2019年6月28、29日の2日間にわたって開かれた20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)で主要議題の1つとして採り上げられた海洋プラスチックごみ(廃プラ)問題。これをビジネスチャンスにつなげている意外な会社がある。米ペプシコ傘下の炭酸水メーカー「ソーダストリーム」だ。
「ソーダストリーム」は水道水などを専用容器に入れてセットし、炭酸ガスシリンダーを用いて炭酸水を作るソーダメーカー。1903年に創業したイスラエルの企業で、現在は日本を含む世界46カ国に展開している。炭酸ガスシリンダーの販売数量から推定すると年に約20億リットルの炭酸水が作られており、世界最大の炭酸水ブランドとうたう。
日本のテレビCMでは、お笑いコンビ「アンジャッシュ」の渡部建さんが出来たてでおいしい炭酸水が飲めることをアピール。この他、500ミリリットル当たりのコストが約18円で済む経済性や、重たいペットボトルを購入して自宅に持ち帰る必要がない利便性なども売りにしている。
しかし、海外市場では毛色が全く異なるマーケティングを大々的に展開している。テーマはずばり、炭酸水を自宅で作ることによる「ペットボトル撲滅」だ。
最初の取り組みは2010年のこと。欧州などで大量のペットボトルを、ゴミ箱を模したケージに詰め込む展示を行った。例えばベルギーでは、1家族が3年間に使うペットボトルの量を実際に見せたことで大きな反響があったという。
さらにYouTubeでは、海洋汚染で犠牲になっているウミガメなどの海洋生物が飲料メーカーの会議に乗り込む「It's time for a change!(今こそ変わる時だ!)」や、ペットボトルの炭酸水を購入した消費者が町中のあちこちで「Shame!(恥を知れ!)」と言われる「Shame or Glory(恥か栄光か)」と題したプロモーション動画などを公開。既存の飲料メーカーを“敵”として徹底的に批判している。
ただ批判するだけでなく、自ら環境保全に乗り出す姿勢も見せる。17年10月に中米カリブ海のホンジュラスでの海洋プラスチックごみの浮遊が報じられると、CEOのダニエル・バーンバウム氏が除去方法の開発を指示。「Holy Turtle(聖なるウミガメ)」と名付けた海洋装置を開発し、18年10月に試験運用にこぎつけた。社員が参加する清掃ボランティア活動も実施し、総額で100万ドル(約1億1000万円)程度をプラスチックごみの回収に投資しているという。
これらは単なるCSR(社会貢献)活動ではない。社会に貢献できる商品を好んで購入する「ソーシャル消費」を取り込むマーケティングの一環でもある。バーンバウム氏は「07年にCEOに就任してしばらくしてから、ソーダストリームはペットボトルごみを減らせる商品であることに気づいた。経済性や利便性だけでなく、社会に貢献できる商品であることを訴求するようになってから、“Wise(賢明)”な新たな顧客層にリーチできている。彼らはソーシャル意識を持ち、平均所得は高めで、売り上げの伸びに大きく貢献している」と話す。
“敵”であった米ペプシコが買収
実際、ソーダストリームの業績は好調だ。16年、17年の売上高は前年比2ケタ成長で推移。17年12月期の売上高は5億4300万ドル(約597億円)に達した。そして18年8月には、なんとプロモーションで批判し続けていた相手の1つである米清涼飲料大手のペプシコが、総額32億ドル(約3520億円)で同社を買収すると発表。19年1月に買収が完了して傘下入りした。
ペットボトル飲料を主力とするメーカーの軍門に下っても、ペットボトルを“敵”とみなすプロモーションは変わらず続けられている。「世界では毎日15億本のペットボトルが捨てられている。日本では1億5000万本で、回収率は90%に達しているという。一見問題ないように見えるが、国内で再生される割合は少なく、多くは中国へ輸出されているだけ。結局は海外で環境汚染を引き起こしており、リサイクルではなくリデュース(排出の抑制)しか解決策はない」とバーンバウム氏は強調する。
ペプシコがソーダストリームを取り込みつつ、ペットボトル反対のプロモーションを“野放し”にしているのは、世界的に廃プラ問題がクローズアップされているからに他ならない。ペプシコは世界で最もペットボトルを供給している会社の1つであり、企業としての社会的責任を果たすべく、ソーダストリームと組むことを決めたとみられる。もちろん、今後さらに伸びるであろうソーシャル消費を取り込める実利面も大きい。
日本でも廃プラ問題への関心が高まる
日本ではまだおいしさを最大の売りにしているソーダストリームだが、G20で廃プラ問題がクローズアップされたことで、欧米と同様な打ち出し方を行う可能性は高い。18年12月末から19年1月上旬にかけて、廃プラ問題を題材にした企業広告を全国紙に掲載済み。19年5月に開かれた新製品発表会ではバーンバウム氏が「KILL PLASTIC(プラスチックを倒す)」と叫んで登場し、自ら立ち回りを演じる演出が来場者の耳目を集めた。
廃プラ問題への関心が高まるのは必至。ソーダストリームのように、自社のマーケティングに組み込み、事業の成長につなげる姿勢は興味深い先行事例といえる。社会課題に対して、CSRと捉えて受け身の対応をするのではなく、したたかにマーケティングに活用する姿勢が日本企業にも求められている。