電通の国際事業を担う電通イージス・ネットワークの傘下にある世界有数のメディア・エージェンシー、カラ(Carat)。そのGlobal President, Media & Performance Transformationであるクリスティーン・ルモヴィル氏に、広告領域におけるAI(人工知能)やデータの活用の現状と課題、今後の展望などを聞いた。

クリスティーン・ルモヴィル(Christine Removille)氏
カラ(Carat) Global President, Media & Performance Transformation
広告会社大手のレオ・バーネットや、メディア・エージェンシー大手のカラフランス法人での勤務を経て、アクセンチュアに20年勤務。デジタルマーケティングなどを担うアクセンチュア・インタラクティブを欧州で立ち上げ、欧州・南米・アフリカ地区の代表責任者を務める。2018年9月に、電通イージス・ネットワークの傘下にあって世界140カ国以上で事業を展開するグローバル・メディア・エージェンシー、カラのグローバル・プレジデントに就任した

今、広告の領域でAIはどのように活用されているのか。将来、AIを広告領域に活用するのは当たり前になるのか。

広告の領域では、AIを3つの形で活用することを想定しています。まず第1に、消費者の行動を迅速に理解するためにAIを活用する。例えば、Webやソーシャルメディア上の人の行動をリアルタイムで把握し、消費者のインサイトを知ろうとする場合、ここにAIを活用すれば、消費者の行動の中から感情に基づく動きのみを抽出して把握し、それによって消費者のインサイトをより深く知ることができると考えられています。

 第2に、実際に得たユーザーのインサイトを活用する分野にもAIを活用できます。例えば、消費者が接するコンテンツを制作するプロセスに、AIを活用する。AIを使って、コンテンツを見た消費者の反応を深層学習することで、どのコンテンツをどの環境において提示するのが、消費者から最も効果的な反応を得られるのかが分かります。またDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)にAIを実装することで、プログラマティックなメディアバイイングをさらに強化し、消費者にとって最適なタイミングで最適な場にネット広告を配信し、アクティベーション(行動変容)を促すこともできます。

 第3に、AIを使って広告のオペレーションのプロセスを最適化できると考えています。内部のオペレーションのプロセスをAIで分析し、最適なプロセスを見いだして、オペレーションのワークフローを自動化しようというわけです。ただし、この場合、例えば生成されるコンテンツの品質を確認するために、ワークフローを人の目でチェックする過程は欠かせません。

 今後、AIは、ある意味でデジタルという言葉と同様の扱いを受けるようになっていくと思います。ビジネスのどの領域にも、AIやAIを使って分析するためのデータ、分析のためのツールや手法が普通に存在し、取り立ててそれらを取り上げて話すことはなくなっていくでしょう。広告の領域も例外ではありません。

 将来は、AIでデータを分析して得られたインテリジェンス(知見)をどう活用するか、具体的にはどのように企業のよりよい意思決定につなげていくか、に話が移っていくと思います。ただし、今後はデータのプライバシー、個人情報の保護という要素がこれまでよりも重要になる。政府が方針を定め、企業もきちんと対応していかなければいけません。

データやアルゴリズムが同じでも得られる結果は異なる

AIを使ってデータを分析するのが当たり前になったとき、疑問が1つある。同じ市場で消費者を奪い合っているA社とB社がいた際、入手できるデータが同じで、AIはもちろん分析するアルゴリズムも同じだったら、A社とB社の広告戦略や消費者へのアプローチに、果たして違いが出るのか。

結論をまず言えば、広告主AとBがいて、両社が同じデータと同じAIのアルゴリズムを使っていたとしても、消費者に与えるインパクトが同じになるとは思っていません。それにはいくつか理由があります。

