連日の様に報道されるAI関連のニュース。2019年5月下旬に発売された『純粋機械化経済』(日本経済新聞出版社)の著者でAI研究にも精通する経済学者、駒澤大学の井上智洋准教授にAIが普及する近未来にマーケターはどのように備えるべきかを聞いた。

駒沢大学経済学部の井上智洋准教授。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門はマクロ経済学。著書に『人工知能と経済の未来』(文春新書)や『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)などがある。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして幅広く発言している
駒沢大学経済学部の井上智洋准教授。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門はマクロ経済学。著書に『人工知能と経済の未来』(文春新書)や『ヘリコプターマネー』(日本経済新聞出版社)などがある。人工知能と経済学の関係を研究するパイオニアとして幅広く発言している

著作『純粋機械化経済』の中でも警鐘を鳴らしていますが、日本のAIへの取り組みについて、現状をどう見ますか。

日本企業が変わらなければまずいのは確かです。1800年ごろに蒸気機関が第1次産業革命を、1900年頃に内燃機関や電気モーターなどの汎用目的技術が第2次産業革命を引き起こしました。現在はコンピューターとインターネットによる第3次産業革命。IT化が進行中です。1995年がいわゆる「インターネット元年」でしたが、デフレ不況で苦しめられていた日本企業はIT化投資への意欲をそがれて、その流れに乗り損ねてしまいました。

 書名の「純粋機械化経済」とは、AIが人間に代わって働く社会のことです。「汎用AI」という人間並みに色々なことができる汎用性のある高度AIが2030年ごろに出現すればの話ですが、早くて2045年、遅くて2060年までには全人口の1割しか職に就いていないようになると私は予想しています。

 BI(ベーシックインカム)の導入で、職に就いていない人々への再分配政策をきちんと実行できれば、純粋機械化経済への移行で、人口の増減はGDPの成長率に影響を与えなくなり、日本を含む成熟した国々の経済成長に対する閉塞状態を打ち破る可能性があります。そうした社会への移行が、2030年頃から始まり、AIによる第4次産業革命によって徐々に進んでいくと考えています。今はその準備をすべき時期ですが、このままでは日本企業はAI化の波にも乗り遅れてしまいます。

日本は「衰退途上国」

日本は何をすべきでしょうか。

企業はもっとAIに投資すべきです。さらに、国もAIについての人材戦略を驚くほど持っていないと感じます。世界から人材を集めるという視点が必要です。米国や中国、イスラエル、カナダ、英国などから高額の報酬で人材を引っ張ってきて、どこでもいいのですが、例えば東京都文京区の東京大学の隣あたりにAIベンチャーが集積する場所を作るといったことをすべきです。今でも東大のある本郷にAIベンチャーが多少は集まっていますが、世界的な集積地にしようという戦略はありません。

 こういうことは国がリードしないと始まらない話です。社会工学者である京都大学の藤井聡教授は、日本のことを「衰退途上国」と表現しています。大げさに思うかもしれませんが、それくらいの危機感は持った方がいいかもしれません。デフレ不況が長く続いたために、企業も政府もけち臭くなって未来への大胆な投資が行われなくなっており、経済停滞が続いています。

 ……と嘆いてばかりいても仕方がないので、私が教員を務める駒澤大学経済学部で2019年度から「AI人材」を育てる取り組みを始めました。2019年度は大学生と大学院生5人ほどですが、2020年度は希望する学生を広く募る予定です。

簡単なAIなら文系人間も作れる

どんな勉強をするとAI人材になれるのですか。

前期は「G検定(ジェネラリスト検定)」というAIについての検定のテキストを使って勉強し、後期は実際にAIを開発してみようと思っています。また、AIに積極的な企業にインターンに行ってもらおうと考えています。G検定でAIの歴史、ディープラーニングとは何か、医療や農業などにおけるAI活用の現状まで、トータルで詳しくなれます。文系向けの試験ですから、AIをビジネスに活用したいと思っている社会人の方にもお勧めします。

 ITスキルを学ぶことに抵抗がないなら、グーグルが提供するTensorFlow(テンソルフロー)というライブラリーを使えば、犬と猫を見分ける程度のAIなら簡単に作れます。文系でもAIを理解し、AIを使った商品やサービスの企画ができる人材は大量に必要とされるはずです。

 社会人であれば「G検定」レベルの知識は最低限必要だと思ってください。そのうえで、AIの技術者やAIをビジネスで使っている人たちと議論をしてアクティブな情報を得るべきです。そしてできれば少しでもライブラリーを使って簡単なAIの開発に挑戦してみてほしいですね。テンソルフローの使い方を説明した本も出ていますから。

AI時代のマーケティングはどうなると思いますか。

「純粋機械化経済」の中でも触れましたが、物の購入の仕方は変わってくると思います。アマゾンが狙っているのは人の欲望の先回りをすることです。アマゾンの 「Dash Replenishmentサービス」(DRS)は、プリンターのインクカートリッジや洗剤のような度々補充が必要な消耗品を発注しなくても自動で届けてくれるサービスです。購入ボタンを押すこともなく、AIスピーカーに購入を依頼することもありません。いずれは潜在的に欲する商品が注文もせずに勝手に届けられるのが当たり前になる時代が来るかもしれません。

ではマーケターは不要な時代になりますか。

ビッグデータの解析でマーケティングはできるという考え方もありますが、限界があると思います。売れる商品は今までにない画期的なもので、かつそれが多くの人に受容されるものです。AIのデータ解析からは過去の流れに沿ったものしか判断できない。流れから逸脱した新しいものを良いか悪いか判断できるのは今のところ人間だけです。音楽でいうと、過去の曲のまねはAIにできますが、新しいメロディーの音楽を作り、それが売れる曲なのかの判断はAIにはできません。

 90年代に小室哲哉さんの曲が大ヒットしましたが、AIは小室さんのような曲を自ら生み出すことはできないということです。AIにできるのは小室さんとよく似た曲を作るところまで。それも最初に小室さんに何曲か曲を作っておいてもらわないと、それさえできません。

 人間には「これいいな」と感じる感性がありますが、AIにはそれがありません。マーケティングでAIを活用するには、過去のデータ分析やテキストマイニングで現在のSNSを分析するといったことが考えられますが、人間にしかできないことが存在するわけです。

 AIを活用するのは大事ですが、それを超える「ひらめき」の部分がマーケターには必要です。常識にとらわれず、でも多くの人がどういう感性を持っているかも知っている。そんなふうに変人の部分と常識人の部分を持っていないといけないというのは、AI時代でも変わらないのではないでしょうか。

著作「純粋機械化経済」の読みどころを教えてください。

中国がAIでいかに先行しているかを示し、日本は巻き返しを図らなければならないことが分かると思います。また、米国では既にAIの影響で緩やかに雇用(正確には労働参加率)が減ってきていることも分かります。一方、日本では少なくとも2030年頃までは肉体労働を中心に人手不足は解消しないと考えられます。

 AIについての本は、技術とせいぜい経済の話までを紹介することが多いと思いますが、この本では技術、経済、哲学、歴史まで幅広くカバーし、枠を取っ払って横ぐしを通したつもりです。ひらめきは従来とは異なる組み合わせから生まれるものだと思っています。AIに負けない発想法の参考にしていただければうれしいですね(笑)。

「純粋機械化経済」(日本経済新聞出版社)
第1章の「AI時代に日本は逆転できるか」から第8章「AI時代の国家の役割――中枢を担うのは国家か、プラットフォーム企業か」まで492ページにわたって技術的な話から経済、歴史、思想・哲学までを幅広くカバー。

(人物写真/的野弘路)