博物館といえば、古い資料を集めて展示しているもの――。そんなイメージを覆す取り組みをしているのが、名古屋市にある「リニア・鉄道館」だ。2019年7月から東海道新幹線で活躍中の「N700系」の実物をいち早く公開。夏休みの集客の目玉とする狙いだ。
2019年7月17日、名古屋市の金城ふ頭でJR東海が運営する「リニア・鉄道館」の展示車両に新たな仲間が加わった。東海道新幹線の「N700系」だ。07年に登場し、今も主力車両として活躍している現役バリバリの車両。鉄道博物館といえば蒸気機関車(SL)など、かなり昔の車両が展示されている印象がある。なぜこのような新しい車両を展示することができたのだろうか。
実は今回展示される車両は、厳密には我々が普段乗っているN700系とは異なる。05年に営業用の車両に先駆けて作られた「量産先行試作車」で、1年以上も耐久走行試験を繰り返し、その結果が量産車にフィードバックされた。そして量産車が登場した後も営業運転に供されることなく、さらに新しい技術開発のために試験車両として活躍を続けてきた。例えば、09年9月に時速330キロメートル(東海道新幹線の営業最高速度は時速285キロメートル)のスピードレコードを達成したのは、この車両だ。
ただ、JR東海は20年7月をめどに次世代の新幹線車両「N700S」の営業運転を始める予定で、18年3月から「N700S確認試験車」という車両で試験走行を開始。一世代前のN700系はN700Sにバトンタッチし、19年2月に営業用車両より早く廃車された。
営業には使われなかった車両ではあるが、外観は営業用車両とほぼ同じ。室内も普通車・グリーン車など現役車両と変わらない。16両編成のうち、先頭車両と普通車、グリーン車の合計3両が選ばれ、浜松市の車両工場でお化粧直しのうえ、6月中旬にトレーラーにけん引されて2晩かけて名古屋まで運ばれてきた。100㎞程度の距離にそれだけ時間を要したのは、低速走行となるため、移動が交通量の少ない深夜帯に限定されるからだ。
6月19日の深夜にリニア・鉄道館に到着し、朝8時から1時間以上かけて屋外の展示スペースへの搬入作業が行われた。1両あたり長さ25mの巨体が、大型クレーン2基で釣り上げられ、別に運ばれてきた台車の上に載せられる作業は迫力満点。数十人の作業員が参加し、かなりの費用が掛かっている。
なぜそこまでして、N700系を展示することにしたのだろうか。リニア・鉄道館の天野満宏館長は「リニア・鉄道館の展示テーマは『高速鉄道技術の進歩』。国鉄時代の0系、100系をはじめ、JR化後の300系、700系までをすでに展示しており、N700系が加わることで、東海道新幹線の主力車両がほぼすべてそろう意義は大きい」と話す。
これは集客にとってもプラス。N700系の一般公開は7月17日から。あえて夏休みにぶつけるところに、JR東海の狙いが見える。子連れファミリー層の集客だ。「リニア・鉄道館」の年間来館者41万人(18年度)のうち、小学生以下は2割程度。割合は高くないように見えるが、これは小学生だけでは来館せず、必ず親など大人が一緒に来るからだ。子供1人に対して少なくとも大人1人、両親や祖父母も来れば、かなりの集客効果がある重要なターゲットなのだ。
天野館長は「子供は昔ながらの在来線車両ではなく、まずは新幹線に駆け寄っていく」と話す。小さな子供にとってはなじみのない数十年前のSLよりも、今走っている新幹線のほうが魅力的だ。
新幹線は子供にとってそんな憧れの存在だが、実際に乗車する機会は少ない。そこで「シートに実際に座ったり、弁当を食べたりして新幹線のファンになってもらいたい」(天野氏)と、車内の公開に踏み切る。成長した暁には、新幹線を利用してもらったり、鉄道に関わる仕事を職業の1つとして考えてもらったりできれば、という。
屋外に展示されるというのもポイントだ。名古屋駅からあおなみ線で金城ふ頭駅へ向かうと、車窓から目に入る位置。金城ふ頭にはテーマパークの「レゴランド・ジャパン」や水族館の「シーライフ名古屋」などもあり、リニア・鉄道館の存在を知らなかった子供たちにもアピールできる。
「新しい電車」の展示が課題に
実は以前、同じ場所には「117系」という在来線の電車が展示されていた。旧国鉄時代にデビューし、名古屋地区で新快速電車などとして活躍していた車両だ。N700系と同じく3両置かれていたが、1両だけを館内の「収蔵車両エリア」に移動させ、2両は解体されることになった。また、117系が館内に移動する関係で、収蔵車両エリアにあった在来線特急車両「クロ381」が玉突きでやはり解体されることになった。
こうした展示の入れ替えは、11年3月の開館以来、2回目。前回は14年1月のことで、引退したばかりの新幹線車両700系を搬入し、2両あった新幹線車両300系のうち1両を搬出・解体した。リニア・鉄道館の建物の裏側は大きく開閉できるようになっており、展示車両の入れ替えは比較的容易だ。
子連れ客の獲得のため、リニア・鉄道館以外の鉄道博物館も、新しい車両の展示に知恵を絞る。埼玉県さいたま市にある「鉄道博物館」は開館から約10年となる18年7月に新館をオープン。屋外の展示車両を増やしたほか、現役の新幹線車両「E5系」を忠実に再現した実物大モックアップを実際に車両を制作しているメーカーに発注。外観だけでなく、車内も本物と見まごう出来で、最上級クラスの座席である「グランクラス」を体感できる。実物を展示できないための苦肉の策だ。
16年4月にオープンした京都市の「京都鉄道博物館」は、なんと現役の車両を展示するスペースを持っている。実際の営業線から館内へと線路を引き込んでいるのだ。JR西日本やJR貨物で活躍中の現役車両や新型車両を持ち込み、期間限定で展示するイベントを実施。展示される車両が頻繁に入れ替わることから、リピーターの確保にもつながっている。
博物館は文化施設であると同時に、企業が運営する場合は、PR効果による本業への貢献や集客増による収益化も不可欠だ。新たな話題を提供し、集客効果を持続させる点で、展示を機動的に入れ替えることは重要な施策といえる。