興行収入250億円、観客動員1900万人、歴代の邦画の興行収入2位。革命的なヒットとなった『君の名は。』から約3年。新海誠監督の次作となるオリジナルアニメ映画『天気の子』が、2019年7月19日に公開となった。初日から3日間の興行収入は、『君の名は。』の約128.6%のスタートダッシュを見せた。そして7月29日には、公開後11日間で観客動員300万人、興行収入40億円を達成したと東宝が発表。絶好調の『天気の子』の軌跡について、新海監督の公開直後の思いを聞いた。

日経トレンディ「2019年ヒット商品ベスト30」14位に『天気の子』が選ばれた。2作連続100億超えを果たした新海誠監督の「確実に面白いものを作るやり方」は何か。ロングインタビューを紹介する。(2019年11月1日追記)
新海誠(しんかい・まこと)氏
1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人製作の短編作品『ほしのこえ』でデビュー。以降、初の長編映画『雲のむこう、約束の場所』(04年)、『秒速5センチメートル』(07年)、『星を追う子ども』(11年)を発表し、受賞多数。『言の葉の庭』(13年)では、ドイツのシュトゥットガルト国際アニメーション映画祭にて長編アニメーション部門のグランプリを受賞。16年『君の名は。』で、歴代邦画2位の大ヒットを記録
2019年7月19日に公開した新作『天気の子』
2019年7月19日に公開した新作『天気の子』

11日間で興行収入40億円達成という数字の感想を聞かせてください。

新海誠氏(以下、新海氏) ああ、数字が出たんですね。300万人40億円。素晴らしいですね。ひとまず正直な感想として、安心しました。「いくら以上達成するのがあなたの仕事ですよ」と言われているわけではありませんが、チーム全体としては、当然「大ヒットですよね」という空気はにじませるわけです。というより、映像製作のチームはそういう意識はしていないのですが、企画会社や配給会社は大ヒットを狙う気持ちでいて、その上ですごい宣伝をやってくれていますから。僕の監督としての役割はヒットの数字を作ることではなく、観客の期待に応えて何をどう届けるかという部分だとは思いつつも、やはり単純にホッとしました。

 映画が完成したのは、7月7日と公開直前。そこで完成して初めて世間を見渡すと、ものすごい宣伝が始まっていました。電車に乗っても駅でもバスでもコンビニでも。テレビをつければCMをやっている。ざわざわとした変なプレッシャーはその時点から来ましたね(笑)。

 『君の名は。』の250億円という重圧があったんじゃないかと心配されますが、脚本を書き始めるときはそうでもないんです。なぜなら、海外の映画ならいざ知らず、国内の映画で「これをやれば何十億」という明確なヒットのノウハウは、おそらくどの監督も持っていない。じゃあプロデューサーの川村元気が何か法則を持っているのかというと、知りませんけど(笑)、おそらくないです。

 だから数字を最初に考えても仕方がない。とにかく、いい作品を作ることが課題で、それが数字に結び付けばいいなと思う。もっといえば、作品の「いい」「悪い」は、観客の判断なわけで、もう少し客観的な指標として「面白い」映画かどうかがあると思う。「嫌いだし、悔しいけど面白い」「退屈はしなかった」「意味が分からないけど泣いてしまった」。こうした思いは、全部「面白さ」だと思います。それをどうやって達成するかは、ひたすら考えていました。

高校生の主人公、森嶋帆高は東京に出てきてさまざまな人に出会う。ヒロインの天野陽菜、その弟である小学生の凪、編集プロダクションを経営する須賀圭介、そこで働く夏美、老婦人の冨美──さまざまな年齢層の登場人物がいる
高校生の主人公、森嶋帆高は東京に出てきてさまざまな人に出会う。ヒロインの天野陽菜、その弟である小学生の凪、編集プロダクションを経営する須賀圭介、そこで働く夏美、老婦人の冨美──さまざまな年齢層の登場人物がいる

3年という製作期間は短くはなかったですか。

新海氏 細田守監督も最近は3年ペースを保っているし、宮崎駿監督の初期はもうちょっと早いペースだったかと思うので、僕たちが特別早く製作したとは思いません。でも、やってみて実感することは、これ以上短くすることはできない。

 では4年、5年あればいいのかというと、そうでもない。時間をかけすぎると、お客さんが見たいものはこうじゃないか、僕はこういうものを作りたいという気分が、だんだんずれていってしまうと思うんです。

 じゃあ、3年前に今の世の中でヒットするものを予測していたかというと、それは無理です。未来予測は僕の仕事ではないし、そんなことをしても意味がない。ただ、『君の名は。』の製作が始まったのは14年で、『天気の子』はだいたい17年から。この3年でずいぶん世の中は変わっています。例えば、確実に人々は貧しくなっている。帆高も陽菜もお金がないという描写は、『君の名は。』ではなかったことです。キラキラした部屋よりも、狭くて古い部屋で工夫して快適に過ごしているというほうが、お客さんの気分には合っている。

