フリマアプリ大手のメルカリが、サッカーJ1・鹿島アントラーズの経営権を取得。小泉文明社長が、鹿島の社長も兼任することとなった。リーグ最多の優勝8回を誇る強豪の取得額は、たったの16億円。“身売り”ともささやかれる中、新経営体制のトップ3が、その「真意」を語った。

[画像のクリックで拡大表示]

 2019年7月30日、驚きのニュースが飛び込んできた。フリマアプリ大手のメルカリが、サッカーJ1リーグの鹿島アントラーズを買収するというものだ。鹿島は国内タイトル19冠を誇り、18年はACL(アジアチャンピオンズリーグ)でも優勝を果たした強豪。これまでも新興企業によってスポーツチームが買収される事例はいくつかあったが、伝統ある“常勝軍団”が買われたことは、サッカー界以外にも衝撃をもたらした。

 メルカリは、運営企業・鹿島アントラーズ・エフ・シーが発行し、日本製鉄が保有していた全株式72.5%のうち61.6%を16億円で取得。そして今日、8月30日に公正取引委員会の承認を得て、正式な鹿島の親会社となった。鹿島の18年の営業収益は73億3000万円。J1ではヴィッセル神戸、浦和レッズに次ぐ第3位の規模で、5億8300万円の営業黒字を上げる。将来は「100億円クラブ」となることも目指しており、メルカリにとっては“お買い得”な買い物だったといえそうだが、なぜ小泉氏は今回の買収に踏み切ったのだろうか。

メルカリ取締役社長兼COOの小泉文明氏。早稲田大学商学部卒業。2003年大和証券SMBC(現・大和証券)入社。投資銀行本部にてインターネット企業の株式上場を担当した後、07年ミクシィ入社。取締役執行役員CFOに就任しコーポレート全体を統括。退任後はベンチャー企業を数社支援し、13年12月メルカリに入社。14年同社取締役に就任。17年4月から現職
メルカリ取締役社長兼COOの小泉文明氏。早稲田大学商学部卒業。2003年大和証券SMBC(現・大和証券)入社。投資銀行本部にてインターネット企業の株式上場を担当した後、07年ミクシィ入社。取締役執行役員CFOに就任しコーポレート全体を統括。退任後はベンチャー企業を数社支援し、13年12月メルカリに入社。14年同社取締役に就任。17年4月から現職
[画像のクリックで拡大表示]

新規顧客層の開拓に鹿島のブランド力を生かす

 その関係は16年のFIFAクラブワールドカップにまでさかのぼる。J1王者として開催国枠で出場していた鹿島は“台風の目”となり、スペイン・レアルマドリードと決勝で対戦。惜しくも準優勝に終わったが、一時はリードを奪うなど世界屈指のチームを相手に奮戦した。メルカリで「日本発グローバル」を目指していた小泉社長はこの試合を観戦し、その戦いぶりに共感。17年4月にはクラブオフィシャルスポンサー契約を締結した。

 現在、メルカリのロゴは鹿島のユニホームの鎖骨部分に入る。露出部分の費用対効果は逐一チェックしているという一方、「金銭面だけでは測れないブランド価値がある」と小泉氏は強調。メルカリの利用者層は20~30代の女性が中心だが、18年のJリーグ観戦者調査によれば、Jリーグの観戦者の平均年齢は41.9歳で、6割が男性。新規顧客層の開拓にはもってこいの環境だ。鹿島との連携を強化して、メルカリのファンも増やしてきた。

 スタジアムの最寄り駅である鹿島サッカースタジアム駅からスタジアムまでの「メルカリロード」と命名された道では、スポンサー契約を発表した翌日にメルカリ×鹿島アントラーズのノベルティグッズを取り付けたウォールを設置。サポーターにその思いを発信するべく、ノベルティが取り外されると「Born to win. 世界を獲ろう。」というメッセージが現れる取り組みを行った。その後もメルカリ上に公式アカウントを設けて選手のサイン入りグッズなどの出品や、試合後の選手によるライブ出品も実施。18年12月のメルカリデーでは、スマホと大型ビジョンを連動させ、シュートを放ちスコアを競う全員参加型のゲームも開催した。

