ネットメディアの巨人とファッションECの雄が手を組む。2019年9月12日、ヤフーはTOB(株式公開買い付け)によりZOZOを買収すると発表。TOBが成立すれば両者の間で3つの効果が期待できそうだ。ヤフーとの連携によりZOZOは“大衆化“を目指す。一方で、ブランドのZOZO離れを加速させる危険をはらむ。

左からヤフーの川邉健太郎社長、ZOZOの澤田宏太郎社長、ZOZO前社長の前澤友作氏(写真/西村尚己、アフロ)
左からヤフーの川邉健太郎社長、ZOZOの澤田宏太郎社長、ZOZO前社長の前澤友作氏(写真/西村尚己、アフロ)

 ヤフーはTOBによって、50.1%のZOZO株取得を目指す。現在の株主構成は、資本業務提携の発表と同時に社長辞任を表明した前澤友作前社長が37%、その他の株主が67%だ。取得金額は4000億円を想定している。前澤氏が、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長に直接、会社の譲渡を相談したことがきっかけとなり実現した。資本業務提携の発表会の場には孫氏も登壇。「相談を受け、前澤君と話す中でヤフーとZOZOで提携してはどうかという結論に至った」と経緯を明かした。

 TOBが成立すれば、両社は3つの相乗効果が期待できそうだ。1つ目は、「EC事業」のさらなる成長だ。ヤフーのECモール「Yahoo!ショッピング」の取扱高は1兆8700億円。ここにZOZOの売り上げを加えることで、「20年代前半で(楽天やアマゾン ジャパンを抜いて国内)ECナンバー1企業となることが射程圏内に入る」。ヤフーの川邉健太郎社長はそう、EC事業拡大に期待を寄せる。

 具体策は、ヤフーが今秋にも始める新ECモール「PayPayモール」との連携だ。PayPayモールは、Yahoo!ショッピング上位の優良店や、大手企業のみが出店できるプレミアムモールという位置付け。ここにZOZOも出店する。モールがモールに出店する異例の形だ。ヤフーやソフトバンク、モバイル決済「PayPay」利用者を送客することで、ZOZOの売上増加を狙う。

「PayPayモール」のサービスイメージ
「PayPayモール」のサービスイメージ

 先行して子会社化したホテル・旅館予約サイト事業の一休とは、旅行予約サイト「Yahoo!トラベル」との商品連携などによって、合算の売り上げは3年で1.9倍に拡大した。こうした成功事例で得た知見を基にPayPayモールとZOZOの連携を進める。

 次に「広告事業」だ。ZOZOは18年からZOZOの購買データやコーディネートの共有サービス「WEAR」のアクセスデータを活用した広告事業を強化している。EC事業者による広告事業は熱い領域だ。楽天は電通と共同出資会社の楽天データマーケティングを設立。グループのデータを活用し、グローバル広告プラットフォームを構築して18年から事業展開している。アマゾン・ドット・コムの広告事業は、全世界で急速にシェアを拡大させている。グーグルやフェイスブックが持たない購買データに基づく、効果の高い広告配信が広告主に受け入れられている。

購買データは検索データと並ぶ強いシグナル

 ZOZOは規模では大手ECモールに及ばないものの、ファッションに特化した購買データを豊富に持つ。このデータを活用した広告事業を展開し始めている。ZOZOの広告事業はあくまでZOZO上での配信にとどまっているが、今後、配信面をPayPayモールや、ヤフーの関連サービスへと広げられる可能性がある。

 ヤフーはZOZOを傘下に入れることで、ファッションの購買データにアクセス可能になる可能性が高い。そのデータにヤフーの検索利用や、メディアの閲覧といったデータを掛け合わせることで、両社の広告事業拡大が期待できそうだ。「購買データは検索データと同じぐらい、(購買行動の)シグナルが強いデータだと思っている。プライバシーを尊重し、かつ同意を得たうえで利用者の便益に変える形で利活用していきたい」と川邉氏は言う。

 最後が「エンジニアリング」だ。ヤフーは言わずもがな、AI(人工知能)やビッグデータ解析に長けた開発者を多く抱える。ZOZOもテクノロジーカンパニーではあるが、規模が異なる。先述の広告技術1つとっても、ヤフーは一日の長がある。そうした技術を有するヤフーのエンジニアがZOZOを支援していく。一方、ファッション分野のECにおいて、販売手法などのノウハウはZOZOに軍配が上がる。ヤフーはEC事業を強化するうえで、そうしたノウハウや知見の活用が期待できる。

直接出店ならPayPayモールの利用料だけで済む

 ただし、利点ばかりだけではない。現時点でアパレルブランドなどがZOZO経由でPayPayモールに出店した場合の料金体系は明らかになっていないが、出店料が無料とうたうYahoo!ショッピングと異なり、PayPayモールは売り上げの3%が出店手数料としてかかる。

 ZOZOの出店ブランドが、ZOZOとPayPayモールの出店手数料を二重負担しなければならない場合、収益をさらに圧迫することになる。そもそも、ブランドがZOZO経由でPayPayモールに出店するメリットも薄い。出店希望ブランドは、直接出店すれば3%の手数料を支払うだけで済むからだ。

 ただでさえ、ZOZOは手数料が高額なため「脱ZOZO」を目指すブランドが増えている。18年12月には、会員なら一律で全商品10%引きになる制度「ZOZOARIGATO」に対して反発したブランドが相次いで退店。ブランドからの信頼を損ねている状況だ。川邉氏は「ZOZOと共同でブランド側にPayPayモール出店の利点を説明をして、理解を得たうえですべてのブランドに出店してもらいたい」と言うものの、理解を得るには苦労しそうだ。

 また、前澤氏は「ZOZOは成長するうえで、ファッション好きだけではなくて、あらゆる顧客に届けるサービスにしないといけないという局面を迎えていた。ヤフーとの提携で、ZOZOはファッション好き以外にも門戸が開く」と説明する。つまり、ヤフーとの連携を機に、ZOZOは“大衆化”していくことになる。ファッションに特化したECというZOZOブランドに魅力を感じて、出店していたブランドは少なくないはずだ。大衆化が進み、そのブランド性を毀損した場合、ZOZO離れが加速しかねない。

 「前澤友作」というカリスマを失うことにより、会社への求心力が低下する恐れもある。ZOZOは前澤氏の常識を覆すアイデアで成長してきた、自他ともに認める「トップダウン経営」だった。前澤氏のカリスマ性にひかれて、ZOZOで働いていた社員も少なくないだろう。

 新たに社長に就任した澤田宏太郎氏は「前澤とは真逆。安定感、ニュートラルをモットーにしている」と自己分析する。企業規模の拡大により、より安定的な経営が求められる局面だからこそ、そうした経営が重要になるという。安定と引き換えに、ZOZOらしさを損なえば、人材が流出する恐れもある。「安定はさせるが、つまらない会社にはならない」と澤田氏は強調する。前澤無きZOZOが、らしさを失わずにいられるか。澤田氏の手腕が問われそうだ。

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