 もう一つ、天気の話としては、夏が暑くなっているのは確かです。気候変動を認める人とそうでない人がいるけれども、科学的には確実にそうなっていて、当然雨がたくさん降る。来年、再来年の夏はきっと雨が多いんだろうな、と思っていました。今年の梅雨が長かったのはたまたまですが。

3年という期間で確実に面白いものを作る「新海流」

タイトな期間で確実に面白いものを作るための、新海監督流のやり方はありますか。

新海氏 まずプロット、つまりあらすじを決めてそれが面白くなければいけない。プロットをもとにスタッフで会議をして、みんなの意見を聞いて詰めました。例えば凪というキャラクターは最初「妹」でした。僕は女の子のほうがかわいいし描きやすいと思ったのですが、スタッフから「絶対に男の子がいい」という主張があった。また最初は、須賀が気象AI研究者という謎の設定だったこともありましたが、そうじゃないよね、と。プロット会議は全部で8回。その後脚本を書いていき、これも4稿ほど書き直しています。

 脚本が決まった時点で物語は決定しているわけですが、人は脚本を読むときに楽観的になるというか、性善説に立ってしまう。「音楽が付いたらきっと感動するんだろう」とか「実は俺はよく分からなかったが、俺が理解できていないだけだろう」とか。スタッフの間でもそういうことはあります。ところがアニメーション映画はその後の工程が非常に長くかかる。よく分からない部分を曖昧にしたまま、2年かけて作ってみて実は面白くなかったなんてことがあっては、非常にダメージが大きいわけです。

 そこで僕は、自分で描いた絵コンテを映像にしたビデオコンテを作ります。音楽も同時進行で入れるので、(RADWIMPSの野田)洋次郎さんとの共同作業です。今回は10カ月かけて作っています。2時間の映画ならちゃんと2時間分の映像になっていて、仮音ながら効果音も声も全部自分で入れています。これで感動できなければ、本番でも感動できない。スタッフ全員がこれは面白い、ということを確認してから進めるんです。これがヒットを作る方法とはいわないですが、面白い映画を確実に作るためには、少なくとも僕にはこの方法しかありません。

 今回もビデオコンテを作ってから、みんなの意見を聞いて変えた部分もあります。詳しくは言えませんが、終盤の指輪が象徴的なシーン。最後にここが物足りないということになり、問答無用でインパクトを持たせるためのシーンを作りました。

 もう一つ、別の工程として、同時に小説を書くというのがあります。ビデオコンテを作り終えて、作画レイアウトという基本のアングルなどを決めていく設計図のようなものが出来上がったら、その後の工程は少しスタッフに任せて、週に1日か2日小説を書く時間に当てました。『君の名は。』のときは、実は嫌々書いていたんです(笑)。映画を作りながら同時進行で小説を書くなんてできないと抵抗して揉めたのですが、ゴーストライターが書くなんてことになるのはさすがに嫌だから書くしかない、と(笑)。

 ところが、やってみたら映画にとっても得るものが多かった。小説版を出す角川文庫に専門家による校閲を入れてもらい、彗星のディテールをより詰められたこともありました。他の分野のプロの手が入ることで映画がもっと良くなる。そして小説は感情の描写なので、脚本ではそこまで考えていなかった細かな心情の答え合わせをするような作業ができる。アフレコ時に、キャストに「この場面はこういう気持ち」と自信を持って伝えられるようになったんです。だから今回は最初から、小説を書く時間を確保していました。『君の名は。』の小説よりも一段レベルも上がったかというと分かりませんが、文章量は長いものになりました。

ビデオコンテ時点のイメージと、出来上がりが違うということはありますか。

新海氏 当然あります。僕の中では、ビデオコンテを作り終えた時点がイマジネーションのピーク。このときのイメージ通りに作ればすごいものができるという確信があります。以前はその完成までの作業もかなり自分の手でやってきましたが、今回はスタッフも2倍の人数になっているし、より監督業に徹しました。作画監督、美術監督、CGチーフ、撮影監督に個々の表現を任せて、チェックして「雨の波紋はもっとこうしたい」など注文を出す役割です。

 いろいろな人と分業してやっていくのは、「たゆまなくあきらめていく過程」ともいえます。自分のイメージにちょっと届いていない、ちょっと違う。でも、こっちのほうがいい可能性もある。1カット1カットは、薄いあきらめと、ときにはそれを上回る喜びの連続です。その結果として1700カットの集合体としては、十分以上にいいものができました。

 今回初めて一緒に仕事をした作画監督の田村篤さんはジブリ出身。『メアリと魔女の花』の監督の米林(宏昌)さんの同期で、要はアニメ界の中心にいた人です。彼が入ってくれたおかげで、エッジの立った原案のデザインが良い意味で少しダサくなった。アニメファン以外の人もいいと思ってくれる表現になったと思います。

