米アルファベット(グーグルの親会社)傘下のサイドウォークラボが、カナダ・トロントで進めているスマートシティ開発のマスタープランを2019年6月24日に初公開した。中核をなすのは、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)による交通変革。グーグルが初めて明かしたMaaSの実像とは? 計量計画研究所理事の牧村和彦氏が解説する。
グーグル系のサイドウォークラボが公表した、トロントのウォーターフロント地区を舞台に開発を進めるスマートシティのマスタープランの正式名称は、「Master Innovation and Development Plan(MIDP)」。実に計1500ページを超える膨大な資料で、サイドウォークラボが17年10月にウォーターフロント地区の再開発プロジェクトを落札してから、その具体像を初めて明らかにしたものだ。
MIDPには、革新的なテクノロジーを取り入れた都市イノベーションにより、2040年までに直接雇用で4万4000人以上、トータルで9万3000人の雇用を新たに創出、GDP(国内総生産)で年間142億カナダドル(1兆1644億円、1カナダドル=82円換算)、税収増は43億カナダドル(3526億円、同)、89%の温室ガス削減など、新しいまちづくりがもたらす様々なプラス効果がうたわれている。
これまで、監視カメラやセンサーを街のあらゆるところに配置する“データ都市構想”に対しては、猛反発する住民の声も報道されてきた。しかし、今回発表されたマスタープランでは、収集するデータや技術はあくまでも人々の生活の質を向上するための手段と捉え、技術革命によって達成される新しいライフスタイル像や地域、住民にもたらされる効果が強調されている点が特徴的だ。
それでは、グーグルが描いた近未来都市とはどのようなものか。MIDPの中核をなす「Mobility(モビリティ)」分野のポイントを紹介していこう。そこには、自動運転社会が到来し、MaaSが普及したその先にある未来の社会、未来の街のヒントが詰まっていた。
ビジョンは、「マイカー保有からの解放」
今回のマスタープランでは、あらゆる移動に対して、安全で便利、コネクテッドされた手ごろなオプションを提供し、マイカー保有の必要性を低下させる交通システムの実現をビジョンとして掲げている。そのために提示されたのが、下記の6つの目標だ。
- (1)新しい事業手法により、公共交通(ライトレール:次世代路面電車)の延伸を加速させること
- (2)ダウンタウンよりも徒歩や自転車にやさしいエリアとすること
- (3)マイカーに代わる新しいモビリティを提供し、自動車を保有しなくても生活できるようにすること
- (4)地下空間を活用した配送ネットワークにより、物流の効率化を図ること
- (5)人やモノの流れをモニタリングし、MaaSを通して交通を最適化すること
- (6)人間優先の街路デザインを実現すること
この他、シェアリングサービスや物流分野の自動運転が普及することで、従来必要とされていた駐車空間を歩行者や自転車、公共交通機関、送迎サービスのための新たな空間として活用できるというメリットにも触れられている。この6つの主要目標からも明らかなとおり、最新の技術をベースとし、人流から物流、ハードからソフト、計画から運営までを包含した全く新しい次世代のマスタープランと言える。
これら6つの目標の実現により、サイドウォークラボはウォーターフロントのIDEA地区全体で1人乗りのマイカー利用は2040年に27.2%から10.7%と半減以下になると予測している。また、将来のマイカー利用の多くは来訪者を想定している点が興味深い。また、地下配送システムにより、IDEA地区内の物流車両が72%減少するとされている。
ちなみに、マスタープランのIDEA地区とは、Innovative Design and Economic Acceleration(IDEA)Districtの略称であり、フェーズ1のQuayside地区,フェーズ2のVillers West地区だけではなく、ウォーターフロント開発地区全体(面積77エーカー、約31万平方メートル)を指して用いられている。
グーグルが初めて示したMaaS構想
今回のマスタープランで最も注目すべきは、グーグルが初めてMaaSの具体的サービス像を世界に示したこと。それは地域住民や従業員を対象にした月270カナダドル(2万2140円)の定額パッケージで、トロントの公共交通、自転車シェアリング、電動スクーター、配車サービスなどを乗り放題にするというものだ。
