トヨタ自動車未来プロジェクト室の間嶋宏氏が、2019年7月24日に開催された「日経クロストレンドフォーラム2019」に登壇。同社と西日本鉄道が福岡で実証実験を行う、マルチモーダルアプリ「my route(マイルート)」の最新動向について明かした。
マイルートは18年11月に福岡で開始した、複数の移動手段(マルチモーダル)を組み合わせてルートを検索できるアプリ。バスや鉄道、タクシー、レンタカー、自転車シェアリングなど多様な移動手段もさることながら、アプリでタクシーの予約・決済や、西鉄バスのデジタルフリー乗車券(1日、6時間)が購入できるのも大きな利点だ。イベントや店舗などのスポット情報のほか、割引グルメクーポンも発行する(関連記事「トヨタ版MaaSアプリ 最新データで見えた福岡の『移動革命』」)。
間嶋氏は、08年にトヨタ入社後、アイドリングストップなどの技術開発に携わり、18年1月からマイルートを開発する未来プロジェクト室に所属する。未来プロジェクト室は製品軸と地域軸でカンパニー制を敷く同社において、両軸に属さないヘッドオフィス直轄の部署で、間嶋氏は「短期的な目線ではなく、2030年を見据えた企画提案、プロジェクト化を推進できる」と、利点を述べる。30~40代の事務系、技術系社員が混在しており、男性が多くなりがちなトヨタで、あえて男女比は半分ずつにしているという。
ヘッドオフィス直轄にした理由は、自動車業界特有の参入障壁(開発期間や商品サイクルの長さ、開発・生産の多額な投資、法規制の多さなど)や、トヨタ独自のイノベーションの難しさ(問題解決型思考や、多人数の認証)を取り払うため。リポートラインを少なくすることでイノベーションを加速させる狙いがある。
MaaSやカーシェア、自動運転など、クルマ業界を取り巻く社会変化も踏まえた未来プロジェクト室のミッションは、「より自由で活発に移動できる未来を実現し、人々の移動総量を増やすために世の中の“一歩先”を創っていく」ということだ。
「楽しいと思える移動をより増やしていきたい。ずっとにぎわう街づくりが一番重要だ。そのためには自動車もあくまで1つの手段と捉え、最適な移動手段を提供したい。心構えとしては、“生活者視点”。内製主義、自社主義からよりスピードアップするという観点で“共創主義”」と、間嶋氏は語った。また、企画部署は夢物語で終わってしまうことも多かったが、同室はプロトタイピングまで試すというミッションを持った組織。新しいアイデアは社外にも公開している。
経路検索でナビタイムと連携
今回の講演の中で、間嶋氏はマイルートの中長期での目指す姿についても言及した。それは、今後のモビリティサービスを見越した移動のインターフェースを構築すること。ユーザーにとってMaaSアプリの価値は、【A】リアルタイムマルチモーダル移動ルート検索、【B】共通の予約決済システム、【C】行動を促す街の情報提供の3つにある。そして、モビリティ事業者にとっては、【D】新しい移動サービスの提供、【E】街における人の移動の最適化などがある。このうち、A~Cが現状のマイルートで提供しているサービスだ。
「マルチモーダルとは様々な移動手段を掛け合わせたもの。移動の目的やきっかけづくりにも貢献したいので、行動を促す街の情報提供もより強化していきたい。また、【D】についても、自社で開発中のモビリティやサービスと連携して新しい移動サービスを提供できるのは、もともとモノづくりの会社であるトヨタの強み」(間嶋氏)
実験概要を説明した間嶋氏は、当初5カ月間だった期間を10カ月(19年8月末まで)に延長していると話した。西鉄をパートナーに選んだ理由としては、福岡市内の移動の大半を担っているメインプレーヤーであることに加え、「にぎわう街づくりへの貢献」というビジョンへの共感を得られたことを挙げた。「愛知県の企業がいきなり乗り込んでも福岡で良いサービスはできない。地元を理解している非常に重要なパートナーだ」(間嶋氏)。
もともとあった1日フリー乗車券のデジタル化に加え、6時間フリー乗車券をマイルート限定で新設。さらに、福岡と大宰府の1日フリー乗車券も7月上旬から新たに導入した。 「窓口で購入しなければいけなかったものが、マイルートなら24時間いつでも購入できる。窓口や運転手の負荷が減り、乗客の手間がなくなる。さらに6時間フリー乗車券は、利用開始時間や位置情報を取得できるデジタルならではのサービス。新しい移動体験やサービスを生むきっかけになる」(間嶋氏)という。
また、外部サービス連携によるイベント・スポット情報提供では、今後はユーザーの嗜好や移動履歴からのリコメンド機能を追加することも視野に入れている。そして7月30日からは、新たに経路検索大手のナビタイムとの提携もスタート。電車の乗り換えに適した車両の位置や、目的地に近い駅の出入り口の情報など、きめ細かなルート提案ができるようマルチモーダルルートの検索アルゴリズムを共同開発した。
2割の不満は、アプリのUI、UX
マイルートの実証実験については、ユーザーの約8割が満足しているという。ダウンロード目標数は当初5000件だったが、7月時点ですでに2万5000件を突破。特にバスは頻繁に遅れが発生するため、リアルタイムの運行情報が有益だったという声が多かった。一方、外出機会の増加やモビリティ活用拡大の面では、まだ課題があるという。
とりわけ自転車シェアリングに関しては、利用方法までのイメージが湧かないことが分かった。しかし、「マイルートでは、ルート上のどの自転車ポートを使えばいいかまで提示できたことは、利用者の手間が省けてよかった」と、間嶋氏は一定の成果があったという。
未来プロジェクト室でマイルートを開発したことで、間嶋氏は「これまでは開発から運用までがぶつ切りだったが、常に一体で回しているという状態。アプリをローンチしてからが大変だった。命にかかわるクルマとアプリでは必須要件が異なり、スピードと品質のバランスなど見極めが重要だった」という。
今後は、マイルートの複数都市への展開も考えている。全国で共通サービスを使えることはコスト面を按分できる良さもあるという。「MaaSを業界だけの一過性の流行で終わらせるのではなく、生活者、ステークホルダーと一緒に育てていきたい」と、展望を語った。
また、当日講演を聞いた参加者からの質問も相次いだ。以下が一問一答。
トヨタのMaaS関連の取り組みでは、ソフトバンクと組んだモネ・テクノロジーズがある。モネ・テクノロジーズはオンデマンドのモビリティサービスを軸に過疎地や地方の課題解決を主にしているように見える。将来的にはどのような役割分担があるのか。
間嶋氏 現在、オンデマンドバスなど、トヨタで検討しているモビリティサービスとマイルートとの連携は考えているところ。
小田急電鉄や東京急行電鉄の「観光型MaaS」といった動きもあるが、他社との違いは?
間嶋氏 1つは、新しい移動サービスやモビリティを我々自身がつくり出せるという点。東京で実証実験を始めたカーシェアリングサービス「トヨタシェア」など、新しいサービスなどを自分たちで生み出しながら提供できるというのは大きいと考えている。
マイルートの実証実験について8割が満足ということだが、残り2割の不満や課題点は。
間嶋氏 ユーザーの声としては、UX(ユーザーエクスペリエンス)の改善に関する要望はあった。アプリでは1クリック増えても手間に感じる。また、イベントやスポットなどの情報提供では、自分に合ったイベント情報が出てこないなどの声があり、そういった点を改善するのが課題だ。
(写真/新関雅士)
登壇者の希望により、一部発言などを変更しました。本文は修正済みです。[2019/8/8 20:00]
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