さまざまな交通手段が乗り放題となる「定額制MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」が普及したら、消費はどう動くのか。ジェイアール東日本企画(東京・渋谷)が2019年9月4日、独自の調査結果を明らかにした。行動範囲が広がり、消費額は増えるという未来が垣間見えた。

定額制MaaSによって通勤客の行動パターンは変わるか(写真/Shutterstock)
定額制MaaSによって通勤客の行動パターンは変わるか(写真/Shutterstock)

 1日乗車券、ワンデーパス、フリー切符……ある特定の路線が乗り放題となる企画切符は全国津々浦々にある。では、列車やバス、タクシー、シェアサイクルなど、あらゆる移動手段を自由に組み合わせ、「定額乗り放題」で移動できる時代が訪れたらどうなるか。人々の行動範囲や消費意欲の変化を追ったのは、ジェイアール東日本企画駅消費研究センター。都心型駅ビルにおける消費や購買動機を研究するため、2008年に設立されたJR東日本系のシンクタンクだ。

 今回、モデルケースとしたのは東京23区内。住民へのグループインタビューで見えたのは、交通網に大きな不満はない一方、交通費の負担を重く感じる人が多く、遠出する障壁になっているという現実だった。1回の乗車は数百円でも積み重なると結構な額になる。「行きたくても行かない」「ちょっとした用のために出かけるのをためらう」「行動が定期券区間内にバターン化している」。そんな声が多く上がった。

 では、交通費の負担感をなくしたらどうか。これが今回の実験である。20代女性、30代男女、40代男性という4人の有職者に3万円がチャージされた交通系ICカードを支給。5キロ圏内の移動はタクシー乗車も可とし、約1カ月間の行動を追った。実験後に日記式の行動記録とアンケートの提出を義務付け、さらに実験中の行動心理をデプスインタビューで探った。

定期圏外へ行動拡大、生活満足度も上がる?

 如実に変化が表れたのは、外出頻度だ。「具体的な用事がなくても、ちょっと気になったところに行ってみようという気持ちになった」(20代女性)、「時間の余裕さえあればノリで行ける。東京23区って狭いなと感じた」(40代男性)。仕事帰りの寄り道が増え、行動範囲も定期券区間外へと広がった。

 店選びの視点も変わった。「ちょっと離れてもおいしいところがないかなと探すようになった。行きたいところに行くようになったので単価が高くなった」(30代女性)。アクセスの良さを第一に考えるのではなく、自らの好みに合う、品ぞろえのいい店に足が向くようになり、結果として消費額も増えたという。

 調査に当たった研究員の安川由紀氏が意外に感じたのは、参加者の内面が前向きになったこと。「自分のやりたい欲求に従って行動することが増え、普段の生活が充実するようになった」(30代男性)、「行動的になったら友達が増えた。交友関係が広がり、あまり興味がなかったジャンルの情報が入ってくるようになった。生活がポジティブな方向に変わった」(20代女性)という感想が寄せられた。

 こうした傾向は、定量調査でも浮かび上がった。東京23区在住の18~79歳(高校生は除く)1200人にインターネット上で「定額乗り放題により、交通費の負担感がなくなったとしたら」と尋ねたところ、「行ってみたいと思っていた場所に実際に行くようになりそう」が74.1%、「ちょっとした用事でも出かけることをためらわなくなりそう」が68.7%、「お出かけ頻度が増えそう」が70.9%、「行動範囲が広がりそう」が76.8%とそれぞれ大多数を占めた。

 消費行動でも「近くの場所・店や施設より、少し離れても好きな場所・店や施設に行くようになりそう」が69.5%、「なんとなく過ごす場所・店や施設よりも、好きな場所・店や施設に積極的に行くようになりそう」が70.7%、「出かけ先での支出額(買い物・飲食など)が少し増えそう」が65.2%とアクティブ派が目立った。

交通費は2万円程度、鉄道利用が大半

 ただし、今回の調査ではいくつか留意すべき点がある。まずは参加者自身が交通費を負担していないこと。定額制MaaS普及の肝は料金設定にあるが、自腹を切っていないぶん、課金するという意識が希薄だった可能性は否めない。また、実際の移動は圧倒的に鉄道が多く、バスやタクシーの利用はほとんど見られなかった。シェアサイクルは皆無で、複数のモビリティをつなぐというMaaSの本来の趣旨からはやや外れる結果となった。

 上限3万円のうち実際に使い切った交通費は平均2万円前後。サンプル数が少ないため、いくらなら定額制MaaSを選ぶかという料金水準までは見通せない。こうした諸事情はあるものの、今回の調査を通して「MaaSによる定額乗り放題で経済は活性化し、生活満足度は向上する」(安川氏)という傾向は見えてきた。

 駅消費研究センターが駅ビルを離れ、MaaSを調査したのは理由がある。「MaaSといえば、大半が移動の最適化という文脈で語られる。しかし、商業施設のマーケティングにも大きなインパクトがある。商業施設は商圏をすごく気にするが、MaaSによって商圏という概念自体がディストラプト(破壊)される。だからこそいち早く、スピーディーに調査した」(町野公彦センター長)。では、来るべきMaaS時代に消費を増やすには、どうすればいいのか。安川氏は、他のサービスとの連携で割安感、お得感を出すのが近道だと考える。

 例えばMaaS×不動産。「定額乗り放題サービス込みの物件であれば、利用者は家賃の一部として交通費を支払っていると感じる。不動産側にとっても駅前の立地に縛られず、不動産の価値を上げることにつながる」(安川氏)。MaaS×商業施設という組み合わせも考えられる。定額乗り放題サービス利用者にクーポンなどの特典を配れば、来館者数を増やせるかもしれない。逆に言えば、従来のように商圏に縛られたマーケティング手法は通用しなくなるだろう。

 MaaS時代は情報発信にも工夫が必要だという。「定額でためらうことなく行きたい場所に行けるようになれば、情報が行動に直結する。魅力的なエリアやスポットの情報を事前にタイムリーに伝えることがより重要になる」(安川氏)。

 フィンランド発のMaaSアプリ「Whim(ウィム)」に続けとばかりに、日本でも19年8月28日、高速バス大手のWILLER(大阪市)が北海道の道東エリアと京都丹後鉄道(丹鉄)沿線で使えるMaaSアプリを投入した。定額制プランの導入や全国展開を狙う。人が動けば、消費も動く。MaaSの普及期には、移動に加え、消費拡大にどう結びつけるかという視点が欠かせない。

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