このプランをベースにサイドウォークラボは、マイカー1台を2人で保有し続けた場合と、マイカーを保有せずにMaaSを利用した場合の年間コストを試算しており、MaaSに移行すると年間4000カナダドル(32万8000円)のコストが削減できるとしている。
また、日常的な生活は徒歩15分圏内で成り立つようなコンセプトとなっており、徒歩や自転車を優先したまちづくりを目指し、地区内には自転車シェアリングのデポが最初から設計されている。自動車での移動が必要な場合には、カーシェアリングや配車サービスを利用できるようにし、地区内の駐車スペースを極力減らす工夫がされている。
加えて、マスタープランでは自動運転による配車サービスが導入され、ユーザー同士の相乗りを促していくような価格設定にすることで、さらに安価な移動が実現していくと説明されている。
自動運転時代は、人間中心の街路デザインに
もう1つ、マスタープランで注目すべき点は、将来の自動運転社会を想定しつつ、様々な新モビリティと共生していく人間中心の街路デザインが提案されている点だ。しかも、画一的なものではなく、(1)大通り (2)公共交通優先の街路(Transitway) (3)自転車優先の街路(Accessway) (4)歩行者優先の街路(laneway)といった4タイプの街路空間と空間の活用方法が提案されている。
交差点では歩行者や自転車を優先する信号制御とし、車道と歩道は段差がないユニバーサルなデザインとなっている。トロントの気候条件を踏まえ、歩道や自転車道の舗装下には温水が循環して凍結を予防する仕組みが提案されており、気象予報と連動して積雪の2~3時間前から温水の循環が稼働するという。
また、六角形のモジュール型舗装が提案されている点も興味深い。メンテナンスや取り換えがしやすいうえ、LEDライトを内蔵しており、路肩や車線を適宜切り替えることでダイナミックな運用を可能としている。例えば、日中は自動運転車両や配車サービスの乗降スペースとして、夕方以降などはオープンスペースとして利用するなどの運用が可能だ。ストリートデザインとプレースメーキングが一体となった柔軟な街路空間の活用が提案されているのが、目を引くポイントだ。
マスタープランで想定されている4タイプの街路のうち、公共交通優先街路はライトレール(次世代路面電車)、歩行者、自転車、自動運転による配車サービスが走行する空間と定義されている。最高速度は時速40キロメートル、最大幅員26メートルとして計画されており、最初の開発地区であるQuaySide地区では1街路がこの方式を採用する。
興味深いのは、自動運転車両とライトレールの走行空間を共有のものとし、自転車の走行空間は車道とは分離した専用空間としている点。従来のライトレールなどの公共交通と、自動運転車両が一体で運行管理されるイメージだ。車両の安全確保と、人と車両の安全の両方を担保する計画となっている。
また、歩行者優先街路では、歩行者中心の街路空間にオープンカフェなどの滞留スペースを確保。杭(ライジングボラード)で自動車両運転の入退出を管理した幅員11メートルのエリアで、最高時速8キロメートルで運用する計画だ。QuaySide地区では、地区内の中心軸をなす1街路が、この方式を採用するという。
未来都市の命運はトロント市民が握る?
ここまで1500ページを超えるマスタープランのうち、モビリティにかかわる部分を解説してきた。人や車両のセンシング技術、環境センサー、路面舗装技術、自動運転技術、MaaSなどの新しいテクノロジーの多くは、人間中心のまちづくりを実現するために利用することが提案されており、地区ごとのマスタープランの中では、より具体的かつ詳細に描かれている。開発地区全体を歩行者ファーストとし、安全安心な空間を目指していくビジョンだ。
マスタープランの策定過程では、サイドウォークラボが市民参加型のプロセスを導入している点も見逃せない。同社は、17年11月に市庁舎で最初のキックオフ会合を開始して以来、これまで数多くの円卓会議、市民説明会、ワークショップ、オープンハウスによる情報提供を重ねてきた。そして利害関係者や市民から様々な意見を聴取し、計画に反映してきている。できあがった計画に対して、形式的なパブリックコメントを集めるだけの予定調和の姿勢とは大きく異なる。
今後は、このマスタープランに対する投票が、ウォーターフロント地区の再開発を監督する組織Waterfront Toronto、およびトロント市議会において、2020年初めまでに行われる予定だ。自動運転社会を想定した世界初の本格的なスマートシティの命運は、トロント市民が握っていると言っても過言では無い。