 まず、企業によってマーケティングを実践するプロセス、特にオペレーションそのものが違います。なので、仮に同じデータや同じAI、同じアルゴリズムを使って、同じような知見を得たとしても、組織として同じ成果を出すことにはならないと思っています。例えばA社は、ビジネスインテリジェンスを担う部署、マーケティングを担う部署、営業を担う部署がすべて縦割りで、いわゆる“サイロ化”されている組織だったとしましょう。これに対してB社は、CRM(顧客関係管理)をフル活用して組織横断的にマーケティングを実践していたとします。すると、A社とB社では、同じデータから同じよう知見を得たとしても、それを活用するプロセスやオペレーションが異なるため、結果はまったく違ってくると思います。

 もう1つ。仮にA社とB社がまったく同じデータとAI、アルゴリズムを持ち、マーケティングを実践するプロセスも似通っていたとしても、アクティベーション、つまり消費者に態度を変容させ、意図したように行動してもらえるかどうかには、別の要素が絡んできます。一般にアクティベーションを達成するためには、企業が提供するコンテンツの中身と、それをどのメディアで、どのタイミングで消費者に伝えるかというメディア戦略が重要になります。コンテンツの中身にはクリエーティブな要素が必要になりますし、メディア戦略の構築と運用には、また異なった技術やツールが必要になる。つまり、同じデータアセットとAI、アルゴリズムを持っていても、肝心のアクティベーションのところで差が付く可能性は極めて高いのです。

先ほど話に出たいわゆるデータプライバシーの問題について聞く。消費者や企業に対して、広告会社としてどのように対処すべきだと考えるか。

データプライバシーの領域では、個人情報を保護する方向で、世界的に規制が強化されています。この方向は、消費者にとっても企業にとっても、実はいいことだと思っています。自分が出すデータ、つまり個人情報がどういう形で使われるのかを知っているほうが、消費者はその情報をより出しやすくなると思うからです。

 そのうえで企業の側に立てば、今後は従来以上に、いかに消費者とウィン・ウィンの関係を築くかが重要になってくると思います。アマゾン・ドット・コムや中国の「天猫(Tモール)」のような大規模ECはその好例です。ECのサービスを享受するため、消費者は個人情報を比較的容易に提供する傾向があります。なぜなら、消費者は個人情報を提供する以上の利益をECのサービスから得られると考えているからであり、EC側も、得られた個人情報に基づき、さらに洗練されたサービスを開発して消費者に提供している。そうしてウィン・ウィンの関係ができているわけです。

消費者が喜ぶ新しい体験をつくり出す必要がある

 このウィン・ウィンの概念は、将来の広告にも不可欠の考え方になると思っています。消費者は、広告に関心を持てばより積極的に自分のデータを提供してくれるし、自分のためになるなら、例えばWeb上の自分の行動を追跡されても構わないと思う可能性が高い。企業は、こうして得られた個人情報を分析し、商品開発や消費者へのマーケティングにさらに生かす。こうなればウィン・ウィンの関係につながっていくでしょう。つまり、将来の広告会社は、消費者が喜ぶ新しい体験を常につくり出していく能力を持つ必要があるのです。

 その意味で、今後はエンターテインメントの活用が重要になると考えています。これまでは年齢や性別、居住地域などデモグラフィック(属性)によってターゲティングするのが当たり前でしたが、将来は、消費者の人生における経験やインサイト、そのときの感情やパッションなどに焦点を当ててターゲティングしていく可能性が高い。そのほうがアクティベーションを得やすいからです。

 そこで消費者のパッションが発露されやすいエンターテインメント、特にスポーツイベントに注目が集まっています。例えば、2019年に日本で開催されるラグビーのワールドカップのようなライブイベント。同じようなパッションを持った人たちが多数集まるはずで、そこにユニークなターゲティングの機会を見いだすことができるわけです。これは伝統的なマスメディアのキャンペーンとは異なったアプローチですね。

 今後、企業は、消費者の行動やインサイトに基づいて、消費者との間にウィン・ウィンの関係をつくっていくことが重要になってくるはずです。その際、消費者が自分の考え、つまりポイント・オブ・ビューを、メッセージとして自由に発信できるかどうかが、ウィン・ウィンの関係を築くポイントの1つになると思います。

