メルセデス・ベンツ日本が期間限定ショールーム「メルセデス ミー ギンザ ザ リミテッド ストア」をオープンして3カ月余り。目標とする「女性の認知向上」は、着実に効果を上げている。“車を売らないショールーム”の開設に猛反対だったドイツ本社を説得したのは上野金太郎社長の熱意だった。
買ってもらえなくても好きになってもらえればいい
メルセデス ミー ギンザ ザ リミテッド ストア(以下、メルセデス ミー 銀座)のオープンは2019年4月15日。メルセデス・ベンツ日本(MBJ)広報室の奥香純氏は「銀座を歩く女性の認知向上に手応えを感じています」と胸を張る。ただし、その言葉を裏付けているのは販売台数などではない。
「メルセデス ミーは“車を売らないショールーム”。ブランド情報発信拠点なので、具体的なKGI(重要目標達成指標)やKPI(重要業績評価指標)はないんです。強いて挙げるならオリジナルグッズの販売数などですね」と奥氏。
キーホルダーや傘、バッグ、Tシャツなど、メルセデスブランドのオリジナルグッズは600種類ほどあり、メルセデス ミー 銀座ではそのうち500種類近くを取り扱っている。ハワイ発のブランド「Hydro Flask」とコラボした「Mercedes-Benz × Hydro Flask ステンレスボトル」(税込み4500円)などは、店頭に並べるとすぐに売り切れてしまうほどの人気商品だという。
多種多様なグッズを取りそろえているのは、「生活の中で目に触れるところにメルセデスのマークがあれば、自然とメルセデスに親しみを持ってもらえるはず」(奥氏)という考えに基づいてのものだ。
メルセデス ミー 銀座にはスーツを着たスタッフがいない。接客するのはカジュアルなポロシャツを着た20~30代の男女だ。店頭に並んだスイーツを見ていた際に話し掛けてきたスタッフは、スイーツの説明を始めたものの最後まで車の話をしなかった。
その理由を奥氏は「グッズやスイーツを見ている人に、無理に車の話をすべきではありません。興味のない話をしてメルセデスに悪い印象を持たれては、本末転倒になってしまいます」と説明する。
「メルセデス ミー 銀座のゴールは、メルセデスブランドに親しんでもらうこと。いつか車を買うとき、メルセデスが選択肢の1つになっていればうれしい」(奥氏)
まずは女性の認知、真のターゲットはその先に
メルセデスは「高収入かつ年配の男性が乗る車」というイメージが強い。同社のラインアップには300万円台のコンパクトカーもあるのだが、「それをどうやって認知してもらうかが大きな課題でした」と奥氏。「マロニエゲート銀座2という女性に人気のスポットにショールームをオープンできることになり、女性にメルセデスを認知してもらう絶好の機会と考えました」。
マロニエゲート銀座2は、東京メトロ銀座駅とJR有楽町駅をつなぐ動線上にあり、訪れる人の中には20~40代の女性も多い。「わざわざ車を見に来るのではなく、『あ、こんなところに車がある』と目を向ける印象です。とはいえ、これまでリーチできなかった層に立ち寄ってもらえるようになったのは大きいですね」(奥氏)。
メルセデス ミー 銀座が女性の認知度を上げたい理由がよく分かるのが、メルセデスに無料で試乗できる「トライアルクルーズ」だ。平日と土日でばらつきはあるが、1日平均7~8組が試乗するという。運転に自信がない人や免許を持っていない人でも、スタッフの運転で銀座の街をドライブできるのがポイントだ。
「自分で運転しない女性が『メルセデスに乗る』ということは、『助手席に乗るとこんな感じなのね』という体験をすることにもなるんです」と奥氏。高級車ならではの内装や最新機能を妻が体験済みならば、夫が「メルセデスの車が欲しい」と思ったときにも妻を説得しやすいし、妻が夫にメルセデスを薦めるケースも出てくるかもしれない。
美容や趣味、ファッションなどをテーマにした参加型イベント「She's Mercedes Learning(シーズ メルセデス ラーニング)」も、女性に足を運んでもらうための施策だ。フラワーアレンジメントの体験教室や、スワッグ作り、サシェ作り、手作りアクセサリーなどのワークショップ、化粧品やネイル体験のポップアップブースなどはどれも好評とのこと。
ドイツ本社も認めたブランド情報発信拠点の重要性
メルセデス・ベンツの“車を売らないショールーム”というコンセプトを打ち出したのは、上野金太郎MBJ社長兼CEO(最高経営責任者)だ。11年当時副社長だった上野氏は、メルセデスが持つ“高級すぎる”ブランドイメージに危機感を覚えていたという。1000万円超のモデルもあるブランドだけに、売りたい気持ちが前面に出てしまうと、買いたい気持ちが萎えてしまうと感じていたのだ。
「売る」よりも「親しんでもらう」ことを優先しなければならないと考えた上野氏は、そのための空間として“車を売らないショールーム”をドイツ・シュツットガルトの本社に提案した。
しかし本社は大反対。そこで上野氏はショールームの模型を携えて飛行機に乗り込み、ドイツまで直談判に向かった。「『途中で壊れたら困る』と言って、上野は模型を機内に持ち込み、日本からの約13時間、ずっと抱きかかえていたそうです」と奥氏。
上野氏の熱意が伝わり、13カ月という期間限定で本社のOKが出た。そして11年7月、最初の“車を売らないショールーム”、Mercedes-Benz Connection(現メルセデス ミー 東京)が東京・六本木にオープンした。
新しいコンセプトのショールームを視察に来た本社の幹部たちは、メルセデスのある空間でコーヒーを飲みながら会話を楽しむ人たちを見て感激したという。「『これはいいね』ということになり、メルセデス ミー 東京の存続が決定。『ほかの国でもやるべきでは』という話にまで発展しました」(奥氏)。
今ではドイツのハンブルク、イタリアのミラノ、中国の北京など、世界各地にメルセデス ミーがあり、20年までに世界40カ所への展開を予定しているという。
18年のメルセデスの新車販売台数は6万7531台で、日本国内で販売されている純輸入車として4年連続首位を獲得している。メルセデス、BMW、レクサスなどのプレミアムブランドに限れば6年連続ナンバーワンだ。17年まで5年連続で前年比を更新したという実績もある。
ブランディングについては多くの施策を展開しているため、上記の結果はメルセデス ミーだけの功績とはいえないが、メルセデスの認知が広がっているのは確かだろう。メルセデス ミー 銀座は8月25日までの期間限定。残された時間はあと1カ月だ。
(写真/オフィスマイカ、写真提供/メルセデス・ベンツ日本)