アスクルの社長退任問題で、LOHACO事業はどうなるのか。たとえヤフーに移管されても、商品の付加価値の原点といえるLOHACO流のものづくりをヤフーが理解できなければ、事業の運営は難しいだろう。強引さが目立つヤフーは、事業に携わるメーカーやデザイナーと信頼関係を築けるのだろうか。

2019年7月23日に開催された「独立役員会」の記者会見
2019年7月23日に開催された「独立役員会」の記者会見
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 ヤフーがアスクルの岩田彰一郎社長兼CEO(最高経営責任者)退任を求めている問題で、アスクルの「独立役員会」が2019年7月23日、見解を発表した。独立役員会とは、経営の透明性や公正性を高めるための任意機関で、業務の執行を監督するのが役目。東京証券取引所が定める独立性の基準を満たし、独立役員として届け出ている社外取締役や社外監査役から構成する。経営を主導することはないが、一般株主の利益保護の立場から経営をチェックする。

 記者会見では、6人の独立役員会を代表して戸田一雄氏(元パナソニック副社長)と安本隆晴氏(安本公認会計士事務所長)の他、独立役員会のアドバイザーとして日比谷パーク法律事務所から代表弁護士の久保利英明氏や弁護士の松山遥氏が出席。岩田社長の退任要求やLOHACO事業譲渡をめぐるヤフーの動きに不快感を示した。

 これを受けてヤフーは7月24日、「アスクルが2019年8月2日に開催を予定している第56回定時株主総会の取締役選任議案(第2号議案)において、低迷する業績の早期回復、経営体制の若返り、アスクルの中長期的な企業価値向上、株主共同利益の最大化の観点から、抜本的な変革が必要と判断し、岩田社長の再任に反対の議決権行使を行いましたのでお知らせいたします」と発表。岩田社長を任命した責任などで、独立役員の戸田氏の他、宮田秀明氏(東京大学名誉教授)、斉藤惇氏(元野村証券副社長)の再任にも反対の議決権行使を行うとした。両社の争いはもはや泥沼状態だ。

 最大の問題は、ヤフーとアスクルのような親子上場企業の主導権はどちらにあるか、に尽きるだろう。「数の論理」ならば、プラスを味方につけて過半数の株式を握るヤフーに分があるように見える。だが8月2日の株主総会でヤフーの要求が通っても、事態を収拾することは難しいかもしれない。それはヤフーのレピュテーションリスクに起因する。

 レピュテーションリスクとは「評判リスク」の意味。企業に対する否定的な評価や評判が拡大し、企業の信用やブランド価値が低下することを示す。岩田社長による記者会見をすぐに実施したり、ヤフーとのやり取りを内部文書まで公開したりする他、早稲田大学の上村達男名誉教授の「法律意見書」を取得して発表したアスクルの行動は、世論に訴えてヤフーの動きをけん制するのが狙いだろう。これまでの流れを見る限り、ヤフーの強引さを印象づけるアスクルの試みは成功したようだ。

 戸田氏は「今回のような親子上場の問題は、これまで性善説で捉えており、ヤフーとの良好な関係もあり問題にしていなかった。独立役員会がわざわざ記者発表するなど極めて異例の展開」と話す。「ヤフーのやり方は上場企業の意思決定プロセスを無視して進めるもの。もっと時間をかけて議論しながら進めれば、これほどの問題には発展しなかったはずだ。そんなレピュテーションリスクを冒す必要があったのだろうか」と久保利氏が疑問を呈するほど、ヤフーのやり方は独立役員会には常識外れに映っているようだ。

LOHACO事業のポイントは「思想の共有にある」

 ヤフーの評判が下がれば、たとえLOHACO事業が移管されたとしても、今後の運営に影響を与えるだろう。事業の最大の特徴は、ビッグデータ活用などに加えて、外部メーカーやデザイナーと共創して付加価値のある独自商品を開発する、ユニークなスタイルにあるからだ(関連記事「アスクル”LOHACO“が急成長 原動力はデータ分析とメーカー共創」)。19年には140社のメーカーが「LOHACO ECマーケティングラボ」(以下、ラボ)に参加し、ユーザー視点やデザイン視点に立ったLOHACO流のものづくりを推進している。

LOHACO事業では、独自の商品価値をメーカーやデザイナーと共に生み出していることに、他社がまねできない特徴がある(写真/丸毛 透)
LOHACO事業では、独自の商品価値をメーカーやデザイナーと共に生み出していることに、他社がまねできない特徴がある(写真/丸毛 透)
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 19年5月に行った岩田社長のインタビューで「他社がアスクルをまねるとしたら、優秀なデザイナーやマーケター、エンジニアを集めればいいのか」と質問したことがあった(関連記事「アスクル岩田CEO、デザインとデータで目指すアルゴリズム経営」)。答えはノーだった。「鍵は思想の共有にある」と言う。

 ラボの参加企業など約500人が集まり、EC事業のマーケティングを研究しながら商品を開発するスタイルは、あまり例がない。参加企業の経営者が参加する「LOHACOデジタルマーケティングコンソーシアム」も毎年開催し、経営の舵(かじ)をいかに切るべきか、健全なEC事業の方向とは、などについても議論を深めている。「(アスクルの)形だけをまねても、経営哲学を含めた信頼関係がなければ、できることではない」と岩田社長は言う。

 デザイン面でもメーカーのデザイナーだけでなく、デザイン会社の「ストックホルム・デザイン・ラボ」などスウェーデンやデンマークの北欧デザイナーとの信頼関係を築いていた。英国など欧州デザイナーたちからも新しいデザインがいち早く入って来るようにしている。そうした信頼関係があったからこそ、デザイン性に優れた商品が生まれて相次ぎヒットし、売り上げ増に貢献した。強引に事業を移管しようとするヤフーは、これまでアスクルと一緒に事業を進めてきたメーカーやデザイナーと信頼関係を築けるだろうか。

 ラボの参加企業に今回の問題について聞いたところ「詳しい情報がないため、まだ回答できない」「コメントは差し控えたい」という声があるなど、状況の推移を見守りながらも戸惑っている印象があった。ヤフーはLOHACO事業の方針を発表していないため、移管しても立て直しの可能性は未知数だ。

 19年5月期のLOHACO事業の売上高は513億円で、営業損益は92億円の赤字だった。20年5月期の売上高は535億円で、営業損益は64億円の赤字を見込む。赤字ではあるが、収益改善の手が次第に効いてきている。だからこそ、今回のタイミングでヤフーは移管を仕掛けたのかもしれない。だが今後はどうか。互いの信頼関係を基盤にした共創につなげられるのか。LOHACO流のものづくりをヤフーが理解できなければ、収益改善が逆に遅れる可能性もある。軌道に乗せるまでには時間がかかると思われるだけに、一連の問題が最終的にヤフーにどれだけのダメージをもたらすのだろうか。