「エンターテインメント×テクノロジー」には無限の可能性がある

 ここ最近、メルカリに限らずスポーツ界へのIT企業の参入が相次ぐ。プロ野球では04年、ソフトバンクによる福岡ダイエーホークスの買収に始まり、楽天が同年に東北楽天ゴールデンイーグルスを創設。11年にはDeNAが横浜ベイスターズを買収した。サッカーでは、楽天が14年にヴィッセル神戸を買収。18年にはサイバーエージェントもFC町田ゼルビアの経営権を取得している。

 小泉氏はこの怒涛の動きを見て、「まだテクノロジーが入り切っていない領域がスポーツだから」と分析。「Jリーグを見てもようやくSNSが軌道に乗り始めたくらい。エンターテインメントにテクノロジーが掛け合わされたときの感動や可能性は計り知れない。動き出しの早い企業はそれに気付いている」(小泉氏)。

 さらにその視線は遠い将来も見据えている。「科学技術が発展し、人間が働かなければならない日が減っていけば、人生を豊かに過ごすために不可欠になってくるのがスポーツなどの文化的活動だ。メルカリも、これから長く生き残るために、ここに力を入れていく必要がある」。赤字が続くメルカリだが、国内のフリマアプリ事業は好調。国内事業の新たな柱として、スポーツビジネスを長い目で育てていく構えだ。

住金と新日鉄の合併から避けられなかった転身

 一方、鹿島の側から今回の買収劇を見ると、「時代の変化」が大きなカギとなっていることが分かる。鹿島の前身は1947年に創設された住友金属工業の実業団。Jリーグ発足の際には、都心からのアクセスなど周辺環境の悪さもあり、「初年度の加盟は99.9999%不可能」とまで言われた。しかし、地域の“アイコン”として誕生を熱望され、急ピッチのスタジアム建設、元ブラジル代表のジーコ氏の獲得といった奇跡の積み重ねで、何とかプロチームの仲間入りを果たした。長年、鹿島を事業面から支えてきた新経営体制トップ3の1人、鹿島アントラーズ・エフ・シーのマーケティングダイレクター鈴木秀樹氏は、住金について「資金面で恵まれた親会社とは言えなかったが、鹿島を熱量高く応援してくれていた」と当時を振り返る。

 転機となったのは2012年の新日鉄との統合だ。「まさに寝耳に水。住金の幹部からは、鹿島のことは守るといわれていたが、ほとんど別会社のようになり、距離感がそれまでと変わった」(鈴木氏)。鹿島は新日鉄住金の400ある子会社のうち一つとなり、製造業の会社が名を連ねる中で異質の存在に。さらに19年4月、新日鉄住金が日本製鉄へと社名を変更したことで、名前からも住金の存在を見つけることはできなくなってしまった。

 Jリーグを取り巻く環境自体も、スポーツ専用の動画配信サービス「DAZN」によって一変。17年から試合の配信が始まり、大型放映権契約を原資とした賞金などの増加でチーム間の競争に激化をもたらした。さらに海外移籍をする選手も激増し、鹿島は今夏だけで3人の主力選手が海外に移籍。18年と19年のレギュラーメンバーを並べると、一致する選手はほとんどいない。「出ていく選手がいれば当然、新戦力を補強しなければならない。以前と比べるとそのスパンは確実に短くなった。それでも鹿島の最重要課題である“勝利”を収め続けるには、移籍金などの投資が欠かせない。しかし親会社の決済が必要となれば時間がかかる。素材メーカーが今後もスポーツチームの運営を続けていくのは難しいとした、日本製鉄の判断は正しい」と鈴木氏は冷静に分析する。

鹿島アントラーズ・エフ・シーのマーケティングダイレクターに新しく就任した鈴木秀樹氏。元サッカー選手で日本リーグ2部の住友金属に在籍した。現鹿島アントラーズの創設に携わり、一貫して事業部門を歩む。直近の旧経営体制では取締役事業部長として、クラブの経営を担ってきた
鹿島アントラーズ・エフ・シーのマーケティングダイレクターに新しく就任した鈴木秀樹氏。元サッカー選手で日本リーグ2部の住友金属に在籍した。現鹿島アントラーズの創設に携わり、一貫して事業部門を歩む。直近の旧経営体制では取締役事業部長として、クラブの経営を担ってきた
[画像のクリックで拡大表示]

