建築金物を扱う老舗企業の杉田エース(東京・墨田)が、新規事業として目を付けたのは非常食。畑違いにもかかわらず、自社開発した「IZAMESHI」シリーズが、発売4年で初年度の10倍以上を売り上げるヒットに。「おいしく食べられる長期保存食」というコンセプトが消費者に受け入れられた。

非常時のための、おいしく食べる長期保存食「IZAMESHI」(イザメシ)
非常時のための、おいしく食べる長期保存食「IZAMESHI」(イザメシ)

市場調査で分かった「非常食」の欠点

 9月1日は防災の日。ロフトや東急ハンズなどの防災コーナーで、ひときわ目を引く非常食が「IZAMESHI」シリーズだ。シズル感のある写真と洗練されたデザインのパッケージは、非常食っぽさが感じられない。この商品を開発したのは食品会社ではない。建築金物を扱う杉田エースだ。1948年創業の杉田エースは、全国のホームセンターや金物物販店に建築資材などを販売している会社である。

 なぜ本業と異なる分野の食品で新規事業を立ち上げたのか。そのきっかけについて、杉田エース営業企画グループの加藤伶佳氏と福満美穂氏はこう語る。

 「2011年の東日本大震災で何か自分たちにできることはないかと思い、現社長の杉田(裕介)と社員数名が被災地を訪問した。現地の避難生活を目の当たりにし、食事の面で満足できていないということを知ったのが、IZAMESHIを開発するきっかけとなった」(加藤氏)。

 当時市販されている非常食を食べて気付いたのが、「おいしい非常食が少ない」ことだった。この問題を解決するためには自社で作るしかないと、異分野に踏み出す決断を下した。

 市場調査で得た「非常食を備蓄していたものの、どこにあるか分からなくなった」「いざというときに期限が切れていた」といった声から、開発商品のコンセプトは「食べない備蓄食から、おいしく食べられる長期保存食」に決まった。普段でも食べて活用し、食べた分を買い足して補充していけば備蓄場所を忘れることなく期限切れも防げる、「ローリングストック」の発想だ。災害時以外の「いざ」というときにも役に立ちたいという思いから、商品のシリーズ名は「IZAMESHI」とした。

初めての食品の開発で、試行錯誤の連続

 杉田エースにとって長期保存食は畑違いとはいえ、これまでの事業と全くの“無縁”というわけではなかった。震災時に被災地へ寄付をしたブルーシートや土のう袋など、被災者支援や防災という点でつながりはあったのだ。ただ、食品を自社開発するのは初めて。事業としての勝算はあったのだろうか。

 「震災当時、商社として仕入れた非常食をホームセンターに納めていたが、ご飯、水、乾パンなどがメインで、お腹を満たすだけの商品が多かったように思う。勝算というよりは、災害時でもご飯、おかず、水、デザートを1ブランドで提供し、日常と変わらない食事として満足してもらえたら、という思いがあった」(福満氏)。

 商品開発チームはわずか数人。食品の知識がないなか、協力会社を探すところからスタートした。「業界のつてをたどる他、一軒一軒調べて電話をかけることもした。希望に合った工場を探すのに苦労しているのは、今も変わらない」と福満氏。

 東日本大震災後に開発プロジェクトが始まり、実際に商品を発売したのは14年9月。納得いく商品になるまでは、かなりの試行錯誤があった。

 「長期保存食となる『容器包装詰加圧加熱殺菌食品』の製造に当たり、鍋で試作したときとレトルト加工したときで、材料の形態や色、味の仕上がりが全く異なってしまう。野菜は使用できる種類が限られ、メニューが制限されてしまうため、商品数を増やすのに苦労した。さらに長期保存食は専用パッケージが必要。作りたい食品がある一方で、長期保存の専用パッケージを供給してくれる会社を探すのも大変だった」(加藤氏)。

 食品メーカーやデザイン業者など、さまざまな企業や人の協力を得て、23種類の商品の開発に成功し、IZAMESHIシリーズがスタートした。

「ごろごろ野菜のビーフシチュー」では、具が全て溶けないように試行錯誤を繰り返した
「ごろごろ野菜のビーフシチュー」では、具が全て溶けないように試行錯誤を繰り返した

おいしさを伝えるパッケージに「非常食らしさ」は不要

 IZAMESHIの魅力はその“味”にある。2016年の「第一回日本災害食大賞」では、「IZAMESHI Deli 名古屋コーチン入りつくねと野菜の和風煮」が美味しさ部門でグランプリを受賞した。

 実際に買って食べてみないと伝わらない「おいしい」という魅力を、どう押し出したのだろうか。

第一回日本災害食大賞美味しさ部門でグランプリを受賞した「IZAMESHI Deli 名古屋コーチン入りつくねと野菜の和風煮」
第一回日本災害食大賞美味しさ部門でグランプリを受賞した「IZAMESHI Deli 名古屋コーチン入りつくねと野菜の和風煮」

 「パッケージにはかなりこだわっている。開発が始まった当時、他の非常食は中身がパッケージに写っているものが少なかった。一方で市販のレトルト食品は、家にあるような食器を使って撮影されて、きれいに盛られて湯気が立ち、シズル感がある。IZAMESHIでは中身の見えない従来のパッケージではなく、食卓のシーンがイメージできる写真を使用した。非常食っぽさを無くし、パッケージ買いをしてもらえるよう店頭での見せ方も工夫した」(加藤氏)。

 おいしさの他にも、他社製品と差別化をしている部分があるという。

 「おいしく食べられる長期保存食ということで、シーンを提案している。海や山に行ったときにも利用してもらえるよう、ホームページやパンフレットにイメージ写真を掲載した。ご飯やおかず、デザートまで全てそろうのもIZAMESHIならでは。ホームセンターなど小売店では、与えられた棚の陳列方法まで考えなければいけないので、同じシリーズでそろっていればきれいに見せられる」と加藤氏。主なターゲットは「30代以上の女性」だという。

非常食であってもアウトドアシーンで活用できることをアピール
非常食であってもアウトドアシーンで活用できることをアピール
デザートがあるのもうれしい
デザートがあるのもうれしい

 販路開拓にも積極的で、営業部一丸となって拡販に取り組んだ。展示会にもできる限り参加し、バイヤーとの商談機会を多く設けた。その甲斐あって、もともと付き合いのあったホームセンターの他、現在では大手量販店や百貨店、雑貨店などにまで間口を広げている。

カフェの出店も計画中

 14年にIZAMESHIを発売し、翌15年には売り上げは4倍に跳ね上がった。さらに18年は15年の3倍にまで上昇。つまり発売からわずか4年で10倍以上の成長だ。杉田エース全体としては、まだ売り上げのごく一部。しかし加藤氏は「近い将来、『長期保存食 IZAMESHI』が会社を支える一つの柱になれば」と期待する。

 19年12月オープンを目指し、IZAMESHIを提供するカフェを計画している。BtoCの事業拡大を視野に入れ、実際にお客に食べてもらう接点を設けるのが狙いだ。

 建築金物を扱う会社が、食品でヒットを生んだ。全くの異分野だったからこそ、味にしろパッケージデザインにしろ、業界の常識にとらわれることなく商品開発ができた面もあるだろう。辛い状況でも、笑顔になる瞬間があるといい――杉田エースが手がける非常食には、そんな願いが込められている。

(写真提供/杉田エース)