日米シェアナンバーワンを誇るスマートタグメーカーTile社の「Tile Mate(電池交換版)」が、2019年5月の値下げをきっかけに好調に売れている。だが実は、今回の値下げは単なる販促ではなく、その先にあるサブスクリプション事業への布石だ。
日本版アプリ未提供のサブスクリプション機能
米Tile社CEO(最高経営責任者)のCJ・プロバー氏によれば、同社が米国版Tileアプリが搭載しているサブスクリプションサービス「Tileプレミアム」の提供を、日本でも2019年度中に開始する計画だという。
Tileは“無くし物トラッカー”と呼ばれるガジェットの1つで、Bluetoothでスマートフォンに接続したTileを財布や鍵などに取り付けておけば、それらが見当たらないときにスマートフォンのアプリでTile本体を鳴らして探し出せる。
「Tileプレミアム」では、この基本機能に加えて最大6つの機能・サービスが追加される予定だ。日本版については、Tileを持たずに自宅を離れると通知が届く「Smart Alerts(スマートアラート)」と、電池の交換時期が近づいたら無償で新品の電池が送られてくる「Auto Battery Replacement(オート・バッテリー・リプレースメント)」の採用が確定している。
「『スマートアラート』は、携行しなければいけないものを持っていないときに通知する機能。この機能により、Tileは『無くした物を探すツール』から『物を無くさないためのツール』に変わる」とプロバー氏。
米国の場合、利用料は毎月2.99ドル(約330円)または年間29.99ドル(約3300円)となっている。日本でも同程度となる見込みだ。なお、利用料はユーザー単位なので、1人のユーザーが複数台のTileを所有していても追加料金などは発生しない。
「Tileの販売も、サブスクの提供も両輪で進めるが、今後はTileプレミアムによる収益のほうが大きくなっていくだろう」とプロバー氏は語った。
サブスク開始の前にTileをIoT生活の必需品に
Tile社は、サブスク事業の開始に向けて、日本国内の利用者を増やす施策を展開している。言うまでもないが、Tile Mateの値下げもその一環だ。まずは購入のハードルを下げてTileの普及を促し、サブスクにつなげる狙いがあるのは間違いない。
「Tileプレミアムのサービスは、各種の保険やセキュリティーサービスと同じもの」とプロバー氏は言う。財布を紛失すると、現金を失った経済的・精神的ダメージもさることながら、一緒に入れてあったクレジットカードなどの紛失・再発行手続きの手間と労力も相当だ。そのリスクが月額300円程度で低減できるなら、“保険”としてTileを取り付けておく価値は十分にある。
Tileが広まれば検出率と精度がさらに向上する
Tile社がユーザーを増やしたい理由は、サブスク以外にもある。同社はインターネット上にTileユーザー間の「探し物コミュニティー」を構築しており、紛失したTileがBluetoothの圏外にある場合でも、他のTileユーザーが近くにいれば大まかな場所を通知してもらえる。つまり、市場に出回っているTileの数が増えれば増えるほど、無くし物を探し出せる確率・精度が向上するわけだ。
またTile社では、Tileそのものの販売に加えて、無くし物の検出率を向上させる2つの施策も展開中だ。
1つはアクセスポイントの増設。プロバー氏は「オフィスやレストラン、公共の施設などをアクセスポイント化すれば、よりTileを検出しやすくなる。米国では(ケーブルテレビ・情報通信事業などを展開する)コムキャストと提携しているが、日本でも同様の手法でアクセスポイントを増やしていく」と語る。提携先としては幾つかの候補があるが、サービス開始までは非公開とのことだった。
もう1つは、他のメーカーのBluetooth対応製品にTileの機能を搭載すること。Tileの機能はBluetoothのチップにソフトウエア的な書き換えを施すだけで追加できるので、メーカー側もTileの導入には前向きだという。「次の5年間で290億個のBluetooth搭載製品が出荷されるとの予想もある。それらの全てにTileが搭載されるのが理想」(プロバー氏)。そうなればTileの検出率・精度は飛躍的に向上することになる。
複数使いにより販売個数にも伸び代
従来のTileは、電池が切れたら本体ごと買い替える必要があった。しかし18年10月に電池交換が可能なモデルが発売され、現在はそちらがメインとなっている。電池交換ができないことへのユーザーの不満に応えたわけだが、それなら充電式にしてもよさそうなものだ。
しかし、Tile社では1人のユーザーに3つ、4つ、それ以上のTileを使ってもらうことを想定しているため、充電式は採用しないとプロバー氏は言い切る。「所有しているTileの数が増えれば増えるほど、ユーザーにとっては充電が煩わしいものになってしまう」(プロバー氏)
実際、プロバー氏自身も財布や鍵などに取り付けて、計11個のTileを所有しているとのこと。「Tileのいろいろな活用法を提案していくのが今後の課題。ユーザーのなかには、私たちが想像もしなかった使い方をしている人もいる」とプロバー氏。ペットのカメに取り付けている人もいるらしい。
まずはTileの普及を図り、IoT生活に欠かせないものにする。Tileが安定して使われ始めたら、すでに実績のあるサブスクの提供を始めるというのがTile社の戦略だ。安易なサブスク化で失敗する企業は少なくないが、Tile社の取り組みは慎重だ。
(写真/堀井塚高、湯浅英夫、写真提供/SB C&S)