名古屋の商店街・大須にある大須演芸場。ビートたけしや明石家さんまも出演したことがあるというこの演芸場は1965年から寄席を上演してきた。一度閉館したが、2015年に復活。現在も毎月1日から7日、定席寄席が行われる他、貸しホールとしてもさまざまなイベントが開かれている。
この大須演芸場を「呪われた演芸場」にするという期間限定プログラムが2019年8月19日から開催されている。「お顔をちょうだい 老婆の呪面 in 大須演芸場」というホラー企画だ。
呪われた演芸場に若者を呼び込め
「殺された人面で作られ、そのお面をかぶると殺された人が見た最後の光景が見られるという『ハギトリの呪面』。それを興味本位でかぶってしまったあなたは、気付くと古い家屋の囲炉裏の前に座っている」。
来場者はこのストーリーを元に作られたオリジナルの怪談を聞き、その後でVRで描かれたホラーを体験する。寄席に出演している地元の落語家や講談師4人が怪談を語る。
「呪われた演芸場」が狙うのは、若い世代の取り込みだ。
「演芸場がある大須は古着屋や雑貨屋なども多く、名古屋の中でも若者が多く訪れる。でも彼らはほとんど演芸場に足を運んでくれない」と言うのは、プロジェクトを手掛けた蔦井(名古屋市)の上修大氏。演芸場の常連客は落語に詳しい年長者で、好きな落語家や芸人が出てくる寄席を選んで演芸場にやって来る。今まで演芸場に足を運んだことがない若い層を引きつけるにはどうすればいいかと考え、たどり着いたのが「呪われた演芸場」だった。

実際、ホラーは若者に人気がある。毎年夏にお化け屋敷を開催しているMBS(毎日放送)のデータによると、来場者の65%を10代と20代が占め、40代以上は10%しかいない。男女比もほぼ同じ割合だった(16年調査。記事「若者に刺さる『ホラーマーケティング』 恐怖を拡散して大成功」参照)。
最新技術であるVRコンテンツによるホラーだけにせず怪談を組み合わせたのは、「ホラーが目的で来た人たちに演芸の魅力にも触れてほしい」と考えたからだ。「来場した人のうち数人でもいいから、演芸に関心を持ってもらえればうれしい」。
VRホラーで新たな「お化け屋敷市場」開拓狙う
大須演芸場で上映されるVRを手掛けたのは、松竹のお化け屋敷ブランドである「松竹お化け屋本舗」。
松竹は同じVRを利用して、現在東京タワーでも『~お顔をちょうだい~老婆の呪面』を開催している(9月1日まで)。大須演芸場では怪談とVRを組み合わせたが、東京タワーでは歩いて通り抜ける「ウオークスルー型」お化け屋敷とVRを組み合わせた。
入場者はVRパートを体験。その後、同じ世界を描いたウオークスルー型のお化け屋敷へと進んでいく。演出は、最新技術を使ったホラー演出を手掛ける闇(東京・目黒)の頓花聖太郎(とんか・せいたろう)氏。18年、横になっている状態で悪霊に襲われる「金縛りVR」という作品を制作し、話題になった。
頓花氏によると「VRとお化け屋敷は親和性が高い」という。「お化け屋敷を楽しむには、その世界に入り込むことが必要。視界すべてをジャックできるVRは、参加者の脳をハックして世界に入り込みやすくすることができる」。
実際会場で体験した人からは「普通のお化け屋敷はいきなりその世界に入るけど、ここはVRで体験しているから、自分が主人公になったような気分になれる」という声も聞かれた。「VRとリアルの組み合わせはお化け屋敷のスタンダードになるかもしれない」と頓花氏も手応えを語る。

さらに「VRを組み合わせることで、ホラーコンテンツの多様性が広がる」と言うのは、東京タワーのお化け屋敷に関わってきた松竹事業部の富田剛史プロデューサー。
「松竹お化け屋本舗」は、これまで東武動物公園や京都タワー、そして中国の上海や重慶でお化け屋敷を開催してきた。しかし、リアルなお化け屋敷を実施するには、ある程度のスペースが必要になる。VRとリアルを組み合わせたハイブリッド型なら、検討する余地が広がる。
今回のVRパートは最初から単独での活用を想定して、それだけで楽しめる構成になっている。「VR」のみ、「リアル」のみ、2つを合わせた「ハイブリッド」から、条件に合わせて選べるというわけだ。さらに大須演芸場のように、それにプラスアルファの要素を加えることも可能になる。
松竹は 19年内に国内の他の商業施設や飲食店などにVRパートを提供していく予定だ。首都圏を中心に国内外で飲食店店舗を展開するきちりホールディングスは、7月20日から「KICHIRI渋谷」でコラボメニューを展開。注文すると食事前にお化け屋敷仕様の専用ルームで『老婆の呪面』のVRを楽しめるプログラムを用意した。
「ホラーを切り口にいろいろな楽しみ方を提供したい」と富田氏は未来を見据える。「お化け屋敷を意識していない層との接点や幅広いジャンルへの広がりを期待している」
実は上氏が勤める蔦井は公共インフラを扱う企業。会社として松竹と接点はなかった。同社でただ1人新規事業開拓を担当する上氏は、松竹ホームページのトップで見つけた「お問い合わせ」から連絡を入れ、今回、新しい企画を実現させたという。「連絡をしたのが19年の初め。まさかその夏に企画が実現するとは思わなかった」。このスピード感もVRがもたらしたものだろう。次にVRホラーはどのような形で広がっていくのか。