チームを動かすリーダーの立場になって、心がけていることありますか。

新海氏 みんなには気持ち良く働いてもらいたいので、単純ですがとにかく褒めること。このキャラクター素敵です、今のお芝居すごくいいですね、このグラフィックが美しい。その後で、変えてほしいところを言う。いいところがゼロだったらもちろん褒めませんが、実際すごくいいところがある。実は僕も褒められたいんですよ。けっこう褒められないですから(笑)。

『君の名は。』と同じく、田中将賀氏がキャラクターデザインを担当。また、ジブリ出身の田村篤氏が初参画し、作画監督とキャラクターデザインを担当した
『君の名は。』と同じく、田中将賀氏がキャラクターデザインを担当。また、ジブリ出身の田村篤氏が初参画し、作画監督とキャラクターデザインを担当した

『天気の子』は「セカイ系」とは全く違う映画

映画に込めたメッセージの話を伺います。今回は、幅広い層にアクセスすることを考えていましたか。

新海氏 さほど年代の広さを意識しているわけではありませんが、『天気の子』は、若い男女のラブロマンスを描いたつもりではありません。恋が実るかどうかというのはテーマではなく、もう少し大きく「疑似家族」のようなものを描いています。家出をした少年が東京に来て、人と出会い、家族のような関係を作って、たまたま異性ではありますが、一番大切な人と大きなことを乗り越えるという話にしようと。映画『万引き家族』を見たときに、テイストは違えどやりたいことは少し近いなと思いました。子供もその親の世代も楽しんでもらえるように作ったつもりです。

20年の東京五輪前の風景を残したかったとパンフレットで語っていますが、真意は何でしょうか。

新海氏 実はそれほど深い意味はないんですが……。東京五輪に限らず日本中の風景は変わっていきますよね。それは当然なのですが、いい方向に変わるか、悪い方向に変わるかというと、僕自身はどちらかというと、悪い方向ではないかと感じてしまう。東京に来て住んでいた千駄ヶ谷という町には思い入れがあって、『君の名は。』にも千駄ヶ谷駅が出てきます。東京のど真ん中なのに、改札が1つしかない駅が好きだったんですが、今はもう五輪のために拡張工事をしていてその風景はないですね。なじんでいた風景が消えてしまう、昔は良かったというと後ろ向きですが、今のままだと五輪による変化をポジティブに感じられないのではないかと。新宿を描いた作品は以前もありますが、その頃は新宿ミライナタワーもバスタ新宿もなかった。作中にその当時の東京を絵として刻印しているというのは、アニメ映画の役割として面白いなと思います。

今の東京の風景が“刻印”される『天気の子』
今の東京の風景が“刻印”される『天気の子』

「セカイ系」の集大成という意識はありますか?

新海氏 いや、まったくありません。セカイ系といえば、2000年代の最初に「個人と個人の物語が社会をすっ飛ばして世界を変えるというフィクション。社会がそこにない」という批判をずいぶんされ、僕も『ほしのこえ』などでそういう作品を作りました。

 でも、なぜセカイ系が出てきたかというと、その頃、社会の存在感が希薄だったんですね。このまま緩やかに経済は下降していくのだろうけど、終わりなき日常が続くのだろうという気分があり、社会がテーマになりづらかったんです。けれども、その後リーマン・ショックや3.11(東日本大震災)があり、社会を意識せざるを得なくなった。

 『天気の子』は、帆高と社会との対立の話だと思っています。個人の願いと社会の最大公約数的な幸福とを比べ、ある意味どちらかを選択するという話なんです。そういうものを作ったというのは、僕がどうしたいかというより、社会が危うくなってきたという気持ちが大きいです。

賛否両論のある映画として、覚悟は大きかったですか。

新海氏 覚悟といっても、これでキャリアが途絶えてしまうのかとか、そんな話ではありません。ただこの映画が許せないという人がいるだろうとは思いました。帆高が取る「選択」とその結果にしてもそうだし、銃にまつわる話など反社会的な行為も出てきます。小説化にあたって、弁護士の先生にこれらはどんな犯罪なのか、刑罰はどうなのかをあらためて確かめたら、おお、かなりの重罪だなと(笑)。

 意外だと思われるかもしれませんが、タイアップ企業や製作委員会の中で、こんなラストは困るという人は出ていないんですよ。タイアップ企業や製作サイドの都合があるんじゃないかと、お客さんがいろいろと邪推するのは、それはそれで楽しんでもらえればと思うんですが、映画製作はお客さんが思っているよりずっとピュアです。タイアップ企業など周りの人も、脚本を読んで納得し、この人がやるならいいと信じてくれている。そしてちょっとでも面白い映画にする。それが僕たちの行動原理です。

「天気の子」
全国東宝系劇場にて公開中
原作・脚本・監督:新海誠
音楽:RADWIMPS
声の出演:醍醐虎汰朗 森七菜
本田翼 / 吉柳咲良 平泉成 梶裕貴
倍賞千恵子 / 小栗旬
キャラクターデザイン:田中将賀
作画監督:田村篤
美術監督:滝口比呂志

(写真/稲垣純也 ©2019「天気の子」製作委員会)

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