるカスタマーにそうした期待を超えた感動をパートナーとともに提供するプラットフォームが、楽天トラベルだというのである。

 楽天トラベルのマーケティングチームのミッションは「旅行者に対してエバンジェリストでありストーリーテラーであり、楽天トラベルとパートナーの素晴らしさを伝える。魅力を伝えることを積み重ねて楽天トラベルのファンになってもらうこと。一時的なコンバージョンを求めるパフォーマンスマーケティングとは少し異なる」(八日市屋氏)のだという。

 そこで重視している指標の1つが「メンバーシップバリューの最大化」だ。数多くのアクティブユーザーに対して、一人ひとりのユーザーの価値を測定し、それらを最大化していく。「より多くのユーザーの生涯の価値を最大化し、顧客獲得コストなどを下げていく。一時的な最大化ではなく生涯価値の最大化が目標」(八日市屋氏)だという。

AIでマーケティングチャネルの最適化

 少し具体的に見ていこう。楽天トラベルでは、「カスタマーコンバージョンサイクル」「ブランドエンゲージメントステージ」の2つのフレームワークを用いて、生涯価値の最大化に取り組んでいる。

 カスタマーコンバージョンサイクルは、一般的にいうカスタマージャーニーマップに相当する。旅行に行きたいと考え、いつどこに行こうかを調べ、準備から実際の旅行の体験をして、また次の旅行を考える。この1回転がカスタマーコンバージョンサイクルである。

 一方で、楽天トラベルの利用のサイクルが2回目、3回目、10回目、20回目とぐるぐる回ってステージを上がっていくことを、ブランドエンゲージメントステージと呼ぶ。この2つのフレームワークで、データを活用したマーケティングを行うわけだ。

 具体的な施策には、「マーケティングチャネルの最適化」「コンテンツの最適化」「クーポンを使ったユーザーターゲティング」などがある。マーケティングチャネル最適化では、検索エンジンやSNSなど多様なチャネルのマーケティングコストを最適化し、低コストで効果を上げる方策を探し出す。コンテンツの最適化では、ユーザーが満足するコンテンツをリコメンデーションする仕組みを提供する。そして、クーポンを使ったターゲティングでは、コンバージョンしてもらうためのクーポン発行にデータを活用した分析結果を用いる。楽天トラベルでは、これらの施策にAIを活用して、具体的な成果を引き出している。

 実際の施策に取り組んでいるのが、データインテリジェンス室のデータサイエンスチームである。「チームのミッションは、数理的アプローチによって楽天トラベルにイノベーションをもたらすこと」と、コマースカンパニー トラベル事業でデータインテリジェンス室Office Managerを務める上杉忠興氏は語る。

 対象となるデータは、旅行者であるカスタマーのデータと、宿泊施設や航空会社などのパートナーのデータだ。テラデータのデータウェアハウスとHadoopによる分散処理フレームワークによって提供される膨大なデータを活用し、AIを含めた分析を行っているという。「旅行者には適切なホテルやプランを勧めて、ホテルに対してはデータを使ったマーケティングの支援を行う。そのため、カスタマーのデータとパートナーのデータをどのように組み合わせたら、旅行者への最適なサービスの提供とパートナーの支援ができるかに取り組むことができる」(上杉氏)。

 データサイエンスチームの重点領域の1つがマーケティングチャネルの最適化。上杉氏はこの領域の3つの取り組みを紹介した。

 1つが広告チャネルごとの投資効果を分析して、広告の出稿チャネルを最適化するためのアトリビューション分析。「ユーザーの広告閲覧の行動を追跡して、どのような経緯で楽天トラベルにアクセスして、最終的にホテルを予約したかを分析する。ホテル1件の予約に対して、各チャネルの広告の寄与率を0.5件、0.3件などと評価し、それらを総合してROI(投資利益率)を算出した」(上杉氏)。

 その上で、算出したROIを広告チャネルごとに高い方から順に横軸に左から並べ、それに対応するコストを縦軸に示したグラフを作ったところ、実は投資効果が低いチャネルにコストをかけてしまっていたことが判明した。上杉氏は「最も投資利益率が低いチャネルへの出稿をやめて、それが最も高いチャネルへ振り替えたところ、それだけで広告経由の売り上げが2%向上した」と、データ分析の結果が与える効果の高さを語る。

 2つ目の取り組みが、コンテンツの最適化だ。具体的にはレコメンデーションのアルゴリズムの改善である。楽天トラベルで宿泊施設を閲覧したけれど予約には至らなかったユーザーに向け、翌日に電子メールでお勧めの宿泊施設の情報をピックアップして送ってコンバージョンを高める施策である。

 ここでは「アルゴリズムの良しあしで予約数が直接的に変化してしまうため、アルゴリズムを日々改善している」(上杉氏)という。3つ目はクーポンの投資効果の最大化。クーポンの効果を最大化するために、機械学習による全ユーザーのクラスタ分析の結果を用いてクーポンの送付先を判断している。

 「従来は様々なユーザーにクーポンをばらまいていたような状況だった。しかし、機械学習でユーザーをクラスタ化して、送付することで売り上げ押上効果のあるクラスタに絞ってクーポンを送信するようにしたことで、59%の効果向上が見られた」(上杉氏)。

AIがAIを最適化する仕組み

 こうしたデータサイエンスを活用した施策には、AIの技術は活用しているものの、本稼働中のシステムではディープラーニングは利用していないのが現状だと上杉氏は説明する。「レコメデーションに関しては、ディープラーニング(具体的にはRecurrent Neural Networkと呼ばれる方式)を用いてテストを実施した。その結果、レコメンデーションの精度が従来手法と比べて大きく変わらなかったため、導入を見送った。ディープラーニングは高価なGPU環境を必要とし、システムメンテナンスコストが相対的に高いため、その時点ではデメリットを上回るレコメンデーション精度などのメリットが得られなかった」。

 とはいえ、ディープラーニングの適用には今後の改善の余地があるとみる。レコメンデーションへのディープラーニングのテストを継続するとともに、他の分野での活用も視野に入れている。ホテル部屋画像などの画像データや口コミ・お客さまの声などの文章データに対してはディープラーニングによる分析が有効である可能性が高いため、様々な応用領域でディープラーニングの活用が広がるのではないかと上杉氏は予想する。

 さらに今後の方向性も見据えている。現状では、例えばレコメンデーションの新しいアルゴリズムを作ったら、従来のアルゴリズムとABテストを実施して効果を検証して、採用を判断する。ただし、ABテストには時間がかかるだけでなく、「本番環境の半分をテストに使うため、成功する保障がない新しいアルゴリズムによるテストが機会損失を生むリスクが高い。解決の方向性としては、アルゴリズムを自律的に進化させる仕組みが求められる」という。多くのアルゴリズムを作り、シミュレーションで評価して、一定以上の性能を得たアルゴリズムだけを実世界でテストするような形だ。

 その先のビジョンが、「AIがAIを最適化する」仕組みの構築だ。「限られたヒューマンリソースを使って、個別のアルゴリズムを作っていたら案件の増加に対応できない。数多くのAIアルゴリズムの中で、どれが最適なのかをAIが判断し、改善し続けるプラットフォームを作りたい」(上杉氏)。こうしたビジョンが実現したころには、楽天トラベルのユーザーには他の旅行サイトとは大きく異なる「旅行の幸せ」の体験を提供できるようになるのかもしれない。

■修正履歴
掲載当初売り上げ2%増とあったのは広告経由の売り上げ2%増の誤りでした。また口コミ数は正しくは1000万件超でした。本文は修正済みです。 [2019/10/02 20:10]

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