 「経営体制の転換が必要」と双方で意見が一致する中、鹿島は4年をかけて新たな親会社を探してきた。複数の企業から売り込みがあったというが、絶対条件として掲げたのが「名前を変えない」「本拠地を変えない」こと。最終的に、課題としているスピード感の解決には、B to C企業のメルカリが適任だと判断した。さらに96年からチームの強化担当最高責任者を務め、新経営体制のトップ3最後の一人でもある鹿島アントラーズ・エフ・シーのフットボールダイレクター鈴木満氏は、小泉氏についてこう評する。「自分より鹿島の歴史に詳しい」。

 実は、父が鹿島のホームタウンの一つである行方市の出身だという小泉氏。年に数回は必ず鹿島地域に訪れる中で、中学1年生のときにJリーグが開幕した。それ以来27年間、ずっと鹿島のサポーターという筋金入りだ。「変化こそチャンスになる。自分がスマホの台頭を見越し、ミクシィからメルカリに移って成功したように、JリーグではDAZNによって環境が変わった今こそ勝負時」(小泉氏)と判断した。

鹿島アントラーズ・エフ・シーのフットボールダイレクターに就任した鈴木満氏。元サッカー選手。住友金属工業時代は監督を務め、プロ化した92年からヘッドコーチに。直近の旧経営体制では、常務取締役強化部長としてチームの戦力向上に努めてきた
鹿島アントラーズ・エフ・シーのフットボールダイレクターに就任した鈴木満氏。元サッカー選手。住友金属工業時代は監督を務め、プロ化した92年からヘッドコーチに。直近の旧経営体制では、常務取締役強化部長としてチームの戦力向上に努めてきた
[画像のクリックで拡大表示]

“スタートアップ企業”鹿島でも小泉氏が社長に就任

 「都市型のビッグクラブもある中、ここまでのし上がってきた鹿島はある意味スタートアップ企業。チーム作りやその哲学に口を出す必要は全く感じないが、ビジネスはもっとうまくできるはず」と小泉氏。「こんなに紙が多い職場は久しぶりに見た」と苦笑し、まずはベースの環境を整えることに注力する。組織は個々の能力を重視したフラットなものに変え、何回も決済が必要となるような多重構造は廃止。スピード感を重視し、その場で意思決定が行えるようにする。そのためにも極めて異例だが、親会社のメルカリ社長である小泉氏自ら、子会社の鹿島アントラーズ・エフ・シーの社長を兼任。週に3~4日は鹿島に通うという。

 スタジアムのキャッシュレス化にも早速取り組んだ。19年8月10日の試合から、スタジアムのオフィシャルショップなどに「メルペイ」を導入。利便性を増して観客の満足度向上を図ると共に、メルペイ利用者の拡大も見込んでいる。「サッカーに興味のない人でも、サッカー場自体を楽しめるようにしたい。スタジアムの滞在時間も重要なKPI(成果指標)だ」。Jリーグでは珍しく、鹿島のスタジアムには数万人が同時接続しても快適に利用できる高密度Wi-Fiが整備。VR・ARなどの研究開発を行う「mercari R4D」のメンバーも鹿島の地に訪れ、試合前後に楽しめるコンテンツの充実を図ろうとしている。

 「鹿島地域には広大な土地に加え、海や湖もある。19年からはNTTドコモがオフィシャルスポンサーに加わり、通信環境も万全。地域のメリットを生かして、実証実験の場として活用していきたい」と小泉氏は長期的な目標も掲げる。高齢化している鹿島において医療問題を解決するテクノロジーの開発や、渋滞を解消する自動運転の実験も例として考えられるという。さらに鹿島は、「アントラーズホームタウンDMO」という組織の設立に参画しており、スポーツツーリズムを核とした観光事業の可能性も広がりそうだ。「自社ですべてをまかなうのではなく、他社も巻き込んで社会の課題解決を目指したい。そのための誘致などにはメルカリがハブとなる」(小泉氏)。サッカークラブの枠組みを超えた、新たなスポーツビジネスの在り方が生まれるかもしれない。

(写真/高山 透)