記憶に新しい『ポケモンGO』ブーム、実写映画『名探偵ピカチュウ』の世界的ヒット、新ゲーム『Pokemon Sleep』の開発……。「ポケットモンスター」はいまや性別、年齢、国籍を問わず愛されるIPに成長した。そこに至るまでの任天堂のメディアミックス戦略をゲームライターの野安ゆきおがひもとく。

2019年5月3日に日本で先行公開された実写映画『名探偵ピカチュウ』。公開されるや、劇場には子ども連れに限らず、幅広い年齢の観客が詰めかけ、週末の映画動員ランキング(興行通信社調べ)で1位を獲得した。ポケモンが子どもだけでなく、老若男女に幅広く親しまれるコンテンツであることを世間に知らしめた。
これは日本だけの現象ではない。5月10日に世界64カ国で同時公開されると、北米、中国、英国、イタリア、スペイン、オーストラリア、タイ、台湾、ウクライナでも初日興収ランキング1位を獲得。ゲームの実写化映画としてナンバーワンのヒット作へと駆け上がった。世界での興行収入は、19年6月末時点で4億2527万ドル(約459億円)を突破している(映画興行情報を発表している米Box Office Mojo調べ)。
ゲーム、グッズ……多方面で展開
この映画の成功は、ポケットモンスターのIP戦略の1つでしかない。ゲーム企画会社のポケモン(東京・港)は、19年5月29日に開催した事業戦略発表会で、映画の元になったニンテンドー3DS向けゲーム『名探偵ピカチュウ』(18年発売)の完結編を、Nintendo Switch向けに開発していることを発表。19年秋には、渋谷に開業する渋谷PARCOに新たな拠点「ポケモンセンターシブヤ」を出店すること、ポケモン151種がデザインされたシャツを公式サイトからカスタマイズして注文できるサービス「ポケモンシャツ」の対象を全世界に拡大することも明らかにした(関連記事「ポケモンが「GO」の次に狙うのは睡眠 新ゲーム「スリープ」発表」)。
さらに、“睡眠”をエンターテインメント化するゲーム『Pokemon Sleep(ポケモンスリープ)』も発表。20年のサービス開始に向け、米ナイアンティックと開発を進めているという。『ポケモンGO』でポケモンに接する世代の拡大に成功した2社が再び手を組み、さらなる飛躍を目指すことをアピールした。
一部には、ポケットモンスターを「子ども向けの商品でしょ」と捉えている人もまだいるかもしれないが、それはもはや捨てるべき過去のイメージだ。ポケットモンスターは、世界中で受け入れられている大衆向けIPへと既に成長している。これは23年間にわたって、世界規模で行われたメディアミックス戦略のたまものだ。この記事ではその戦略を改めて振り返ってみよう。
90年代にメディアミックスで成功
初代『ポケットモンスター』は、1996年2月に任天堂の携帯ゲーム機「ゲームボーイ」用のソフトとして誕生した。PlayStationが発売されて既に1年ほどたっており、テレビゲームは美麗な3D映像を競い合う時代に突入していた。そんな中、ゲームボーイのモノクロ画面でプレーするポケットモンスターは、「チープで古臭いソフト」「子どもが遊ぶソフト」と、世間から一段低く見られる不遇のスタートを切った。
しかし、そんな世間の予想を裏切って、ポケットモンスターは低年齢層の人気を獲得。その勢いのまま海外へと進出する。それを支えたのは96年発売のトレーディングカード『ポケットモンスターカードゲーム(現在は「ポケモンカードゲーム」)』、97年に放映開始されたテレビアニメ『ポケットモンスター』、98年公開の劇場版アニメ『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』といった周辺コンテンツだ。ゲーム単体ではなく、玩具業界、映像業界、出版業界とタッグを組み、同時多発的に商品を送り出していくメディアミックス戦略を世界規模で展開することで、世界中の子どもたちの心をつかむことに成功。初代ポケモンは累計3000万本を超える爆発的ヒットとなった。
背景には、90年代が、ケーブルテレビが世界的に普及し、子ども向け専門チャンネルで放送する映像コンテンツが大量に求められた時代だったこともあるだろう。また、「ディズニーストア」が世界中に店舗を拡大したように、キャラクタービジネスが成長していく黎明(れいめい)期でもあった。こうした時代の流れが追い風となり、日本市場では王道ともいえるメディアミックス戦略が海外でも受け入れられたのである。
それから20年。PlayStationをはじめとするゲーム機が豪華な映像体験を追求し、大人のユーザーを獲得していく一方で、ポケットモンスターは子ども向け商品の座にとどまり続けた。一部のゲームファンからは「最先端ではない」「しょせん子ども向け」といった声を浴びもしたが、子どもたちの心を決して離すことはなく、新作ソフトは1000万本超えのメガヒットを連発。世代を超えて愛されるIPとしての道を歩んできたのだ。
そして始まったポケモンの“逆襲”
このように子ども向けIPとしての地歩を固めてきたポケットモンスターだったが、生誕20周年を記念するタイミングで“逆襲”を開始する。
その象徴が2016年、米国ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の優勝決定戦「スーパーボウル」のハーフタイムに放映されたテレビCMだ。世界で最もCM料金が高いといわれ、世界的な企業が争ってCMを投入するスポーツ中継のハーフタイムで、実写映像の中にポケモンたちが活躍する映像を流したのである。今、見返すと、映画『名探偵ピカチュウ』さながらの内容だ。
このときの全米の反応は、極めて好意的だった。これは20年にわたって真摯に子ども向けゲームを作ってきた成果だろう。ポケットモンスターに夢中になった層は、既に大人になっており、米国を代表するスポーツ中継の合間に「ポケモン」が登場しても、当たり前の光景として受け入れられたのだ。
16年夏には、スマホアプリ『ポケモンGO』がリリース。世界中で老若男女問わず、爆発的なブームを巻き起こしたのは記憶に新しい。20年かけて積み重ねた地道なメディアミックス戦略がついに花開き、ポケットモンスターが子ども向けから飛翔(ひしょう)した。
最後に、冒頭に挙げた新たなゲーム『Pokemon Sleep』について補足しておこう。
Pokemon Sleepは、Pokemon GO Plus +というデバイスを枕元に置くことでプレーヤーの睡眠状態を検知し、それをゲームに反映させるゲーム。プレーヤーを快適な睡眠に誘い、ゲームによってQOL(クオリティー・オブ・ライフ)を上げることを目指すのがコンセプトだ。これ自体は、14年の「任天堂経営方針説明会/第2四半期決算説明会」で既に開発のめどが立っていることが公表されていた。
つまりこれは、常にゲームの定義そのものの拡大を目指す任天堂が、世に送り出すタイミングをずっと見計らっていたアイデアでありプロジェクトだ。そして、それを背負う役目が、「マリオ」や「ゼルダ」といったブランドではなく、ポケットモンスターに託されたということなのだ。
初代登場から23年。ゲームソフト、グッズ、テレビアニメ、そしてハリウッド映画にまで進出したポケットモンスターは、押しも押されもせぬ世界的なコンテンツに進化した。そしていまや、任天堂が展開するデジタル・エンターテインメントの最先端を切り開く先兵になったのである。ポケットモンスターの勢いは、まだまだ止まる気配がない。
(写真/酒井康治)