消費者からのマイナスな発信への対処法とは

企業が消費者に対してある体験を仕掛けた場合、消費者の自由に任せると、必ずしも企業にとってプラスの情報ばかりが発信されるわけではない。そこはコントロースできないのではないか。

消費者のポイント・オブ・ビュー、これがブランドイメージに悪影響を与えてしまうというリスクがあることは確かです。なので、マーケティングを実践する企業は、消費者にとっての価値、私たちが「ピープルプレミアム」と言っているものと、私たちが、企業にとって長期的に株主価値を高めていくために必要な「ブランドプレミアム」と言っているものの間のバランスを取っていくことが、重要になっていきます。

 このバランスを取るために、企業が当面できることは2つあります。まずピープルプレミアムを損なうようなマイナスの発信が消費者からあった場合、直ちに対応できるプロセスを持っていなければなりません。ブランドに悪影響を与えそうな消費者からのメッセージが公になった時、それをポジティブなメッセージに迅速に変えていくプロセスというものがまず必要です。

 もう1つは、企業が発信するコンテンツの焦点を、消費者という範囲だけにとどまらず、いわゆる市民に当てることです。この商品やサービスはお得ですよ、機能が高いですよと利便性を伝えるだけでなく、社会の変革や環境の改善にこのように貢献しているんですよという高次のメッセージを盛り込む。社会にいろいろな意味で貢献できる企業や商品は今、消費者から高い評価を得やすくなっています。

今、世界のデジタル広告市場を見ると、ルモヴィル氏が長く在籍していたアクセンチュアやデロイトのような、いわゆる“コンサルティングファーム”が、次々に参入し、しかも市場シェアをどんどん高めている。ルモヴィル氏はなぜ、勢いがあるように見えるアクセンチュアから、伝統的な広告会社の電通傘下にあるメディア・エージェンシーのカラに転じたのか。

私たちはプロフェッショナルサービス会社と呼んでいますが、アクセンチュアやデロイトのようなコンサルティングファームが、デジタル広告市場で存在感を高めているのは事実です。ですが私は、伝統的な広告会社も今後、しっかりと生き残ると見ています。なぜなら、おのおののポジショニングが異なっているからです。

 アクセンチュアやデロイトのような会社は、デジタルマーケティングの領域で、どちらかというとエンド・トゥ・エンドのマーケティングサービスを提供しているだけです。また、彼らはプログラマティックバイイングを一部除くと、メディアバイイングをほとんどやっておりません。またオフラインのメディアプランニングとか、ブランディングも大抵手掛けておりません。

アクセンチュアより電通に将来性がある

 これに対して伝統的な広告会社は、コンテンツのクリエーティブの領域にかなり強みがあります。アクセンチュアやデロイトは、クリエーティブ機能を持つ会社を次々に買収していますが、まだ十分とは言えない。つまりクリエーティブとデータをうまく融合させるには、伝統的な広告会社のほうに一日の長があるのです。それに加えて伝統的な広告会社は、既存のメディアとの強固な関係があります。これはアクセンチュアやデロイトのようなプロフェッショナルサービス会社にはないものです。

 デジタルマーケティングの将来を見た場合、マーケティングを展開する際の「コンテキスト(文脈)」、「コンテンツ」、「データ」という3つの要素が重要になってくる。消費者から見て、データに基づいて、かつクリエーティブに生成された適切なコンテンツを、適切な文脈に沿って、つまり最適なタイミングと最適なメディアによって届けてもらうということが大切になる。伝統的な広告会社ならば、コンテンツを生成するクリエーティブな能力を持ち、こうしたクリエーティブを、デジタルメディアだけでなくさまざまなメディアを駆使して消費者に届けられる。電通も当然、こうした機能を持っています。

 アクセンチュアを離れ、電通イージス・ネットワーク傘下のカラに戻ったことが、将来成功するためのモデルが何かという問いへの私の答えです。

(写真/新関雅士)

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